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■純情堕天使―1■
マユミ――内田眞由美は純情堕天使のメンバー九名とともに、亜理絵根女子高等学校の「アジト」へ向かっていた。
学校の最寄り駅近くに、亜理絵根十傑集がたむろするアジトがあるというのがネズミの情報だった。そしてネズミはこの日、亜理絵根女子側にあえてマジ女の襲撃情報を流している。これはサドの指示だった。十名のメンバーから成る純情堕天使を、亜理絵根がどれだけの人数、どのような顔ぶれ、どんな戦い方で迎え撃つのかによって、いずれ来るであろう亜理絵根女子高等学校との全面対決の参考にするのが、サドの目的だった。
マユミはこれこそ絶好の機会だと考えた。この亜理絵根との戦いの中で功績をあげ、ラッパッパに自分の存在を認識させるのだ。
今でこそ、マユミは純情堕天使のメンバーに甘んじている。しかし、これは自分本来の居場所ではない。自分には、もっと高いところが似合うはず……マユミはずっとそう思っていた。
――私だってテッペンに立ちたいんだ。逆転したいんだ。
純情堕天使はプリクラこと菊地あやかのチームであって、プリクラ以外のメンバーは構成員でしかない。はっきり言って、いまの自分は「ザコキャラ」だ。ナツミ、サキコ、トモミ、ハルカとともに並列で表記されるだけの扱いでしかない。ザコキャラは自分だけではない。ナツミには松原夏海、サキコには松井咲子、トモミには中塚智実、ハルカには石田晴香という名前があり、みんな生きている。しかし、この実力だけがものをいう学園において、チーム内にいるだけではいつまで経ってもザコキャラのままだ。
だれかが言っていた。雑草という名の草はない――と。
私は雑草じゃないんだ。マユミは強く思っている。
根拠もあった。マユミの格闘スタイルは、小学生のころから習っている極真空手だった。今はまだ緑帯の三級だが、これからの研鑽次第ではマジ女一の空手使いになれるだろう。気持ちでも、だれにも負けない自信があった。
残念ながら、現時点では実力が伴っていないことは認めざるを得ない。アンダーガールズ程度なら勝てる自信はあるが、サドとタイマンを張っても勝てる見込みはゼロに近いだろう。でも、いずれはサドを破った前田敦子を倒し、そして今だラッパッパに君臨する大島優子からテッペンの座を奪うのだ。
自分ならできる。
そもそも、喧嘩しか能のない連中が集まった学校に入ったというのに、テッペンを狙わなくてどうするのだ。最強軍団ラッパッパに入りたい、ではダメだろう。それではラッパッパに入ることすらできない。テッペンを獲りたいと思うからこそ、ラッパッパにも入れる。目標は常に一段も二段も高く持たなくては達成できない。
功績は対外的なものほど認められやすい。前回の対矢場久根戦では出番がなかったマユミだが、今回の対亜理絵根戦では、こうして戦いの前線に出られることになった。このチャンスは絶対にモノにしなくてはならない。
「アジト」は駅から五分ほど歩いた、雑居ビルの地下にあった。商店街の裏手に位置するその通りには人通りも多く、純情堕天使のメンバーたちは街の風景からやや浮いていた。
地下へと伸びる階段の横には、「テナント募集中」という貼紙があった。これもネズミの情報通りだった。
「さてと……」プリクラは階段を見下ろした。「入る前に確認しておきましょう。私たちは、相手の人数も顔ぶれもわからないまま突入しようとしている。こちらの手勢は十人。入り口は狭いから、一人ずつしか入れないでしょう……」
と、そのとき、元チームホルモンのバンジーが右手を上げた。「先鋒は、あたしらに行かせてくれ」
バンジーの後ろでは、アキチャ、ウナギ、ムクチがうんうんと頷いている。
プリクラは考えているような表情になった。
――出しゃばりやがって……。
マユミはいい気分がしなかった。先鋒はケンカの花……言わばおいしい役回りだ。純情堕天使に吸収されたチームのくせに、それをやりたいなんて。
「おいしいところを奪っちまうみたいで心苦しいけど、今回は不安な要素が大きい。こんな言い方はしたくないが、痛い目に合う危険はあたしらが受け持つ。あたしらを受け入れてくれたあんたたちに礼がしたいんだ」
「なるほど。たしかにそうかもしれませんね」プリクラは言った。「他にいなければ、バンジーさんたちにやってもらいましょう」
マユミは手を上げるべきかどうか迷った。だが、たしかに今回は扉の向こうにどれだけの相手がいるかわからない。最初の一撃でやられてしまっては、テッペンが遠ざかってしまう。いまは安全にいくべきだろう。
マユミは黙っていた。
「決まりですね。では、バンジーさんたちに行ってもらいましょうか」
プリクラの言葉を聞き終らないうちに、バンジーたちは階段を降りていった。
マユミはなにも言わず、そのあとに続いた。純情堕天使の中では、いつもマユミが先陣を切ることになっている。前に四つの「壁」があることを意識すると、自然と拳に力がこもった。このドキドキする感じが、マユミはたまらなく好きだった。
階段を降りきった踊り場の向こうの扉を、バンジーが手前に開いた。室内の明かりが漏れ、暗い踊り場を照らした。背の低いマユミは、踊り場に降りず、階段で立ち止まり、少し上からその様子を見ていた。
「ちょっと邪魔するぜ……」バンジーが室内に入っていくと、アキチャ、ウナギ、ムクチも中へと消えた。
マユミはやや駆け足になり、自分も四人の跡を追った。
その地下の部屋の広さは二十畳ほどだった。元々は時代遅れの喫茶店だったらしい。壁には洋風の絵画が飾られ、支柱には壁紙と同じモチーフのモダンな彫刻が刻まれていた。
扉の正面の壁際には、テーブルや椅子が乱雑にうずたかく積まれ、ここが廃屋化していることを示していた。そして、そこに少女が二人いた。
一人はテーブルの上に、一人は腕を組んで壁にもたれかかっている。どちらも亜理絵根女子高等学校の制服を着ていた。
座っている少女は曲げた右ひざに肘を乗せ、左手で茶色い壷を抱えている。左目の下の黒子と、セミロングのストレートな黒髪は、彼女のやや暗い表情と相まって、実際よりも高い年齢を想像させた。まるで主婦がいたずらで娘の制服を着ているような感じさえする。
こちらに気づいた彼女だが、まるで動じない様子で壷の中に手を入れると、中から梅干を取り出し、口に入れた。瞳は確かにこちらに向けられているものの、ピントがどこにも合っていないような目つきだった。
梅干を含んだ口が、くちゃくちゃと音を立てた。
壁にもたれた少女は、その様子をにやにやとした目つきで眺めていた。やがて挑発的な視線をマユミたちに向けると、鼻で軽く笑った。
派手な「お出迎え」を想像していたマユミは拍子抜けしたが、それはバンジーたちも同様のようだった。二人の少女の薄気味悪さも相まって、室内には重苦しい空気が漂った。
だが、バンジーはそれを打ち破るように、大きな声を出した。「おやぁ……お仲間は買いだしでも行ってるのかな、亜理絵根のお嬢さん?」
黒子の少女は答える代わりに、ペッと梅干の種を床に吐いた。そして、間髪入れずにまた壷から梅干を取り出した。
「おまえら二人だけか……?」ウナギが訊ねた。
「他のやつらはビビって逃げたんじゃね?」
ナツミが顎を突き出して茶化すと、サキコとトモミとハルカが笑った。
「とにかく、やっちまえよ、バンジー」アキチャが促した。
「――だな……」バンジーは指を鳴らした。
そのとき、黒子の少女が口を開いた。「――てめぇらは、うるさい……」
マユミはその声に、少し戦慄を感じた。「てめぇら」ではなく、「てめぇらは」という言葉のセンスが気持ち悪かった。『アイアムアヒーロー』というマンガで、ゾンビ化しつつある人間が話す言葉を連想した。
――壊れてる?
マユミは本能で危険を感じ、一歩後退した。
「――やっちゃったらいいですか、まいぷるさん?」黒子の少女は梅干の入っている壷をテーブルの上に置き、お尻を下ろし、立ち上がった。
「いいよ、うめ子」まいぷるは腕を組んだまま頷いた。
【つづく】
マユミ――内田眞由美は純情堕天使のメンバー九名とともに、亜理絵根女子高等学校の「アジト」へ向かっていた。
学校の最寄り駅近くに、亜理絵根十傑集がたむろするアジトがあるというのがネズミの情報だった。そしてネズミはこの日、亜理絵根女子側にあえてマジ女の襲撃情報を流している。これはサドの指示だった。十名のメンバーから成る純情堕天使を、亜理絵根がどれだけの人数、どのような顔ぶれ、どんな戦い方で迎え撃つのかによって、いずれ来るであろう亜理絵根女子高等学校との全面対決の参考にするのが、サドの目的だった。
マユミはこれこそ絶好の機会だと考えた。この亜理絵根との戦いの中で功績をあげ、ラッパッパに自分の存在を認識させるのだ。
今でこそ、マユミは純情堕天使のメンバーに甘んじている。しかし、これは自分本来の居場所ではない。自分には、もっと高いところが似合うはず……マユミはずっとそう思っていた。
――私だってテッペンに立ちたいんだ。逆転したいんだ。
純情堕天使はプリクラこと菊地あやかのチームであって、プリクラ以外のメンバーは構成員でしかない。はっきり言って、いまの自分は「ザコキャラ」だ。ナツミ、サキコ、トモミ、ハルカとともに並列で表記されるだけの扱いでしかない。ザコキャラは自分だけではない。ナツミには松原夏海、サキコには松井咲子、トモミには中塚智実、ハルカには石田晴香という名前があり、みんな生きている。しかし、この実力だけがものをいう学園において、チーム内にいるだけではいつまで経ってもザコキャラのままだ。
だれかが言っていた。雑草という名の草はない――と。
私は雑草じゃないんだ。マユミは強く思っている。
根拠もあった。マユミの格闘スタイルは、小学生のころから習っている極真空手だった。今はまだ緑帯の三級だが、これからの研鑽次第ではマジ女一の空手使いになれるだろう。気持ちでも、だれにも負けない自信があった。
残念ながら、現時点では実力が伴っていないことは認めざるを得ない。アンダーガールズ程度なら勝てる自信はあるが、サドとタイマンを張っても勝てる見込みはゼロに近いだろう。でも、いずれはサドを破った前田敦子を倒し、そして今だラッパッパに君臨する大島優子からテッペンの座を奪うのだ。
自分ならできる。
そもそも、喧嘩しか能のない連中が集まった学校に入ったというのに、テッペンを狙わなくてどうするのだ。最強軍団ラッパッパに入りたい、ではダメだろう。それではラッパッパに入ることすらできない。テッペンを獲りたいと思うからこそ、ラッパッパにも入れる。目標は常に一段も二段も高く持たなくては達成できない。
功績は対外的なものほど認められやすい。前回の対矢場久根戦では出番がなかったマユミだが、今回の対亜理絵根戦では、こうして戦いの前線に出られることになった。このチャンスは絶対にモノにしなくてはならない。
「アジト」は駅から五分ほど歩いた、雑居ビルの地下にあった。商店街の裏手に位置するその通りには人通りも多く、純情堕天使のメンバーたちは街の風景からやや浮いていた。
地下へと伸びる階段の横には、「テナント募集中」という貼紙があった。これもネズミの情報通りだった。
「さてと……」プリクラは階段を見下ろした。「入る前に確認しておきましょう。私たちは、相手の人数も顔ぶれもわからないまま突入しようとしている。こちらの手勢は十人。入り口は狭いから、一人ずつしか入れないでしょう……」
と、そのとき、元チームホルモンのバンジーが右手を上げた。「先鋒は、あたしらに行かせてくれ」
バンジーの後ろでは、アキチャ、ウナギ、ムクチがうんうんと頷いている。
プリクラは考えているような表情になった。
――出しゃばりやがって……。
マユミはいい気分がしなかった。先鋒はケンカの花……言わばおいしい役回りだ。純情堕天使に吸収されたチームのくせに、それをやりたいなんて。
「おいしいところを奪っちまうみたいで心苦しいけど、今回は不安な要素が大きい。こんな言い方はしたくないが、痛い目に合う危険はあたしらが受け持つ。あたしらを受け入れてくれたあんたたちに礼がしたいんだ」
「なるほど。たしかにそうかもしれませんね」プリクラは言った。「他にいなければ、バンジーさんたちにやってもらいましょう」
マユミは手を上げるべきかどうか迷った。だが、たしかに今回は扉の向こうにどれだけの相手がいるかわからない。最初の一撃でやられてしまっては、テッペンが遠ざかってしまう。いまは安全にいくべきだろう。
マユミは黙っていた。
「決まりですね。では、バンジーさんたちに行ってもらいましょうか」
プリクラの言葉を聞き終らないうちに、バンジーたちは階段を降りていった。
マユミはなにも言わず、そのあとに続いた。純情堕天使の中では、いつもマユミが先陣を切ることになっている。前に四つの「壁」があることを意識すると、自然と拳に力がこもった。このドキドキする感じが、マユミはたまらなく好きだった。
階段を降りきった踊り場の向こうの扉を、バンジーが手前に開いた。室内の明かりが漏れ、暗い踊り場を照らした。背の低いマユミは、踊り場に降りず、階段で立ち止まり、少し上からその様子を見ていた。
「ちょっと邪魔するぜ……」バンジーが室内に入っていくと、アキチャ、ウナギ、ムクチも中へと消えた。
マユミはやや駆け足になり、自分も四人の跡を追った。
その地下の部屋の広さは二十畳ほどだった。元々は時代遅れの喫茶店だったらしい。壁には洋風の絵画が飾られ、支柱には壁紙と同じモチーフのモダンな彫刻が刻まれていた。
扉の正面の壁際には、テーブルや椅子が乱雑にうずたかく積まれ、ここが廃屋化していることを示していた。そして、そこに少女が二人いた。
一人はテーブルの上に、一人は腕を組んで壁にもたれかかっている。どちらも亜理絵根女子高等学校の制服を着ていた。
座っている少女は曲げた右ひざに肘を乗せ、左手で茶色い壷を抱えている。左目の下の黒子と、セミロングのストレートな黒髪は、彼女のやや暗い表情と相まって、実際よりも高い年齢を想像させた。まるで主婦がいたずらで娘の制服を着ているような感じさえする。
こちらに気づいた彼女だが、まるで動じない様子で壷の中に手を入れると、中から梅干を取り出し、口に入れた。瞳は確かにこちらに向けられているものの、ピントがどこにも合っていないような目つきだった。
梅干を含んだ口が、くちゃくちゃと音を立てた。
壁にもたれた少女は、その様子をにやにやとした目つきで眺めていた。やがて挑発的な視線をマユミたちに向けると、鼻で軽く笑った。
派手な「お出迎え」を想像していたマユミは拍子抜けしたが、それはバンジーたちも同様のようだった。二人の少女の薄気味悪さも相まって、室内には重苦しい空気が漂った。
だが、バンジーはそれを打ち破るように、大きな声を出した。「おやぁ……お仲間は買いだしでも行ってるのかな、亜理絵根のお嬢さん?」
黒子の少女は答える代わりに、ペッと梅干の種を床に吐いた。そして、間髪入れずにまた壷から梅干を取り出した。
「おまえら二人だけか……?」ウナギが訊ねた。
「他のやつらはビビって逃げたんじゃね?」
ナツミが顎を突き出して茶化すと、サキコとトモミとハルカが笑った。
「とにかく、やっちまえよ、バンジー」アキチャが促した。
「――だな……」バンジーは指を鳴らした。
そのとき、黒子の少女が口を開いた。「――てめぇらは、うるさい……」
マユミはその声に、少し戦慄を感じた。「てめぇら」ではなく、「てめぇらは」という言葉のセンスが気持ち悪かった。『アイアムアヒーロー』というマンガで、ゾンビ化しつつある人間が話す言葉を連想した。
――壊れてる?
マユミは本能で危険を感じ、一歩後退した。
「――やっちゃったらいいですか、まいぷるさん?」黒子の少女は梅干の入っている壷をテーブルの上に置き、お尻を下ろし、立ち上がった。
「いいよ、うめ子」まいぷるは腕を組んだまま頷いた。
【つづく】