■特訓2-1■
六回目の階段往復を終えたときこそ、本当に限界がきたとヲタは思った。
ひそかに自信を持っている、すらっとした長い脚のふくらはぎと腿は筋肉痛でじんじんと痛んでいた。もし、ここに校医のキケンがいたらドクターストップ間違いなしの、正真正銘の限界だった。自分にしてはよくやったほうだ。決して、自分の気持ちが折れたわけではない。もう体がついてこないのだ。この状態になったら、誰だってギブアップするはず。いや、しなければいけない。でなければ、明日の特訓だってできない。それどころか、この痛みが続くようであれば、特訓だって中止にしたほうがいいだろう。体を壊すためにやっているのではないのだから。そう。たったの七秒しか懸垂ができないほど体力のない自分が、一時の感情に任せて特訓をしようなどと思いついてしまったのがそもそものまちがいなのだ。やるのなら、もっと段階を――たとえばランニングから始めるとか――踏むべきだった。
などと考えたヲタだが、心のどこかでその気持ちに対立する、もう一人の自分がいることにも気づいた。
その自分はこう言っていた。
――言い訳ばっかしてんじゃねぇよ。
だが、ヲタはその小さな声を聞かなかったことにした。
石畳の上に横向きに転がると、砂が頬に付いたが掃う気力も残っていない。はあはあという自分の息と、どこかで飛んでいるヘリコプターの音しか聞こえない。夏ではないのに体操着のシャツはぐしょ濡れで肌に張り付き、ヲタはプリクラと戦ったときの雨を思い出した。
少し遅れて、だるまがヲタの脇にやってきて座り込んだ。「これで……なん、回……目……。やったっ……け……」
「六回……目だ、よ……。覚えてろよ、ちゃん……と……」
「そっか……ほな、あと……四回、や、な……」
ヲタはだるまを見上げた。そこには本当に鬼のような顔をしただるまがこちらを見つめていた。
「ダメ……だ、よ……」ヲタは目を閉じ、仰向けに転がった。「今日……はもう……、脚、動かね……」
「動かんと思う、から……動かへん……ねん」
「ちがうよ……そういう、精神、論……じゃなく、て、マジで、動かねぇん……だよ……」
「そしたら、今日は、これで……終わりに、するか……」
ヲタは心底ほっとした。だるまが鬼に見えたのは錯覚だったようだ。
「ああ、そう、しよう、ぜ……」
「残り、の四回は……明日、やる分にプラスっちゅう、こと、で……」
ヲタは電撃を食らったように跳ね起きた。「ちょっ……どういうことだっ」
「なんや、まだ、起き上がる気力、残っとるや……ないか」
だるまは鬼ではなかった。狡猾な狐だった。
「一週間で、合計七十回の、階段昇降ってのは……決めたことや。そんなら、そのとおりにせな、あかんで……」
「そういう、問題じゃ、ねぇだろ……」
「そういう問題なんやっ」
だるまの突然の大声が、狭い境内に響いた。
ヲタは口をつぐんだ。
「本気……なんやろ? 強くなりたいんやろ?」
だるまは、優しい母の顔になっていた。
そう。強くなりたい。それは本気だ。
けど、体が悲鳴を上げている。それも本当だ。
そしてそれを理由に、言い訳で理論武装していることも――。
だるまが言うこともわかる。自分だって逃げたくない。それでもこの痛みは、体がこれ以上の運動に耐えられないことを教えてくれているのだ。
「――ええか。限界なんてないんや。あるとしたら、それは心や。おまえのその弱い心や。いま、限界と言ってるのは体やのうて、おまえや」
「そうじゃ、ねぇ、よ……。マジで痛てぇんだ、って」
「痛くないケンカなんてないで」
「そういう意味じゃ、ねえ……」
「同じや」だるまはきっぱりと言い切った。「あつ姐がなんで強いかわかるか。技術的なことだけやない。引かへんからや。勝つまで引かへん強さを、あつ姐は持っとるんや。強いか弱いかってことは、最終的にはそれだけや」
ヲタは言い返せなかった。
「おまえが特訓したいって気持ちになったのはええことや。ある程度までは本気なんやと思う。せやけど、本気なら這ってでもやり通せや。それでこそ……女やろ」
一陣の風が、強く吹き、ヲタの中のもう一人の自分が大きくなった。
脚はまだ痛い。ふくらはぎに熱いものを押し付けられているような痛みだ。腿の筋はぴんと引っ張られたように硬い。ジャージの上からそこをさすると不思議なもので、少しは痛みが軽減されていくような気がする。
ふくらはぎを伸ばし、足首を何度も曲げて、思いっきり筋を伸ばしてみる。筋肉が引っ張られるのがわかり、ツリそうになった。でも、その寸前でやめると気持ちよかった。
――言い訳ばっかしてんじゃねぇよ。
大きな声が聞こえる。
言い訳だと自覚しているからこそ、その声は存在している。
だるまは立ち上がり、拝殿の方へと向かった。足取りは重い。右足を痛めたのか、やや引きずるようにしている。朝にはあんな歩き方はしていなかった。
いたたまれない気持ちになったが、ヲタはなにも言えず、だるまの背中を見ていた。
拝殿の裏に回っただるまは、やがて2リットルのペットボトルを持って戻ってきた。「チームホルモンの四人と、いつかはまた一緒に暴れたいやろ? そのために、いまお前がするべきはなにか……よう、考えるこっちゃな」
だるまの差し出したペットボトルを、ヲタは受け取り、飲んだ。温くなっていたが、渇いた体にはこれ以上ないご馳走だった。
「さ。飲んだら行くで」
だるまの差し出した手を、ヲタは握った。
手すりにつかまり、ゆっくりと、ヲタは階段を下った。だるまは急かさず見守ってくれた。
脚の痛みはまだまだ残っているが、休憩したときよりも楽だった。とはいっても、あくまで比較の問題だが。
途中、何人もの参拝客とすれちがい、追い越され、そのたびに二人は奇異な目で見られたが、ヲタにはそんなことを構っている余裕はなかった。以前のヲタなら一人一人にガンを飛ばし、からんでいただろう。
一段降りるたび、または登るたび、下半身のあちこちの関節が笑った。だまるに告げると、普段いかに筋肉を使ってないかっちゅーことや、と言われた。その通りだった。
この特訓が科学的なのかはわからない。だるまにスポーツクラブのインスタラクターみたいな知識があるとは思えず、自分の経験則で言っているに過ぎないのだろう。
それでもヲタは続けた。ここでやらなければ、この先もなにも成しえないと悟ったからだ。
一歩ずつの歩みは小さくとも、終わりに近づく。ヲタの気持ちを支配しているのはそれだけだった。早く終わりたい。早く水を飲みたい。早く寝転がりたい。早く食事をしたい。
とっくに午前は過ぎていたが、二人は昼食も摂らずに階段の昇り降りだけをしていた。チームホルモンのみんなのことが頭に浮かんだ。きっと今ごろ、またホルモンに食らいついているのだろう。
――ホルモン食いてぇ……。
ヲタはぽつりと思った。
九回目の往復が終わると、だるまが鳥居の柱にもたれかかって言った。「まだ一本残っとるけど、このへんで飯にしようや」
「――助かる、ぜ……」
泣き言を口にはしなかったが、体は限界の限界だった。脚はもちろん、体を支えていた腕も痛んできた。アンメルツのプールがあったら浸かりたいくらい、全身の筋肉が疲労している。
だが、ヲタは泣き言はもう言わなかった。
朝、ここに来る前にコンビニで買出しをしておいたおにぎりを食べた。
だるまはおにぎりと手羽先を両手に持ち、交互に引きちぎるようにして食べていた。それは食べるというよりは、貪るという表現のほうが近かった。
「なんちゅう喰い方してんだ、おめぇは」
「肉はワイルドに喰うと、うまいんや」
「そんなわけあるかよ」
「ほんまや。お前もやってみぃ……」だるまが食べかけの手羽先を差し出してきた。
「――新しいのねぇのか」ヲタは顔を顰めた。「大体おめえ、いつも制服の中から出してっけど、汚ねぇと思わねぇのか?」
「ちゃんとポケットにしまってるで。ほら、食べてみ」
「そういう問題じゃねぇんだよ……ったく、仕方ねえな」ヲタは手羽先を受け取り、だるまの真似をして食べてみた。引っ張られた肉がちぎれる感触は、たしかに旨みを増している気がする。
ヲタはだるまをチラッと見た。
「な。うまいやろ」だるまは人懐こそうな笑顔になった。「それは全部食ってええで。オレはまだあるから……」
だるまのセーラー服の胸元から、再び手羽先が現れた。
ヲタは鼻で笑って、「四次元ポケットかっつーの。そういや、体型もちょっと似てるし」
「オレがドラえもんなら、おまえはのび太やな……。あ、そういや、ほんまにのび太っぽいな、おまえ」
「おれのどこがのび太だよ」
「言わずもがなやんか。『ドラえもん』のキャラに当てはめていったら、おまえはのび太以外にないで」
「まあいいや。のび太だって、たまには活躍するからな」
食事を終えた二人は少し休憩すると、特訓を再開した。
ヲタはだるまに、様々なトレーニング方法を教わった。腕立て伏せはたった二回しかできなかった。腹筋は背中が地面についている時間のほうが長かった。ペットボトルをダンベル代わりに使ったときは、すぐに二の腕の裏側が引きつるように痛んだ。スクワットでは太ももが悲鳴を上げた。
だるまは境内の柵を使ったトレーニングも教えてくれた。脚を引っ掛けて屈伸をしたり、腹筋や背筋を鍛える方法を、ヲタは初めて知った。できないトレーニングも多かったが……。
階段地獄で痛めつけられた体では、だるまの要求に応えることは無理だった。先にトレーニングをやるべきだったのではと思いつつ、ヲタはそれでも精一杯やった。弱音は一切吐かず、筋力の限り、がんばった。結果は伴わなかったが、いまの百パーセントを出し切った。
だるまにもそれは伝わったのだろう。ヲタが規定の回数までいかなくても、だるまは叱らなかった。
二時間が経過し、だるまが言った。「よし、今日はこんなもんにしとくで。お疲れさんや」
体のあちこちが痛かったが、ヲタは口にはしなかった。「――ずいぶん、いろんな、トレーニング方法……知って、るんだ、な……」
髪とジャージが汚れるのもどうでもよく、ヲタは境内の石畳の上に寝転がった。やっと終わったという開放感が、茜空に染まった雲をより美しく見せてくれた。
だるまはヲタに寄り添うように寝転がった。頭の後ろで手を組み、ヲタと同じように空を見上げた。「シブヤと戦う前に特訓したとき、バカはバカなりにいろいろ調べたんや。こんなかたちで役に立つとは思えへんかったけどな」
「シブヤに、礼、言わねぇと、な……」
「ホンマや。今のオレとおまえがここにいるのは、ある意味、シブヤのおかげかもしれへんな」
「あと……プリクラにも……」
「せやな。オレにとってのシブヤが、お前にとってのプリクラや」
風が気持ちよく吹き、カラスの声がした。
今まで感じたことのない気持ちに、ヲタは泣き出したくなるような衝動を覚えた。
胸の奥からゆっくりと押し寄せてくる感情の波が喉元までやってきた。プリクラに負けたときに感じたものとは、似ているがちがう感情だった。
二人はしばらく言葉を交わさず、夕闇の迫る空を眺めていた。今日の夕焼けは格別に美しかった。ゆったりと流れる雲と、ときどき視界に現れる鳥と、空の橙色のすべてが愛しく思えた。
たった十七年とはいえ、やさぐれた人生を送ってきたヲタは、たかが夕焼けを美しいと思ったことに驚いた。こんな景色は今まで何度も見た。しかし、こんな気持ちになったのは初めてだった。
チームホルモンのみんなに会いたかった。
そして、夕焼けはこんなにきれいなんだと伝えたかった。
「――さっ……」だるまが立ち上がった。「それじゃあ、今日、最後のメニューや」
「今度はなんだ?」
ヲタも続こうとしたが、体の節々に痛みが走った。すると、だるまが手を差し伸べてきた。ヲタはそれにつかまり、ゆっくりと立ち上がった。
「これから銭湯行って、疲れた筋肉をほぐすんや。そうせんと、明日は今日よりキツいで」
「てことは、また階段か」
「銭湯に行くときも一回にカウントするで。もう九回やったから、今日はそれでノルマ達成や。おめでとな」
銭湯の湯は熱かったが、それでも疲労困憊した体にはほどよく刺激的だった。
頭まで沈むと気持ちよかった。循環器のボゴボゴという音はうるさいものの、リアルな世界からトリップしたような感じがする。水中がそういうものだとは知らなかった。これも特訓の成果のひとつと言えるかもしれない。
限界まで沈んでみよう、と思った。少しでも長く水中にいたかった。
だが、三十秒と持たず、ヲタはお湯から顔を出した。
激しく息を吸い込むヲタに、だるまが言った。「なんや。生きとったんか。死んだと思ったで」
「銭湯なんかで死んでたまるかよ」ヲタは顔にまとわりつくお湯を手で拭った。
「遊んでないで、ちゃんと体を揉んどくんや。特に脚が一番疲れとるやろうから」
ヲタは言われたとおり、ふくらはぎや太ももの内側を揉んだ。
いつもはぷよぷよとした感触だが、今日はガチガチに硬くなったふくらはぎを、ヲタはゆっくりと揉み解した。特に間接のあたりをさわると、痛いが気持ちいい。
銭湯はそれほど混んでおらず、客は二人を含んでも十人に満たなかった。今はヲタとだるま以外、浴槽に入っていない。
だるまは長い髪の毛を後頭部のあたりで盛っていて、不思議と「女の子」らしく見えた。
「それにしても……お前……胸、ないなぁ……」いつのまにかヲタの胸を注視していただるまが、通夜で遺族に挨拶をするような口調で言った。
「――はあ? なんだと、てめえ?」
ヲタは反射的にねむを手で隠した。
ヲタが自分の体でもっともコンプレックスを持っているのが胸だった。小学校を卒業してからも身長は伸び続けたが、胸だけが成長を止めたように発育していない。年齢的にそろそろ第二次成長も終わる時期だろう。ということは、胸のふくらみ度合いはこれで完成ということなのか。
一方、だるまは体格同様、胸も大きい。正直、うらやましかった。
「てめえがちょっと大きいからって人を見下しやがって……」
「そんなことあらへん。ただ、気の毒やなぁっ……てな」だるまはにやにやしていた。
「やっぱりバカにしてんだろ……でもな、もうじき大きくなってくるはずなんだ」
「なんの根拠があって……」
「毎日豆乳飲んでるからな」
「アホか。豆乳で胸が大きくなるわけないやろ」
「グラビアアイドルがテレビで言ってたぜ」
「そんなん、そう思いこんどるだけや。オレ、豆乳嫌いやで」
「そうなのか?」
「豆乳より鶏肉や」
「そういや、おめえ、いつも手羽先食ってんな」
「関係あるかどうかは知らんけどな」だるまは笑った。「ま、そんなこと気にせんでもええ。男がみんな胸の大きい女が好きなわけやあらへん」
「そうなのか?」
「そうやで。そういうのはそういうので需要はあるんや」
「そういうのって……おめえ、やっぱりバカにしてんだろ」
「お前は胸は小さいけど、脚はきれいやないか」
「そうか……?」
自慢に思っている脚を褒められて、ヲタは照れた。
「そうや。人間、なんかしら取り柄があるもんやな」だるまはにやりと笑った。「だから欠点を気にしてもしゃあない。取り柄を伸ばすことを考えたほうがええで。逆立ちしたって、オレらはあつ姐みたいにはなれんのやから」
それはそうだろう、とヲタは思う。
ヲタが特訓をしているのは、今より強い自分になりたいからだ。前田より強くなりたいわけではない。前田は前田。自分は自分だ。それでいい。
ヲタはふくらはぎを揉みながら、そんなことを考えた。
日が落ちた神社の境内は、柵の四隅にある白熱灯に照らされているだけで、異様な雰囲気に包まれていた。注連縄の巻かれた御神木は闇夜でもぞもぞと動いているように見えたし、夜空に聳え立つ拝殿と本殿は昼間よりも大きく見える。
今日、十度目となる階段昇降は、あまり辛くなかった。銭湯でのマッサージが効いたのか、あるいはヲタの気持ちそのものの変化なのかはわからなかったが。
白熱灯と、だるまの懐中電灯の光を頼りに、二人は拝殿に向かった。その裏側の廊下の上に置いたバッグの中から寝袋を取り出し、睡眠の準備をした。
二度目の野宿となるだるまは慣れたもので、てきぱきと寝袋を広げ、一人で中に潜り込んでしまった。
ヲタは寝袋の、入る口がわからず焦った。そうしていると、闇の中でなにかが蠢いている気配がして、ヲタは恐怖を感じた。それから逃れようと、ヲタは急いで寝袋のファスナーを探した。
――絶対なんかいるよ……。
ファスナーの取っ手がなかなか見つからず、ヲタは焦りに焦った。小心者の例に漏れず、そうすればそうするほどファスナーは見つからない。
そんなヲタの焦りを見えていないのか、だるまが寝袋にくるまったまま言った。「今日はもう仕舞いや。ゆっくり休め。んで、明日は日の出とともに起きてランニングからや。ええな」
「あ。ああ……。いいけど……」
「けど、なんや?」
「怖えぇんだよ。ここ……。なんかいるだろ」
「なにを怖がっとるんや。ここは神社やで。いるとしたら神さんだけや。神さんやったら怖くないやろ」
「そういうんじゃなくて……」
「ええから、さっさと袋の中に入れや」
「ファスナーが見つからねぇんだよ」
「落ち着いて探せばええやろ……」
ヲタは一度寝袋をきちんと拝殿の廊下に広げてみた。おどろくほど簡単に、ファスナーは見つかった。中に入ると、独特の温もりが体を包んでくる。少し寒い夜に、寝袋の中の温度と湿度はちょうどよかった。
背中に寝袋の感触が伝わってくるのも安心できた。背中が、がら空きになったままなのはどことなく怖かったから、この密着感はありがたかった。
今日一日のことを回想する。BGMは、どこかから聞こえる虫とカエルのアンサンブルだ。
元ブルーローズの三人。ノンティが語ってくれたマジ女の知られざる歴史。三人に会えたのは運命のようなものなのかもしれないとさえ思う。地獄の責め苦に感じた階段上り下り。肉体改造のためのストレッチやトレーニング。熱い銭湯の湯船。
いろんなことがあった今日一日で、自分は変われただろうか……。
答えはわからない。でも、手ごたえはある。
明日はちがった気持ちで目覚められそうな気がする。
「なあ、だるま……。眠っちまったか……?」
ややあって、小さな声がした。「ん……。なんや?」
「ごめん、起こしちまったか」
「かまへん。それより、なんや?」
「今日は一日、ありがとう」
「かまへんよ」
「おまえがいなかったら、おれ、今頃とっくに家に帰ってると思う」
「オレはお前の心に電池を入れただけや。動くのはお前やで」
「ああ。しっかり入ったぜ、だるま」
「そしたら、今はスイッチ切れや。明日、また入れればええ。おやすみ、や」
「そうだな。おやすみ……」
目を閉じてもすぐには眠れなかったが、こんな夜も悪くないとヲタは思った。
【つづく】