■策謀■
――ちょろいもんだな。
ネズミは吹奏楽部の部室を出て、階段を下りながら思った。
所詮、ヤンキーどもは頭を使うことはまるでダメ。ちょっと調子に乗せればこちらの言いなりだ。 そして、いくらケンカが強いといったって、科学の力には勝てない。
踊り場で振り返り、部室の扉を見る。
「――ま、もうじき楽しいことが起こりますから……待っててくださいよ、サドさん」
小さくそう言い、ネズミは一階まで駆け下りた。愉快で、そうしなければいられない気分だった。
馬路須加女学園を出ると、ネズミは最寄の駅へ向かった。
下校時刻のため、駅は馬路須加女学園の生徒たちで混雑していた。ネズミは混雑を避けて先頭車両に乗ると、次の駅で降りた。
振り返り、だれもついて来ていないことを確認してから、改札内にあるコインロッカーからバッグを取り出し、トイレに入る。
パーカー、制服、黒タイツを脱ぐ。そしてバッグの中から取り出した、白いブラウスと紺のプリーツスカート、グレーのベストを着た。足元は黒のハイソックス。ローファーはそのままにした。さすがにそこまで気を配る者はいないだろう。
次にネズミは、手鏡を見ながらゴムで髪の毛をツインテールにまとめた。何度もした作業で、目をつむっていてもできるくらい手馴れていた。
最後の仕上げにメガネをかける。『黒執事』のクロードと同じ下縁メガネだ。
トイレを出て洗面台の鏡を見ると、そこにはもう「ネズミ」はいなかった。ヤンキーなどいない、普通の高校に通う清純そうな女子高生がいた。
再び電車に乗り、車窓の景色を眺めながら、ネズミは考える。
今のところ、今度の計画はそこそこ順調にいっている。以前、ネズミが考えた計画――矢場久根とマジ女を戦わせる――は、失敗に終わった。
大島優子が病床に臥せっていたのに、その代わりとして前田の存在があったことも大きいが、そもそも矢場久根を見込みすぎた。矢場久根はネズミの想像以上に弱かった。
ネズミの計画の目的は、馬路須加女学園の頂点に、暴力以外の方法で立つことだ。物事の解決手段イコール暴力という単細胞なヤンキーどもをひれ伏させたかった。
ネズミは中学生のころにCS放送で見た、黒澤明の『用心棒』という映画を参考にした。ひとつの町で敵対する二つの組織を、主人公が策略を巡らせて戦わせるというストーリーだ。ネズミはこのモノクロ映画にハマった。基本のプロットも面白かったが、三船敏郎と仲代達矢の関係に大いにも惹かれるものがあり、数々の妄想のネタにした。
ネズミは小学生のころからイジメを受け続けてきた。アニメと特撮が好きなだけでオタクだとバカにされ、暴力を含むイジメの標的になった。ただ好きなものを好きだと言っているだけなのに、なぜ自分がこんな理不尽な暴力に晒されなければいけないのか、ネズミは自分の生きる世界が嫌いになり、ますます二次元の世界にのめりこんだ。
ネズミは暴力を嫌悪している。その暴力を日常的に使うヤンキーどもも嫌いだ。あいつらは脳が空っぽだからすぐに暴力で解決しようとする。暴力にあふれたマンガや映画しか楽しもうとしない。そしてそれらでは、ヤンキーどもは「本当はいい人」として描かれる。仲間や惚れた女のためなら命を惜しまなかったりするからだ。くだらない。本当に優しい人間なら、そもそも人に暴力をふるわない。優しさとは、自分と無縁な人間に対しても発揮されるものではないのか。ヤンキーが更正する話もバカらしい。更正したところで、今までそいつがやってきたことはチャラにはならない。勝手に人をイジメて、勝手に暴力をふるって、勝手に更正する。やつらにとってイジメは「ヤンチャしていた青春時代の一ページ」として、いい思い出にすらなるのだろう。被害にあった者は、ずっと忘れない。ずっと、だ。
そんなバカげたものを読んだり見たりして感動する連中は、バカとしか言いようがない。
――ヤンキーなんて、みんな死ねばいいのに。
毎日、本気でそう思っている。
あんなやつらが世の中からいなくなってもだれも困りはしない。少なくとも学校は平和になる。ビクビクしながらマンガを読んだりイラストを描いたりせずにすむ。
中学三年になって進路を考えたとき、ネズミはヤンキーの巣窟と言われている馬路須加女学園への進学をあえて選んだ。周りは反対したが、ネズミは頑として自分の思いを貫いた。
ヤンキーたちに勝つためだ。
いじめられ続け、そしてじっとそれに耐えてきたネズミは、このまま大人になりたくなかった。普通の高校に行ったところで、いじめられない保証はない。だったら、より厳しい場所に自ら飛び込み、逆にやつらを牛耳ってやる。それも、暴力を使わずに。だとしたら、それは普通の高校ではなく、圧倒的に暴力的な人間が集まっている場所でなければ面白くない。
それができれば、自分は変われる。自分に自信を持ち、これから先の人生で胸を張って生きられる。
人は、なにかを成し遂げて成長していくものだ。
ネズミは電車を乗り換えた。念のため、そのときも周囲には気を配った。ネズミをつけている者はいなかった。
目的地――亜理絵根女子高等学校までは、もうすぐだった。
【つづく】