■決戦前-4■
カーテンを透かして部屋に入ってくる陽光の暖かさに、サドはゆっくりと目を覚ました。
体を横にしたまま、薄目を開けてその光を見る。いつもとちがう目覚めの景色に違和感があったが、次第にここが自分の家の部屋ではなく、吹奏楽部部室の隣にあるタイマン部屋だということがわかってきた。自分はその部屋の隅にあるベッドの上にいて、隣には全裸のトリゴヤが寝ている。そういえば、昨夜はなかなか眠れないサドのために添い寝をしてくれたのだった。シーツの中でもぞもぞと動いたサドに反応して、トリゴヤは少し目を覚ましたのか、喘いだときに漏らす吐息に似た溜息をついた。トリゴヤの腰からお尻、そして太ももの肉感的なラインが、シーツの皺によって裸以上に強調されていた。
上半身を起こしたが少し肌寒い。自分も裸だったサドは、シーツを胸元に手繰り寄せた。トリゴヤの太ももが付け根寸前まで露わになった。サドはそのトリゴヤの背中に、シーツ越しに中指を走らせた。トリゴヤはうーんと唸り、くすぐったさか性的に感じたのか、身をよじってサドの指から逃げた。
ベッドから降り、全裸のまま窓際へ歩く。カーテンを思いっきり開けた。まぶしいほどの光ではなかったが、ぼんやりとした目には刺激的だった。窓の外は曇り空で、学校からほど近い山の頂には霞がかかっている。あの山の上には、優子と闘った神社があったはずだ。
――おまえはサドだな。
あのときの優子の声をいまでも覚えている。
そしてその日は「篠田麻里子」が初めて「サド」になった日でもあり、二人が初めて結ばれた日でもあった。
男という生き物を心底軽蔑し、憎むサドは、優子によって新しい人生を獲得した。人を愛し、尊敬することに性別など関係ない。年齢も出自も――。
だから。
――すべては優子さんのために……。
今日これから自分がやろうとしていることは、突き詰めれば、たった一人の女を守ることだった。そのために数百人という人間を犠牲にしてでも、サドはやらなければならなかった。すべては優子に、残り少ない命を謳歌してもらうためだ。
サドはその「罪」を一身で引き受ける覚悟もしている。今日の夜、サドは優子の病室を訪ね、すべてを打ち明けるつもりだった。今回の件は自分の独断と強権によっておこなったことであり他の者に咎は一切なく、どんな制裁も受け入れる――と。どんな罰でもかまわない。優子が腹を斬れと言えば、本当に斬ってみせる。もとより、優子に預けた命だ。惜しくはない。先にあの世で優子を待つのもいいかもしれない。
ともかく――まずは全力でマジジョを守ることが重要だ。
サドはベッドの傍らに戻り、床に落ちていた自分の下着を拾い、身に着けた。トリゴヤに脱がさせるといつもこうだ。まだ半分以上眠ったままのトリゴヤを一瞥し、肩から腰にかけて薔薇と髑髏の刺繍がしてあるセーラー服を着た。
それから部屋の片隅にある小さな机の前に座り、鏡を見ながら髪を整え、化粧を始める。道具は常に常備してある。着替えてから化粧をするのは、セーラー服を被るときにファンデーションなどを付けないためだった。
化粧を終えたサドは、入口の近くの壁にハンガーで吊るされている白のファージャケットを羽織った。
スタンドミラーを覗くと、そこにはラッパッパ副部長のサドがいた。
自信に満ちた鋭い瞳のサドは、鏡の中の自分に見下すような視線を浴びせ、踵を返すようにしてタイマン部屋を出た。
扉の外の部室には、アンダーガールズの四人と四天王のシブヤとブラックがいた。全員が一斉に背筋を伸ばして直立し、「おはようございますっ」と声をそろえて頭を下げた。
「ああ。おはよう」サドは挨拶を返した。「ちょっと校内を見回ってくる」
すかさずアンダーガールズのジャンボが、「お供しますっ」
「いや、かまわない」サドは片手でジャンボを制した。「ひとりで大丈夫だ」
「はいっ。では、いってらっしゃいませっ」
「いってらっしゃいませっ」
ジャンボの言葉のあとに、部室にいた全員が続いた。
アニメがさっと引き戸に駆け寄り、それを静かに開いた。
サドはファージャケットのポケットに手を突っ込み、部室を出ると階段を降りた。
ひとりでいたかった。あと数時間もすれば心身ともに忙殺される。嫌でもだれかが隣にいる状態が延々と続くのだ。だから静かな今のうちだけでも、のんびりとしていたかった。
三階の教室と廊下には、数十名もの生徒が思い思いの相手と、配給されたおにぎりを食べていた。その雰囲気は戦争前の張り詰めたものではなく、良くも悪くも一様に明るかった。それもそうだろうとサドは思う。三度のメシよりケンカが好きな連中が集まった学校だ。学校を挙げてケンカをするとなれば心躍らないわけがない。
二階と三階を結ぶ西側の階段踊り場では、チームフォンデュの五人が、おにぎりとペットボトルの配給をおこなっていた。机の上には生徒名簿が置かれ、年増こと大場美奈が赤ペンでチェックを入れている。
どこもガヤガヤと騒がしかったが、サドの心にはそれも心地よく響いた。食事をしない者、もしくは終わった者の中には、ケンカのときに使うのであろう、角材やバットや木刀で素振りや演舞をする者もいた。なにも持たない者も、組手の練習に余念がなかった。
ただし、すべての生徒はサドを認識すると、あらゆる動作を止め、直立して挨拶をした。おにぎりが落ちようがペットボトルが倒れようが、サドへの挨拶はすべてに優先した。サドは一瞥さえくれず、自分の前を通り過ぎるというのに。
二階から一階へと続く階段を降りようとしたとき、サドの正面に立つ者がいた。
馬路須加女学園校長、野島百合子。
なにがあっても生徒を見捨てない教師。
サドは立ち止まり、敬意を込めて、おはようございます、と頭を下げた。
「おはようございます。ミス・シノダ」目を伏せたままのサドに、野島百合子の声が聞こえた。「ミス・シノダ――勝てますか?」
サドは頭を上げ、野島百合子を真正面から見据えた。
「勝てるようにがんばります」
「ミス・マエダは――」
「前田は……」
昨日の朝礼で前田が去ったことは、野島百合子も知っているはずだ。それでも野島百合子は信じているのだろう。前田が戻ってくる、と。
だが、サドにとって、それは終わった話だ。
サドはそのまま一礼して、野島百合子のかたわらを通り過ぎた。
一階まで下りると、正面玄関のバリケード前にいた峯岸みなみと目が合った。峯岸は平松可奈子とともに、バリケードの強度の最終確認をしているところだった。
「あ。サドさん。おはよう」
「おはようございます」平松も丁寧に頭を下げた。
「ああ。おはよう」サドは天井まで積み上げられた机を見上げた。天井まで届いているように見える、結束バンドとロープで固定された数十の机は、とても堅牢に思えた。「よくできてるじゃないか」
「私が指揮を執ったからね」峯岸はそう誇った。「いま最後の確認をしているところ」
「そのようだな」
「サドさん。約束、忘れないでね」峯岸みなみは大きな瞳をより見開いて、サドに疑念とも信頼とも取れる視線を向けてきた。
――作戦運用ならびに指揮は生徒会の最高責任者である峯岸みなみに執らせること。
――今後五年間ラッパッパは生徒会を実力行為レベルで守ること。
昨日、交わした約束だ。忘れていないし、反故にするつもりもない。
「もちろんだ。準備ができたら部室に来てくれ」
そう言って歩き出したサドを、峯岸は背後から呼び止めた。「サドさん」
立ち止まり、横顔を峯岸に向ける。
「これがすんだら奢らせて」峯岸はウインクをした。
「喜んで」
サドは短く言い、体育館へ向かった。
体育館に入って最初に感じたのは、保健室と同じ、ツンとする薬品の臭いだった。だだ広いその空間には急ごしらえのベッドや椅子が並べられ(それらはあちこちから集められたために大きさも高さもバラバラだった)、テーブルの上には医療器具や薬が置かれていた。さながら野戦病院といった雰囲気だ。
壁際には、普段は武器として使われているであろう、アルミニウムやスチールのパイプと、どこからかかき集めてきた毛布が十数と置かれていた。その前で、生徒会が集めた三十人ほどの生徒たちに、変態保健医のキケンが応急担架の作り方を教えている。いつになく真面目な表情で、サドはキケンの持つ真摯な面を見た思いがした。キケンのかたわらには生徒会の佐藤すみれが膝下まである長い白衣を着て、キケンの説明を実践してみせている。
説明を受けていた生徒の一人がサドを発見し、直立して大声であいさつをしてきた。すると、それをきっかけにサドの存在に気づいた他の生徒たちが、輪唱のようにあいさつを繰り返した。キケンはサドに対する恐怖心を露わに瞳に浮かべ、佐藤すみれは手を止めた。
「あいさつはいい」サドは言って、キケンを見た。「邪魔してすまない。続けてくれ」
ふと視線を逸らすと、頭を下げる数人の生徒の向こうに、昨日、この体育館で前田の頬をはたいたエレナがいた。サドと目が合うと、エレナは無言で頭を下げた。彼女なりに前田を説得しようとしたエレナに敬意を感じていたサドは、自分も小さく頭を下げて応じた。
これから数時間後、この体育館には百を越える生徒たちが運び込まれるだろう。サドは不揃いのベッドが並ぶさまを見回し、自分の立案した作戦の狂気を改めて感じた。しかし、もう後戻りはできない。このやり方が正しいかまちがっているかを問う段階はすでに過ぎている。
体育館から出たサドは、吹奏楽部部室へと戻る廊下をゆっくりと歩いた。壁にスプレーで書きなぐられたいたずら書き。なにかで空けられた壁のあちこちの穴。割れた痕をダンボールで補修した窓。壊れたまま教室の隅に放置されている机や椅子。サンドバッグ代わりにされた、掃除用具が入れられているロッカー。
まさにここは不良の吹き溜まりであり、サドが優子と出会った場所でもあった。
もうすぐ卒業するのだと思うと、このデタラメで薄汚れた光景であっても、柄にもなく心に染みた。優子といたいためにわざと留年した一年を含め、サドが過ごした四年間という歳月の残滓があちこちに残っているこの学園から去るのは寂しくもあった。だから、最後の最後に、派手に暴れまわれる「ケンカ」の機会を提供してくれたアリジョの連中に、サドは感謝にも似た気持ちをいだいている。
四階の吹奏楽部部室に続く階段を上ぼる。
学園内には体育祭当日に似た高揚感が漂っていた。そして、だれもが勝ちを疑っていないように思えた。制限時間いっぱいにはなったが、一階のバリケードは完成したし、最低限の医療と通信体制は整えた。やれることはすべてやったという気迫が感じられる。士気も衰えていない。楽観はできないが、そう悲観することもなかろう……。
だが。
なにかをしくじっているような気がしてならない。
昨日も感じた不安が、胸に空いた風穴から侵入してくる。
階段の踊り場に響くのは、サドのショートブーツの足音だけ。
――と。
サドは気づいた。
静か過ぎるのだ。
部室にはシブヤとブラックとアンダーガールズがいるはずだ。だれかが部屋を歩き回る気配や、話し声がしてもいいはずなのに、今は部室から誰もいなくなったように感じる。通夜だってもう少しにぎやかだろう。
心がざわざわと揺らいだ。
やや早足で階段を昇る。ロングスカートを踏まないよう、裾を持ち上げた。
部室の前に立ち、叩きつけるように引き戸を開いた。大きな音がした。
正面にシブヤとブラックが立っていた。その両脇に、アニメ、ジャンボ、昭和、ライスのラッパッパアンダーガールズたち四人。
みんなはこちらに背を向けていたが、いまの音に全員が振り返った。
その顔は、一様にこわばっている。
尋常でない出来事が起きているのだと、サドは一瞬で悟った。
「――どうした?」
だれも答えない代わりにシブヤとブラックが左右に分かれた。アンダーガールズの四人もその動きに連動した。
そしてサドは見た。
部室の窓際に置かれた、金色のサテンが掛けられている一人用のソファ――そこにはいつも「部長様専用」と書かれた紙が置かれている――に座っている人物を。
そのソファに座ることを許されている、たった一人の存在であるが、ここにいるはずのない人物を。
「――よっ。サド」
馬路須加女学園吹奏楽部部長――大島優子が右手を軽く上げて微笑んだ。
【つづく】
カーテンを透かして部屋に入ってくる陽光の暖かさに、サドはゆっくりと目を覚ました。
体を横にしたまま、薄目を開けてその光を見る。いつもとちがう目覚めの景色に違和感があったが、次第にここが自分の家の部屋ではなく、吹奏楽部部室の隣にあるタイマン部屋だということがわかってきた。自分はその部屋の隅にあるベッドの上にいて、隣には全裸のトリゴヤが寝ている。そういえば、昨夜はなかなか眠れないサドのために添い寝をしてくれたのだった。シーツの中でもぞもぞと動いたサドに反応して、トリゴヤは少し目を覚ましたのか、喘いだときに漏らす吐息に似た溜息をついた。トリゴヤの腰からお尻、そして太ももの肉感的なラインが、シーツの皺によって裸以上に強調されていた。
上半身を起こしたが少し肌寒い。自分も裸だったサドは、シーツを胸元に手繰り寄せた。トリゴヤの太ももが付け根寸前まで露わになった。サドはそのトリゴヤの背中に、シーツ越しに中指を走らせた。トリゴヤはうーんと唸り、くすぐったさか性的に感じたのか、身をよじってサドの指から逃げた。
ベッドから降り、全裸のまま窓際へ歩く。カーテンを思いっきり開けた。まぶしいほどの光ではなかったが、ぼんやりとした目には刺激的だった。窓の外は曇り空で、学校からほど近い山の頂には霞がかかっている。あの山の上には、優子と闘った神社があったはずだ。
――おまえはサドだな。
あのときの優子の声をいまでも覚えている。
そしてその日は「篠田麻里子」が初めて「サド」になった日でもあり、二人が初めて結ばれた日でもあった。
男という生き物を心底軽蔑し、憎むサドは、優子によって新しい人生を獲得した。人を愛し、尊敬することに性別など関係ない。年齢も出自も――。
だから。
――すべては優子さんのために……。
今日これから自分がやろうとしていることは、突き詰めれば、たった一人の女を守ることだった。そのために数百人という人間を犠牲にしてでも、サドはやらなければならなかった。すべては優子に、残り少ない命を謳歌してもらうためだ。
サドはその「罪」を一身で引き受ける覚悟もしている。今日の夜、サドは優子の病室を訪ね、すべてを打ち明けるつもりだった。今回の件は自分の独断と強権によっておこなったことであり他の者に咎は一切なく、どんな制裁も受け入れる――と。どんな罰でもかまわない。優子が腹を斬れと言えば、本当に斬ってみせる。もとより、優子に預けた命だ。惜しくはない。先にあの世で優子を待つのもいいかもしれない。
ともかく――まずは全力でマジジョを守ることが重要だ。
サドはベッドの傍らに戻り、床に落ちていた自分の下着を拾い、身に着けた。トリゴヤに脱がさせるといつもこうだ。まだ半分以上眠ったままのトリゴヤを一瞥し、肩から腰にかけて薔薇と髑髏の刺繍がしてあるセーラー服を着た。
それから部屋の片隅にある小さな机の前に座り、鏡を見ながら髪を整え、化粧を始める。道具は常に常備してある。着替えてから化粧をするのは、セーラー服を被るときにファンデーションなどを付けないためだった。
化粧を終えたサドは、入口の近くの壁にハンガーで吊るされている白のファージャケットを羽織った。
スタンドミラーを覗くと、そこにはラッパッパ副部長のサドがいた。
自信に満ちた鋭い瞳のサドは、鏡の中の自分に見下すような視線を浴びせ、踵を返すようにしてタイマン部屋を出た。
扉の外の部室には、アンダーガールズの四人と四天王のシブヤとブラックがいた。全員が一斉に背筋を伸ばして直立し、「おはようございますっ」と声をそろえて頭を下げた。
「ああ。おはよう」サドは挨拶を返した。「ちょっと校内を見回ってくる」
すかさずアンダーガールズのジャンボが、「お供しますっ」
「いや、かまわない」サドは片手でジャンボを制した。「ひとりで大丈夫だ」
「はいっ。では、いってらっしゃいませっ」
「いってらっしゃいませっ」
ジャンボの言葉のあとに、部室にいた全員が続いた。
アニメがさっと引き戸に駆け寄り、それを静かに開いた。
サドはファージャケットのポケットに手を突っ込み、部室を出ると階段を降りた。
ひとりでいたかった。あと数時間もすれば心身ともに忙殺される。嫌でもだれかが隣にいる状態が延々と続くのだ。だから静かな今のうちだけでも、のんびりとしていたかった。
三階の教室と廊下には、数十名もの生徒が思い思いの相手と、配給されたおにぎりを食べていた。その雰囲気は戦争前の張り詰めたものではなく、良くも悪くも一様に明るかった。それもそうだろうとサドは思う。三度のメシよりケンカが好きな連中が集まった学校だ。学校を挙げてケンカをするとなれば心躍らないわけがない。
二階と三階を結ぶ西側の階段踊り場では、チームフォンデュの五人が、おにぎりとペットボトルの配給をおこなっていた。机の上には生徒名簿が置かれ、年増こと大場美奈が赤ペンでチェックを入れている。
どこもガヤガヤと騒がしかったが、サドの心にはそれも心地よく響いた。食事をしない者、もしくは終わった者の中には、ケンカのときに使うのであろう、角材やバットや木刀で素振りや演舞をする者もいた。なにも持たない者も、組手の練習に余念がなかった。
ただし、すべての生徒はサドを認識すると、あらゆる動作を止め、直立して挨拶をした。おにぎりが落ちようがペットボトルが倒れようが、サドへの挨拶はすべてに優先した。サドは一瞥さえくれず、自分の前を通り過ぎるというのに。
二階から一階へと続く階段を降りようとしたとき、サドの正面に立つ者がいた。
馬路須加女学園校長、野島百合子。
なにがあっても生徒を見捨てない教師。
サドは立ち止まり、敬意を込めて、おはようございます、と頭を下げた。
「おはようございます。ミス・シノダ」目を伏せたままのサドに、野島百合子の声が聞こえた。「ミス・シノダ――勝てますか?」
サドは頭を上げ、野島百合子を真正面から見据えた。
「勝てるようにがんばります」
「ミス・マエダは――」
「前田は……」
昨日の朝礼で前田が去ったことは、野島百合子も知っているはずだ。それでも野島百合子は信じているのだろう。前田が戻ってくる、と。
だが、サドにとって、それは終わった話だ。
サドはそのまま一礼して、野島百合子のかたわらを通り過ぎた。
一階まで下りると、正面玄関のバリケード前にいた峯岸みなみと目が合った。峯岸は平松可奈子とともに、バリケードの強度の最終確認をしているところだった。
「あ。サドさん。おはよう」
「おはようございます」平松も丁寧に頭を下げた。
「ああ。おはよう」サドは天井まで積み上げられた机を見上げた。天井まで届いているように見える、結束バンドとロープで固定された数十の机は、とても堅牢に思えた。「よくできてるじゃないか」
「私が指揮を執ったからね」峯岸はそう誇った。「いま最後の確認をしているところ」
「そのようだな」
「サドさん。約束、忘れないでね」峯岸みなみは大きな瞳をより見開いて、サドに疑念とも信頼とも取れる視線を向けてきた。
――作戦運用ならびに指揮は生徒会の最高責任者である峯岸みなみに執らせること。
――今後五年間ラッパッパは生徒会を実力行為レベルで守ること。
昨日、交わした約束だ。忘れていないし、反故にするつもりもない。
「もちろんだ。準備ができたら部室に来てくれ」
そう言って歩き出したサドを、峯岸は背後から呼び止めた。「サドさん」
立ち止まり、横顔を峯岸に向ける。
「これがすんだら奢らせて」峯岸はウインクをした。
「喜んで」
サドは短く言い、体育館へ向かった。
体育館に入って最初に感じたのは、保健室と同じ、ツンとする薬品の臭いだった。だだ広いその空間には急ごしらえのベッドや椅子が並べられ(それらはあちこちから集められたために大きさも高さもバラバラだった)、テーブルの上には医療器具や薬が置かれていた。さながら野戦病院といった雰囲気だ。
壁際には、普段は武器として使われているであろう、アルミニウムやスチールのパイプと、どこからかかき集めてきた毛布が十数と置かれていた。その前で、生徒会が集めた三十人ほどの生徒たちに、変態保健医のキケンが応急担架の作り方を教えている。いつになく真面目な表情で、サドはキケンの持つ真摯な面を見た思いがした。キケンのかたわらには生徒会の佐藤すみれが膝下まである長い白衣を着て、キケンの説明を実践してみせている。
説明を受けていた生徒の一人がサドを発見し、直立して大声であいさつをしてきた。すると、それをきっかけにサドの存在に気づいた他の生徒たちが、輪唱のようにあいさつを繰り返した。キケンはサドに対する恐怖心を露わに瞳に浮かべ、佐藤すみれは手を止めた。
「あいさつはいい」サドは言って、キケンを見た。「邪魔してすまない。続けてくれ」
ふと視線を逸らすと、頭を下げる数人の生徒の向こうに、昨日、この体育館で前田の頬をはたいたエレナがいた。サドと目が合うと、エレナは無言で頭を下げた。彼女なりに前田を説得しようとしたエレナに敬意を感じていたサドは、自分も小さく頭を下げて応じた。
これから数時間後、この体育館には百を越える生徒たちが運び込まれるだろう。サドは不揃いのベッドが並ぶさまを見回し、自分の立案した作戦の狂気を改めて感じた。しかし、もう後戻りはできない。このやり方が正しいかまちがっているかを問う段階はすでに過ぎている。
体育館から出たサドは、吹奏楽部部室へと戻る廊下をゆっくりと歩いた。壁にスプレーで書きなぐられたいたずら書き。なにかで空けられた壁のあちこちの穴。割れた痕をダンボールで補修した窓。壊れたまま教室の隅に放置されている机や椅子。サンドバッグ代わりにされた、掃除用具が入れられているロッカー。
まさにここは不良の吹き溜まりであり、サドが優子と出会った場所でもあった。
もうすぐ卒業するのだと思うと、このデタラメで薄汚れた光景であっても、柄にもなく心に染みた。優子といたいためにわざと留年した一年を含め、サドが過ごした四年間という歳月の残滓があちこちに残っているこの学園から去るのは寂しくもあった。だから、最後の最後に、派手に暴れまわれる「ケンカ」の機会を提供してくれたアリジョの連中に、サドは感謝にも似た気持ちをいだいている。
四階の吹奏楽部部室に続く階段を上ぼる。
学園内には体育祭当日に似た高揚感が漂っていた。そして、だれもが勝ちを疑っていないように思えた。制限時間いっぱいにはなったが、一階のバリケードは完成したし、最低限の医療と通信体制は整えた。やれることはすべてやったという気迫が感じられる。士気も衰えていない。楽観はできないが、そう悲観することもなかろう……。
だが。
なにかをしくじっているような気がしてならない。
昨日も感じた不安が、胸に空いた風穴から侵入してくる。
階段の踊り場に響くのは、サドのショートブーツの足音だけ。
――と。
サドは気づいた。
静か過ぎるのだ。
部室にはシブヤとブラックとアンダーガールズがいるはずだ。だれかが部屋を歩き回る気配や、話し声がしてもいいはずなのに、今は部室から誰もいなくなったように感じる。通夜だってもう少しにぎやかだろう。
心がざわざわと揺らいだ。
やや早足で階段を昇る。ロングスカートを踏まないよう、裾を持ち上げた。
部室の前に立ち、叩きつけるように引き戸を開いた。大きな音がした。
正面にシブヤとブラックが立っていた。その両脇に、アニメ、ジャンボ、昭和、ライスのラッパッパアンダーガールズたち四人。
みんなはこちらに背を向けていたが、いまの音に全員が振り返った。
その顔は、一様にこわばっている。
尋常でない出来事が起きているのだと、サドは一瞬で悟った。
「――どうした?」
だれも答えない代わりにシブヤとブラックが左右に分かれた。アンダーガールズの四人もその動きに連動した。
そしてサドは見た。
部室の窓際に置かれた、金色のサテンが掛けられている一人用のソファ――そこにはいつも「部長様専用」と書かれた紙が置かれている――に座っている人物を。
そのソファに座ることを許されている、たった一人の存在であるが、ここにいるはずのない人物を。
「――よっ。サド」
馬路須加女学園吹奏楽部部長――大島優子が右手を軽く上げて微笑んだ。
【つづく】
■決戦前―3の3■
それは明らかに人影だった。
マユミはスカジャンのホックを胸元まで一気に閉めると、隣にいるサキコを肘でつついた。
「ん――なに?」というサキコに向かい、マユミは人差し指を自分の唇の前に立て、目で人影がいた方向を示す。
門柱が邪魔でよく見えないが、校門の向こうに、三つの人影があった。マユミは相手の視線の死角に入れる場所をとっさに探した。校門の内側と外側には、タイヤやドラム缶や工事用のバリケードが無造作に積まれている。マユミとサキコはドラム缶の裏側に隠れた。
馬路須加女学園の正門へ続く、ゆったりとした坂道を、三つの人影はぶらぶらと散歩でもするかのような速度で歩いてくる。なにやら話をしているようだが、ここからは内容までは聞き取れない。三人はマジジョの制服であるセーラー服を着ておらず、垣間見える限りでは暗い色のジャケットと青と黒の模様が入ったスカートといった服装だ。
「アリジョか?」サキコが声を細めて聞いてきた。
「わかりません」マユミも声を潜めて答えた。「でも、うちの制服じゃねえし、こんな時間に外をうろついてるのはおかしいです。聞いてませんよね、生徒会からなにも?」
サキコは頷いた。
生徒会により緊急事態宣言が発令された馬路須加女学園は、生徒会の許可なく学園外へ出ることが禁じられている。買出しなどでやむを得ず出る場合は、巡回当番の生徒にその生徒の名前と人数が通達される。いま当番のマユミとサキコはなにも知らされていない。つまり三人は、馬路須加女学園の生徒ではないということになる。
マジジョじゃなければ、「敵」だ。
先制攻撃をするべきかどうか、マユミは迷った。もうすぐ歩哨の交代時間だ。功を焦るより、交代要員が来てから攻めたほうが有利に決まっている。
足音と声がだんだんと大きくなってくる。
逡巡したのは一瞬のことだった。迷うなら、やれ――だ。チャンスの神様はそう何度も振り向いてくれない。
マユミは手の甲のグローブを引っ張り、戦闘体制に入った。
――また、チャンスが来た。やっぱり、あたしは持ってる……。
ここで「敵」を締め上げ、戦歴のひとつに加える。地味ではあるが、天下獲りへのひとつの布石になるだろう。なに。三人を同時に相手をするなど、どうってことはない。
そこまで考えたとき、三人のうちの誰かの声が聞こえた。「――だれもおらへんのかいな?」
関西弁? マユミはサキコと顔を見合わせた。
「まだ始まってへんとちゃうの?」と別の声。「だから言うたやろ。早すぎるって」
「にしては妙やな……。ほら、窓には人影、見えるやろ?」
「ホンマや」
最後の声は異様に甲高かった。
マユミはサキコに視線で合図してから、校門に向かって右側へと忍び足で移動した。敵を発見したときのために打ち合わせをしておいた陽動作戦の開始だ。
作戦といっても単純なものだ。サキコが「敵」の前に立ちふさがり注意を引きつけておき、その背後からマユミが三人をぶちのめすだけ。
マユミは姿勢を低く、足音を立てないように校門の裏側を、右手に向かって走った。
サキコは逆方向に移動しているはずだ。十秒ほど走ったあとに振り返ると、サキコはすでに配置を完了していた。マユミは親指を立てた左手を、三人のいるほうへ倒した。
作戦開始だ。
サキコは体を隠しているドラム缶の陰から、手のひらほどの大きさの石を三メートル離れた位置にあるドラム缶に投げた。石は命中し、三人の意思をそちらに向けさせるには充分な音を立てた。
「――なんやッ」甲高い声がした。
そのときサキコはすでに、ドラム缶の上にいた。そして持ち前の細くしなやかな肉体を跳躍させ、校門を超えた。それは飛翔と言うべき、華麗な動きだった。
「――ッて、だれやねん……ッ」
いきなり上空から見知らぬ相手と対峙した三人は狼狽している様子だった。
空中のサキコは、左脚をたたみ、右脚を一直線に伸ばしていた。それは仮面ライダーの必殺技のようで、まるで空中に静止しているかのように優雅だった。
とりゃああああああああ、と怪声を発したサキコの右脚は、三人のうちの一人――やけに頬骨の目立つ女の胸に命中した。女は尻餅をついたが、キックの勢いはそれだけでは止められなかった。小さな体はもんどりうって数メートル先まで転がった。体が回転し、遠心力でミニスカートが広がった。先ほどぼんやりとしか見えなかったスカートに描かれていたのは豹柄だとわかった。三人とも同じ服装ということは制服だろうか。しかし、豹柄の制服なんて、この県の学校にはないはずだった。
「さや姉――ッ」長い髪から出ている大きな耳が目立つ美少女が叫んだ。
「さやかっ」もう一人のふっくらとした顔に大きな瞳が特徴的な少女の声は変に甲高かった。
そこでマユミも動いた。
サキコのようにしなやかな動きとは言えないまでも、マユミは極真空手で鍛えた堅牢な肉体を、一瞬で限界まで加速した。地面から一メートルほど盛り上がった土の上り坂を走り、捨ててあるタイヤをバネにして校門を一気に越えた。
残された二人はマユミには気づいていないようだった。サキコと対峙し、こちらに背を向けたままでいる。
チャンスだ。マユミは脱兎のごとく走った。
サキコは二人の相手と同時に闘っていた。さすがは『サキコ師匠』、いい動きをしている。
二人の背中まであと一秒――といったところで、マユミは右側から大きな衝撃を受け、反対側に弾き飛ばされた。まるでそこに壁があったことを知らずに突進していたようだった。二人の背中を取ることに意識が集中していたから、まさか自分がやられるなどとは微塵も考えていなかった。しかし、これこそ自分とサキコが相手に仕掛けようとした戦法だ。マユミは転倒しつつ、自分の迂闊さに腹を立てた。
「痛って……」右の二の腕がじんじんと痛む。倒れた際に地面の砂利で左のこめかみを擦った。「チクショッ――なんだってん……」
倒れたまま見上げると、そこには先ほどサキコに斃されたはずの、『さや姉』と呼ばれた女がいた。こちらに背を向け、両腕を軽く広げたまま、横顔を見せている。あの背中だ。あれが自分を弾き飛ばしたのだ。
鉄山靠(てつざんこう)――正しくは貼山靠と呼ばれる八極拳のこの技を、マユミはビデオゲームの世界でしか見たことがなかった。実際に自分がやられると、こんなにも衝撃があるものなのか……。マユミは怒りとともに感嘆した。
いや、それ以上に驚くべきは、さや姉の回復力だ。サキコのキックを食らったというのに、たった数秒で立ち上がり、あろうことかマユミに深刻なダメージを与えるとは……。
サキコがいるはずのほうに目を向ける。そこではサキコが二人と同時に闘っていた。が、マユミに気づいたサキコは戦闘をやめて後退し、二人と大きく間合いを取った。
「マユミっ、大丈夫?」
「大丈夫っす。師匠」
スカジャンとスカートについた砂を払い落としながら、マユミは立ち上がった。この時点でも、まだ自分たちが有利だ。人数は一人少ないが、陣形としては挟撃を保っている。
「なんやねん、あんたら」甲高い声の少女が言った。
「言うとくけど、先に仕掛けたんは、あんたらやで」さや姉は冷静な口調でそう言った。
「二人ともマジジョの生徒?」と、大きな耳の少女。
マユミはそれらには応えず、三人の「品定め」をした。先ほどマユミに浴びせた技といい、風格といい、どうやらリーダーはさや姉のようだ。
マユミはサキコを見た。サキコは気づかれたとしても相手には意味が読み取れない、わずかな動きで次のターゲットを示した。
さや姉――。
正面から仕掛けるのはサキコ。マユミはその背中を守る。二人は一瞬でそこまで「会話」をすると、すぐに行動に移った。
サキコは長い脚を大きく伸ばし、跳躍するかのようにさや姉に迫った。
マユミも駆けた。
サキコはさや姉まであと二歩という間合いで、右手の人差し指と中指だけを伸ばし、体の後方に伸ばした。この指を相手の体に差し込む、サキコの必殺技――「革命のエチュード」が出るまであと二秒。指が差し込まれる部位はどこでもかまわない。鍛えられ、鉄のように硬くなったサキコの指を食らい、立っていられる者はいなかった。
一秒後、サキコとさや姉が交差した。
サキコが放った「革命のエチュード」に、さや姉は臆することなく相対した。
「フッ」さや姉は腹の底から気合を吐くと同時にやにわに体を横に向け、脚を大きくがに股に広げ、両手を思いっきり伸ばした。そのシルエットは、マユミに沖縄の首里城を髣髴させた。
――あれは……っ。
その掌底が、突進してきたサキコの二本指と交差した。
マユミはその瞬間、サキコの敗北を悟った。
さや姉の掌底は、サキコがときどき「背中」とからかわれている薄い胸の真下に重く命中した。それだけでもかなりの衝撃があったのだろう。サキコは音にならない悲鳴を上げ、体を折った。
「――フッ」さや姉は連続した動きで素早くサキコの背後に回ったかと思うと、その直後に先ほど見せた鉄山靠をサキコに食らわせる。サキコは今度は折った体を再び伸ばされ、二三歩前につんのめった。
さや姉は容赦しなかった。
「ハアアアッ――」さらにサキコの、今度は本当の背中に、これ以上ないくらいに伸ばした両手の掌底を打ち込んだ。サキコはあまりの衝撃で宙に浮き、マユミの足元まで飛んできた。スカートは完全に捲くれ、サキコが着けていた真っ赤な下着のお尻と、細く長く美しい脚が露わになった。
さや姉がサキコに最初の一撃を加えてから、一連の攻撃が終わるまで三秒とかかっていない。
――あれは八極拳奥義……崩撃雲身双虎掌っ。
マユミは驚嘆と同時に恐怖に襲われた。
話に聞いたことはあったが、実際に見たのは初めてだった。本当に使える者がいたとは……。
「どやっ?」耳の大きな女が両手を腰に当て、その言葉の通り『どや顔』でサキコを見た。「さや姉の必殺技、ホーゲキウンシンソーコショーやで」
「ちょっ……みるきー」さや姉が右手を伸ばし、その指先が宙で二三度動いた。「なんか自分がやった、みたいな感じになってるけど、やったの私やから」
「まあまあ、そんなのどっちでもええやん」『みるきー』が笑った。
「よくないし」
――クソッ。
マユミは唇をかんだ。舐めやがって……。しかし、体が動かなかった。腕に覚えはあるが、あの動きは伊達ではない。その上、さや姉の鉄山靠を受けた痛みが、まだ右肩に残っていて力が入らない。いま闘えば――負ける。
「二人ともふざけてる場合ちゃうで。あと一人残ってる」甲高い声の女がマユミを二人に示した。
一対三……。
腋の下が汗で濡れるのがわかった。
マユミはそれでも空手の基本である、三戦立ちで敵と対峙した。
負けることがわかっていても闘わなくてはならないときがある――。
使い古されたフレーズが頭の中をよぎった。
せめて一人くらいは斃しておきたいものだ。「敵」かどうかわからない相手であっても、ダチがやられたのだからこのまま退くわけにはいかない。
マユミはじりじりと迫る三人を視界に入れたまま、身じろぎせずに「機」を待った。こちらから先に攻撃できる、一瞬の隙が生まれるそのときを――。
そのとき。
頭上で、さあっと空気が切れる音がしたかと思うと、マユミと三人のあいだに大きな影が落ちた。緊張が一瞬解かれ、マユミは顔を動かさず、視線だけを空に向けた。
たくさんの鳩と鴉が密集し、太陽の光をさえぎったのだ。鳩と鴉だけではない。いつの間にか、これまで見たことのない数の鳥が、馬路須加女学園上空を囲むように滑空している。その異様な光景に、マユミは少し恐怖を感じた。
と――目前の空気の流れが変わった。
ハッとしたときにはもう遅かった。
「隙あり、や――ッ」
みるきーのミドルキックがマユミに襲い掛かってきた。
自分の迂闊さを後悔している暇はなかった。直撃を避けようと、マユミは反射的に後退した。それりでもみるきーの爪先は、サキコとはちがう、マユミの大きな胸の下に突き刺さろうとしていた。
マユミはキックの衝撃を覚悟し、心と体を強張らせた。
と、突然――黒い背中がマユミの目前に現れた。
電光石火と呼ぶにふさわしい速度だった。その黒いライダースジャケットの背中には、白い天使の刺繍が入っている。
プリクラ――菊地あやかがみるきーのミドルキックを、胸で抱えるようにして止めたのだ。
あのスピードで繰り出された脚を瞬時で掴み、その動きを止めるとは普通ではない。さすがは『純情堕天使』のリーダーを張っているだけのことはある。
「だれや、あんた?」みるきーは脚を掴まれたまま誰何した。
「馬路須加女学園二年菊地あやかです。この脚、下ろしてください」
「なかなかやるやないか……」みるきーは人懐こい笑顔を見せ、足を引いた。「蹴りを止められたなんて初めてや」
――助かった……。
マユミは安堵した。巡回の交代要因がプリクラで助かった。もしも、元チームホルモンのだれかだったら返り討ちにあっていたところだった。
ザッザッと砂を踏む足音とともにいつのまにか現れたナツミ、トモミ、ハルカはさや姉たちを取り囲みつつあった。
「私たちは馬路須加女学園『純情堕天使』の六人です。本当はあと四人いるのですが、ここにはちょっと来ていません。それとも呼んだほうがいいですか?」
みるきーがさや姉のほうを向いた。
「今さらやめる、て――先に仕掛けてきたのはそっちやんか」さや姉は冷静な口調でそう指摘した。
「そうかもしれませんが、こちらも一人潰されています。それで手打ちにしてくれませんか?」
「どうする山田?」
山田と呼ばれた甲高い声の少女は小さく首を横に振って、両手を無造作に広げた。「一旦休戦やな」
「そやな」さや姉は頷いた。
「賢明な判断です」それからプリクラはナツミとトモミとハルカに向かって、サキコの手当をするよう促した。
トモミとハルカが、意識はあるものの体にかなり手痛いダメージを受け、自分ひとりでは立つことのできないサキコの体を、二人で力を合わせてナツミの背中に乗せようとし始めた。臨時保健室となっている体育館に連れて行くようだった。
「ところで――あなたたちは……?」
「うちら三人とも難波からやってきたんや。来年からこの学校に入学するんでな」さや姉が答えた。
ということは全員中学生か。それにしては、さや姉とみるきーはともかく、山田はえらく年上に見える。
「今日は通学時間の確認と学校の下見に来ただけやのに、手荒い歓迎会が開かれたってわけや」山田が皮肉たっぷりに答えた。「ワルがそろってるとは聞いとったが、いきなりケンカを仕掛けられるとは思わんかったで」
「今日は特別で、みんなピリピリしているんですよ」プリクラは言った。「――にしても、難波とはまた遠いところから……」
「あんたら生徒のくせに知らんのかいな。この学校、関西でも知らんヤンキーはおらへんで」
「そうなんですか。中にいると実感できないものです」
「うちらも難波じゃ知られたヤンキーや」みるきーが腕を組み、まるで口上を決めるように言った。その口調はどことなくふざけているように思えたが、それがみるきーの持ち味なのだろう。人を舐めたような態度であるのに、不思議と腹は立たない。「難波――いや、関西の天下はもう獲った。今度は関東で実力を試したいと思ってな」
「――というわけで、せっかく来たんで学校の中でも見てみたいんやけど……」さや姉が言った。「先輩の皆さんで案内してくれへんか?」
マユミはプリクラと顔を見合わせた。
もちろん、今日はそんなことをしている暇はない。
だが、プリクラはそれこそ純情そうな天使の笑顔を浮かべ、こう言った。
「そうですね。今日は『本当のマジジョ』を知ってもらえる最良の日です。三人とも、ツイてますよ」
マジ女の制服を着た五人と、青い豹柄のスカートという変わった制服の三人が校門の中に消えていくのを、校門前の通りを挟んだ向かい側に立つ桜の木の上に三つの影が息をひそめて見つめていた。
「なんだか様子がおかしいですね……」くりっとした大きな瞳とぽっちゃりとした頬が愛らしい少女――宮脇咲良が独りごとのようにつぶやいた。
咲良たちも、大阪から来たという三人同様、来年からこの馬路須加女学園に入学する予定だった。荒れに荒れているという話を聞いていたので、実際にどれほどのものかを確認する意味でやってきたのだが、その様子は想像以上だった。校舎と校庭を取り囲む壁はあちこちが朽ちていて、補修もされておらず落書きだらけ。それに加えて、市街地とは離れて隔離されたような場所にあるためか、壁にはだれかが持ってきてここに捨てていった粗大ゴミがあちこちに積まれている。このまま放置しておけば、いずれ壁を超えるまでになるにちがいない。こんな状態になっていることは、学校案内のパンフレットにはもちろん書かれていなかった。
最初にこの光景を見たとき、咲良は自分の進路希望がまちがっていたと確信したが、ついさっき眼下で展開された闘いを見て、思い直した。むしろこの学園こそ、自分たちの青春を捧げるにふさわしい――。
「いまの人たち、大阪から来たって言ってました」
隣にいた田島芽瑠が頷いた。一見幼そうな容姿だが、黒目がちな細い瞳には冷静な光が宿っている。
「学校のようしゅも変でしゅね」
前髪をセンターで分けた特徴的な髪型の兒玉遥は、舌足らずな口調で言うと、階段を下りるようにして枝から枝へと飛び移り、あっという間に地面に降り立った。白と黒のチェック柄のプリーツスカートがまるでパラシュートのようにふわりと広がった。咲良と芽瑠もそれに続いた。
「様子を見に来て正解ですね、はるっぴさん」芽瑠は遥の横に降りた。
「けど――どうやって侵入しゅればいいかな……」
「なんのために修行をしてきたんですか。あの程度の警備で怯んでどうするんです?」咲良はほくそえんだ。「センターを獲るんじゃないんですか、はるっぴ?」
咲良は中学時代に芽瑠と遥に出会えて本当に良かったと思っている。この二人がいなければ咲良自身の夢――ヤンキーたちの《センター》――を目指そうと思いもしなかっただろう。だからこそ咲良は辛い修行に三年間耐えてきたのだ。
「咲良の言うとおりですよ」
「でも心配でしゅ……」遥の眉が八の字になった。心配症の遥だが、それゆえ危険を察知する能力は人一倍優れている。咲良も芽瑠も、その特殊能力には何度も救われてきた。
「まあまあ」咲良は遥の肩を抱いた。「そんな顔してたってなんにもならないですよ。気軽に行きましょう」
「そうでしゅね……もうしゅこし、ようしゅをうかがってから入りましょう」
咲良たちはふたたび桜の木へと飛び移った。
【つづく】
それは明らかに人影だった。
マユミはスカジャンのホックを胸元まで一気に閉めると、隣にいるサキコを肘でつついた。
「ん――なに?」というサキコに向かい、マユミは人差し指を自分の唇の前に立て、目で人影がいた方向を示す。
門柱が邪魔でよく見えないが、校門の向こうに、三つの人影があった。マユミは相手の視線の死角に入れる場所をとっさに探した。校門の内側と外側には、タイヤやドラム缶や工事用のバリケードが無造作に積まれている。マユミとサキコはドラム缶の裏側に隠れた。
馬路須加女学園の正門へ続く、ゆったりとした坂道を、三つの人影はぶらぶらと散歩でもするかのような速度で歩いてくる。なにやら話をしているようだが、ここからは内容までは聞き取れない。三人はマジジョの制服であるセーラー服を着ておらず、垣間見える限りでは暗い色のジャケットと青と黒の模様が入ったスカートといった服装だ。
「アリジョか?」サキコが声を細めて聞いてきた。
「わかりません」マユミも声を潜めて答えた。「でも、うちの制服じゃねえし、こんな時間に外をうろついてるのはおかしいです。聞いてませんよね、生徒会からなにも?」
サキコは頷いた。
生徒会により緊急事態宣言が発令された馬路須加女学園は、生徒会の許可なく学園外へ出ることが禁じられている。買出しなどでやむを得ず出る場合は、巡回当番の生徒にその生徒の名前と人数が通達される。いま当番のマユミとサキコはなにも知らされていない。つまり三人は、馬路須加女学園の生徒ではないということになる。
マジジョじゃなければ、「敵」だ。
先制攻撃をするべきかどうか、マユミは迷った。もうすぐ歩哨の交代時間だ。功を焦るより、交代要員が来てから攻めたほうが有利に決まっている。
足音と声がだんだんと大きくなってくる。
逡巡したのは一瞬のことだった。迷うなら、やれ――だ。チャンスの神様はそう何度も振り向いてくれない。
マユミは手の甲のグローブを引っ張り、戦闘体制に入った。
――また、チャンスが来た。やっぱり、あたしは持ってる……。
ここで「敵」を締め上げ、戦歴のひとつに加える。地味ではあるが、天下獲りへのひとつの布石になるだろう。なに。三人を同時に相手をするなど、どうってことはない。
そこまで考えたとき、三人のうちの誰かの声が聞こえた。「――だれもおらへんのかいな?」
関西弁? マユミはサキコと顔を見合わせた。
「まだ始まってへんとちゃうの?」と別の声。「だから言うたやろ。早すぎるって」
「にしては妙やな……。ほら、窓には人影、見えるやろ?」
「ホンマや」
最後の声は異様に甲高かった。
マユミはサキコに視線で合図してから、校門に向かって右側へと忍び足で移動した。敵を発見したときのために打ち合わせをしておいた陽動作戦の開始だ。
作戦といっても単純なものだ。サキコが「敵」の前に立ちふさがり注意を引きつけておき、その背後からマユミが三人をぶちのめすだけ。
マユミは姿勢を低く、足音を立てないように校門の裏側を、右手に向かって走った。
サキコは逆方向に移動しているはずだ。十秒ほど走ったあとに振り返ると、サキコはすでに配置を完了していた。マユミは親指を立てた左手を、三人のいるほうへ倒した。
作戦開始だ。
サキコは体を隠しているドラム缶の陰から、手のひらほどの大きさの石を三メートル離れた位置にあるドラム缶に投げた。石は命中し、三人の意思をそちらに向けさせるには充分な音を立てた。
「――なんやッ」甲高い声がした。
そのときサキコはすでに、ドラム缶の上にいた。そして持ち前の細くしなやかな肉体を跳躍させ、校門を超えた。それは飛翔と言うべき、華麗な動きだった。
「――ッて、だれやねん……ッ」
いきなり上空から見知らぬ相手と対峙した三人は狼狽している様子だった。
空中のサキコは、左脚をたたみ、右脚を一直線に伸ばしていた。それは仮面ライダーの必殺技のようで、まるで空中に静止しているかのように優雅だった。
とりゃああああああああ、と怪声を発したサキコの右脚は、三人のうちの一人――やけに頬骨の目立つ女の胸に命中した。女は尻餅をついたが、キックの勢いはそれだけでは止められなかった。小さな体はもんどりうって数メートル先まで転がった。体が回転し、遠心力でミニスカートが広がった。先ほどぼんやりとしか見えなかったスカートに描かれていたのは豹柄だとわかった。三人とも同じ服装ということは制服だろうか。しかし、豹柄の制服なんて、この県の学校にはないはずだった。
「さや姉――ッ」長い髪から出ている大きな耳が目立つ美少女が叫んだ。
「さやかっ」もう一人のふっくらとした顔に大きな瞳が特徴的な少女の声は変に甲高かった。
そこでマユミも動いた。
サキコのようにしなやかな動きとは言えないまでも、マユミは極真空手で鍛えた堅牢な肉体を、一瞬で限界まで加速した。地面から一メートルほど盛り上がった土の上り坂を走り、捨ててあるタイヤをバネにして校門を一気に越えた。
残された二人はマユミには気づいていないようだった。サキコと対峙し、こちらに背を向けたままでいる。
チャンスだ。マユミは脱兎のごとく走った。
サキコは二人の相手と同時に闘っていた。さすがは『サキコ師匠』、いい動きをしている。
二人の背中まであと一秒――といったところで、マユミは右側から大きな衝撃を受け、反対側に弾き飛ばされた。まるでそこに壁があったことを知らずに突進していたようだった。二人の背中を取ることに意識が集中していたから、まさか自分がやられるなどとは微塵も考えていなかった。しかし、これこそ自分とサキコが相手に仕掛けようとした戦法だ。マユミは転倒しつつ、自分の迂闊さに腹を立てた。
「痛って……」右の二の腕がじんじんと痛む。倒れた際に地面の砂利で左のこめかみを擦った。「チクショッ――なんだってん……」
倒れたまま見上げると、そこには先ほどサキコに斃されたはずの、『さや姉』と呼ばれた女がいた。こちらに背を向け、両腕を軽く広げたまま、横顔を見せている。あの背中だ。あれが自分を弾き飛ばしたのだ。
鉄山靠(てつざんこう)――正しくは貼山靠と呼ばれる八極拳のこの技を、マユミはビデオゲームの世界でしか見たことがなかった。実際に自分がやられると、こんなにも衝撃があるものなのか……。マユミは怒りとともに感嘆した。
いや、それ以上に驚くべきは、さや姉の回復力だ。サキコのキックを食らったというのに、たった数秒で立ち上がり、あろうことかマユミに深刻なダメージを与えるとは……。
サキコがいるはずのほうに目を向ける。そこではサキコが二人と同時に闘っていた。が、マユミに気づいたサキコは戦闘をやめて後退し、二人と大きく間合いを取った。
「マユミっ、大丈夫?」
「大丈夫っす。師匠」
スカジャンとスカートについた砂を払い落としながら、マユミは立ち上がった。この時点でも、まだ自分たちが有利だ。人数は一人少ないが、陣形としては挟撃を保っている。
「なんやねん、あんたら」甲高い声の少女が言った。
「言うとくけど、先に仕掛けたんは、あんたらやで」さや姉は冷静な口調でそう言った。
「二人ともマジジョの生徒?」と、大きな耳の少女。
マユミはそれらには応えず、三人の「品定め」をした。先ほどマユミに浴びせた技といい、風格といい、どうやらリーダーはさや姉のようだ。
マユミはサキコを見た。サキコは気づかれたとしても相手には意味が読み取れない、わずかな動きで次のターゲットを示した。
さや姉――。
正面から仕掛けるのはサキコ。マユミはその背中を守る。二人は一瞬でそこまで「会話」をすると、すぐに行動に移った。
サキコは長い脚を大きく伸ばし、跳躍するかのようにさや姉に迫った。
マユミも駆けた。
サキコはさや姉まであと二歩という間合いで、右手の人差し指と中指だけを伸ばし、体の後方に伸ばした。この指を相手の体に差し込む、サキコの必殺技――「革命のエチュード」が出るまであと二秒。指が差し込まれる部位はどこでもかまわない。鍛えられ、鉄のように硬くなったサキコの指を食らい、立っていられる者はいなかった。
一秒後、サキコとさや姉が交差した。
サキコが放った「革命のエチュード」に、さや姉は臆することなく相対した。
「フッ」さや姉は腹の底から気合を吐くと同時にやにわに体を横に向け、脚を大きくがに股に広げ、両手を思いっきり伸ばした。そのシルエットは、マユミに沖縄の首里城を髣髴させた。
――あれは……っ。
その掌底が、突進してきたサキコの二本指と交差した。
マユミはその瞬間、サキコの敗北を悟った。
さや姉の掌底は、サキコがときどき「背中」とからかわれている薄い胸の真下に重く命中した。それだけでもかなりの衝撃があったのだろう。サキコは音にならない悲鳴を上げ、体を折った。
「――フッ」さや姉は連続した動きで素早くサキコの背後に回ったかと思うと、その直後に先ほど見せた鉄山靠をサキコに食らわせる。サキコは今度は折った体を再び伸ばされ、二三歩前につんのめった。
さや姉は容赦しなかった。
「ハアアアッ――」さらにサキコの、今度は本当の背中に、これ以上ないくらいに伸ばした両手の掌底を打ち込んだ。サキコはあまりの衝撃で宙に浮き、マユミの足元まで飛んできた。スカートは完全に捲くれ、サキコが着けていた真っ赤な下着のお尻と、細く長く美しい脚が露わになった。
さや姉がサキコに最初の一撃を加えてから、一連の攻撃が終わるまで三秒とかかっていない。
――あれは八極拳奥義……崩撃雲身双虎掌っ。
マユミは驚嘆と同時に恐怖に襲われた。
話に聞いたことはあったが、実際に見たのは初めてだった。本当に使える者がいたとは……。
「どやっ?」耳の大きな女が両手を腰に当て、その言葉の通り『どや顔』でサキコを見た。「さや姉の必殺技、ホーゲキウンシンソーコショーやで」
「ちょっ……みるきー」さや姉が右手を伸ばし、その指先が宙で二三度動いた。「なんか自分がやった、みたいな感じになってるけど、やったの私やから」
「まあまあ、そんなのどっちでもええやん」『みるきー』が笑った。
「よくないし」
――クソッ。
マユミは唇をかんだ。舐めやがって……。しかし、体が動かなかった。腕に覚えはあるが、あの動きは伊達ではない。その上、さや姉の鉄山靠を受けた痛みが、まだ右肩に残っていて力が入らない。いま闘えば――負ける。
「二人ともふざけてる場合ちゃうで。あと一人残ってる」甲高い声の女がマユミを二人に示した。
一対三……。
腋の下が汗で濡れるのがわかった。
マユミはそれでも空手の基本である、三戦立ちで敵と対峙した。
負けることがわかっていても闘わなくてはならないときがある――。
使い古されたフレーズが頭の中をよぎった。
せめて一人くらいは斃しておきたいものだ。「敵」かどうかわからない相手であっても、ダチがやられたのだからこのまま退くわけにはいかない。
マユミはじりじりと迫る三人を視界に入れたまま、身じろぎせずに「機」を待った。こちらから先に攻撃できる、一瞬の隙が生まれるそのときを――。
そのとき。
頭上で、さあっと空気が切れる音がしたかと思うと、マユミと三人のあいだに大きな影が落ちた。緊張が一瞬解かれ、マユミは顔を動かさず、視線だけを空に向けた。
たくさんの鳩と鴉が密集し、太陽の光をさえぎったのだ。鳩と鴉だけではない。いつの間にか、これまで見たことのない数の鳥が、馬路須加女学園上空を囲むように滑空している。その異様な光景に、マユミは少し恐怖を感じた。
と――目前の空気の流れが変わった。
ハッとしたときにはもう遅かった。
「隙あり、や――ッ」
みるきーのミドルキックがマユミに襲い掛かってきた。
自分の迂闊さを後悔している暇はなかった。直撃を避けようと、マユミは反射的に後退した。それりでもみるきーの爪先は、サキコとはちがう、マユミの大きな胸の下に突き刺さろうとしていた。
マユミはキックの衝撃を覚悟し、心と体を強張らせた。
と、突然――黒い背中がマユミの目前に現れた。
電光石火と呼ぶにふさわしい速度だった。その黒いライダースジャケットの背中には、白い天使の刺繍が入っている。
プリクラ――菊地あやかがみるきーのミドルキックを、胸で抱えるようにして止めたのだ。
あのスピードで繰り出された脚を瞬時で掴み、その動きを止めるとは普通ではない。さすがは『純情堕天使』のリーダーを張っているだけのことはある。
「だれや、あんた?」みるきーは脚を掴まれたまま誰何した。
「馬路須加女学園二年菊地あやかです。この脚、下ろしてください」
「なかなかやるやないか……」みるきーは人懐こい笑顔を見せ、足を引いた。「蹴りを止められたなんて初めてや」
――助かった……。
マユミは安堵した。巡回の交代要因がプリクラで助かった。もしも、元チームホルモンのだれかだったら返り討ちにあっていたところだった。
ザッザッと砂を踏む足音とともにいつのまにか現れたナツミ、トモミ、ハルカはさや姉たちを取り囲みつつあった。
「私たちは馬路須加女学園『純情堕天使』の六人です。本当はあと四人いるのですが、ここにはちょっと来ていません。それとも呼んだほうがいいですか?」
みるきーがさや姉のほうを向いた。
「今さらやめる、て――先に仕掛けてきたのはそっちやんか」さや姉は冷静な口調でそう指摘した。
「そうかもしれませんが、こちらも一人潰されています。それで手打ちにしてくれませんか?」
「どうする山田?」
山田と呼ばれた甲高い声の少女は小さく首を横に振って、両手を無造作に広げた。「一旦休戦やな」
「そやな」さや姉は頷いた。
「賢明な判断です」それからプリクラはナツミとトモミとハルカに向かって、サキコの手当をするよう促した。
トモミとハルカが、意識はあるものの体にかなり手痛いダメージを受け、自分ひとりでは立つことのできないサキコの体を、二人で力を合わせてナツミの背中に乗せようとし始めた。臨時保健室となっている体育館に連れて行くようだった。
「ところで――あなたたちは……?」
「うちら三人とも難波からやってきたんや。来年からこの学校に入学するんでな」さや姉が答えた。
ということは全員中学生か。それにしては、さや姉とみるきーはともかく、山田はえらく年上に見える。
「今日は通学時間の確認と学校の下見に来ただけやのに、手荒い歓迎会が開かれたってわけや」山田が皮肉たっぷりに答えた。「ワルがそろってるとは聞いとったが、いきなりケンカを仕掛けられるとは思わんかったで」
「今日は特別で、みんなピリピリしているんですよ」プリクラは言った。「――にしても、難波とはまた遠いところから……」
「あんたら生徒のくせに知らんのかいな。この学校、関西でも知らんヤンキーはおらへんで」
「そうなんですか。中にいると実感できないものです」
「うちらも難波じゃ知られたヤンキーや」みるきーが腕を組み、まるで口上を決めるように言った。その口調はどことなくふざけているように思えたが、それがみるきーの持ち味なのだろう。人を舐めたような態度であるのに、不思議と腹は立たない。「難波――いや、関西の天下はもう獲った。今度は関東で実力を試したいと思ってな」
「――というわけで、せっかく来たんで学校の中でも見てみたいんやけど……」さや姉が言った。「先輩の皆さんで案内してくれへんか?」
マユミはプリクラと顔を見合わせた。
もちろん、今日はそんなことをしている暇はない。
だが、プリクラはそれこそ純情そうな天使の笑顔を浮かべ、こう言った。
「そうですね。今日は『本当のマジジョ』を知ってもらえる最良の日です。三人とも、ツイてますよ」
マジ女の制服を着た五人と、青い豹柄のスカートという変わった制服の三人が校門の中に消えていくのを、校門前の通りを挟んだ向かい側に立つ桜の木の上に三つの影が息をひそめて見つめていた。
「なんだか様子がおかしいですね……」くりっとした大きな瞳とぽっちゃりとした頬が愛らしい少女――宮脇咲良が独りごとのようにつぶやいた。
咲良たちも、大阪から来たという三人同様、来年からこの馬路須加女学園に入学する予定だった。荒れに荒れているという話を聞いていたので、実際にどれほどのものかを確認する意味でやってきたのだが、その様子は想像以上だった。校舎と校庭を取り囲む壁はあちこちが朽ちていて、補修もされておらず落書きだらけ。それに加えて、市街地とは離れて隔離されたような場所にあるためか、壁にはだれかが持ってきてここに捨てていった粗大ゴミがあちこちに積まれている。このまま放置しておけば、いずれ壁を超えるまでになるにちがいない。こんな状態になっていることは、学校案内のパンフレットにはもちろん書かれていなかった。
最初にこの光景を見たとき、咲良は自分の進路希望がまちがっていたと確信したが、ついさっき眼下で展開された闘いを見て、思い直した。むしろこの学園こそ、自分たちの青春を捧げるにふさわしい――。
「いまの人たち、大阪から来たって言ってました」
隣にいた田島芽瑠が頷いた。一見幼そうな容姿だが、黒目がちな細い瞳には冷静な光が宿っている。
「学校のようしゅも変でしゅね」
前髪をセンターで分けた特徴的な髪型の兒玉遥は、舌足らずな口調で言うと、階段を下りるようにして枝から枝へと飛び移り、あっという間に地面に降り立った。白と黒のチェック柄のプリーツスカートがまるでパラシュートのようにふわりと広がった。咲良と芽瑠もそれに続いた。
「様子を見に来て正解ですね、はるっぴさん」芽瑠は遥の横に降りた。
「けど――どうやって侵入しゅればいいかな……」
「なんのために修行をしてきたんですか。あの程度の警備で怯んでどうするんです?」咲良はほくそえんだ。「センターを獲るんじゃないんですか、はるっぴ?」
咲良は中学時代に芽瑠と遥に出会えて本当に良かったと思っている。この二人がいなければ咲良自身の夢――ヤンキーたちの《センター》――を目指そうと思いもしなかっただろう。だからこそ咲良は辛い修行に三年間耐えてきたのだ。
「咲良の言うとおりですよ」
「でも心配でしゅ……」遥の眉が八の字になった。心配症の遥だが、それゆえ危険を察知する能力は人一倍優れている。咲良も芽瑠も、その特殊能力には何度も救われてきた。
「まあまあ」咲良は遥の肩を抱いた。「そんな顔してたってなんにもならないですよ。気軽に行きましょう」
「そうでしゅね……もうしゅこし、ようしゅをうかがってから入りましょう」
咲良たちはふたたび桜の木へと飛び移った。
【つづく】
『マジすか学園』の小説ですが、前回から一ヶ月以上経ってしまって申し訳ないです。
あいだに同人イベントなどあってなかなか時間がとれませんでした。
でも、時間の合間を見つけてはちょこちょこ書いてます。うまくすればあと二三日のあいだに公開できると思うので、もう少しだけ待っていてください。
あいだに同人イベントなどあってなかなか時間がとれませんでした。
でも、時間の合間を見つけてはちょこちょこ書いてます。うまくすればあと二三日のあいだに公開できると思うので、もう少しだけ待っていてください。
5/5汐留でおこなわれた同人イベント「コスホリック」にサークル参加してきました。
午後三時からという、朝型のぼくにとってはちょっとキツいスケジュールでしたが、何事もなく無事に終えることができました。
18禁イベントということで、会場の中はそれはそれは過激なコスチュームのお姉さんがたくさん……。スペース内で背後を振り返ると、むき出しになったお尻が並んでいるという状態でした。ただ、ぼくは着衣女性にこそエロさを感じるので、そういう光景にはほとんど魅力を感じなかったのですが(笑)。
今回、売り子さんとしてお手伝いいただいたのは、新作のモデルをつとめていただいた陸遊馬さんです。
陸さんには、写真集の中でも着ている『ラブ●ラス』のセーラー服を着てもらいました。やはりむさ苦しい男が立っているより注目度がまったくちがいましたね。どこかのイベントに参加するときは、またお願いしたいです。
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それでは、またどこかでお会いしましょう~。
午後三時からという、朝型のぼくにとってはちょっとキツいスケジュールでしたが、何事もなく無事に終えることができました。
18禁イベントということで、会場の中はそれはそれは過激なコスチュームのお姉さんがたくさん……。スペース内で背後を振り返ると、むき出しになったお尻が並んでいるという状態でした。ただ、ぼくは着衣女性にこそエロさを感じるので、そういう光景にはほとんど魅力を感じなかったのですが(笑)。
今回、売り子さんとしてお手伝いいただいたのは、新作のモデルをつとめていただいた陸遊馬さんです。
陸さんには、写真集の中でも着ている『ラブ●ラス』のセーラー服を着てもらいました。やはりむさ苦しい男が立っているより注目度がまったくちがいましたね。どこかのイベントに参加するときは、またお願いしたいです。
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それでは、またどこかでお会いしましょう~。
いよいよコスホリック05が明日に迫りました。
ここのところ連続で新作の案内をさせてもらっているのですが、今日はその最後の作品です。
去年撮影したにもかかわらず、諸般の事情で公開が延び延びになっていた作品がいよいよ世に出ます。
タイトルは『願望少女』です。
モデルは『濡れ娘。』初登場の貴島マリアさん。初めての着衣入浴姿をカメラに収めさせてくれました。
続いては、制服の下にスクール水着を着ての撮影です。
最後も別のパターンのスクール水着を着て、その上に今度はセーラー服を……。
以上、3種類の衣装を収録したDVD-ROMを2000円で販売いたします。
この写真集は当面、ダウンロード販売をいたしませんので、よろしければぜひ明日、お求めください。
では、コスホリックでぼくと握手!!!
ここのところ連続で新作の案内をさせてもらっているのですが、今日はその最後の作品です。
去年撮影したにもかかわらず、諸般の事情で公開が延び延びになっていた作品がいよいよ世に出ます。
タイトルは『願望少女』です。
モデルは『濡れ娘。』初登場の貴島マリアさん。初めての着衣入浴姿をカメラに収めさせてくれました。
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続いては、制服の下にスクール水着を着ての撮影です。
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最後も別のパターンのスクール水着を着て、その上に今度はセーラー服を……。
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以上、3種類の衣装を収録したDVD-ROMを2000円で販売いたします。
この写真集は当面、ダウンロード販売をいたしませんので、よろしければぜひ明日、お求めください。
では、コスホリックでぼくと握手!!!
『濡れ娘。』の作品を批評してくださっているブログ『汚れし乙女は美しい』さんが、今度は5/5に『濡れ娘。』が参加するコスホリックについて記事にしてくださいました。
http://yogorshiotome.dtiblog.com/blog-entry-614.html
18歳未満は閲覧禁止のブログですが、見られる方はぜひこちらもご覧ください。
eiji amakiさん、ありがとうございました!!!
http://yogorshiotome.dtiblog.com/blog-entry-614.html
18歳未満は閲覧禁止のブログですが、見られる方はぜひこちらもご覧ください。
eiji amakiさん、ありがとうございました!!!