■作戦―2■
「あるんだろ? 埋蔵金とやら……」
サドはまじろがず、峯岸をじっと見た。カツアゲをするときの、射るような視線だった。
毎年、学校から生徒会に渡される予算は、その年にすべて使い切ることになっている。そして帳簿の上では一円の狂いもなく学校側に報告されていた。しかし現実には毎年、剰余金が発生する。生徒会はそれを埋蔵金と呼び、何年にも渡って貯め続けている――。
馬路須加女学園の生徒なら、だれもが知っている噂だった。
「そ、そんなもの、あるわけないでしょうッ」平松が破裂したように立ち上がった。「あったとしても、あなたたちのために使う理由なんてないわッ」
「そうです。それ、どこで聞いた話ですか?」佐藤も大声で否定した。
この平松と佐藤のあわてぶりこそ、この噂が噂でない証拠だった。
「昨夜、私はアリジョの生徒会長のフォンチーに会って、直接聞いたんだ。まちがいはない」
峯岸は口を真一文字に結び、じっとサドを見据えている。サドの言葉の信憑性について考えているようにも見える。
「ヤンキーたちの言うことなんて信用できるもんですか」平松は頬を赤らめていた。「会長、わたしは反対です。これまで生徒会はどの勢力とも一定の距離を保ってきました。だからこそ、生徒会は存続してこられたんです」
「わかってねえな、そこのアニメ声」サドは威圧するように、大声を出した。
「――なっ……」
「殴りこみに来るのはアリジョの生徒会だ。ただのヤンキーじゃねえ。もし、マジジョが負けたら、この生徒会はアリジョが支配することになる。峯岸だけは傀儡として残されるかもしれねえが、おまえみたいにぎゃあぎゃあ騒ぐしか能のないやつは真っ先に粛清される。そうなってから後悔しても遅せえんだ」
「他校がうちの自治を支配するなんてできるわけないわ」今度は佐藤すみれが叫んだ。
「私はそうなった学校をいくつも知っている。毎年莫大なミカジメ料を取られ、生徒会は骨抜きになり、セロテープひとつ買うのにも許可がいる。仮にそうならなかったとしても、アリジョに負ければ、その事実はあっというまに他校に伝わる。マジジョは舐められ、せっかく潰した矢場久根もまた息を吹き返すだろう。半年前の状況に逆戻りだ。いや、もっと悪い。なぜなら私を含め、ラッパッパ四天王は全員卒業するからだ。いままで私たちは力による学園の統治をしてきた。その力がなくなるんだ。学園の外では他校との抗争が、学園の中ではあらたな権力争いが起きる。そうなったとき、生徒会がどうにかできるか?」
サドの演説に、生徒会の三人は口を挟まなかった。
だが、言いながら、サドは良心の呵責を感じていた。
この戦いはマジジョを守るためではない。
優子のためだ。
サドは、自分が愛するたった一人の女のために、この学園の生徒全員を巻き込もうとしている。
――すべては優子さんのため……。
そのためには、のちにどれだけ罵声を浴びようが、非難されようがかまわない。それでもサドは、やりとげなければならなかった。
「どうしても私の話に納得しないのなら、私の背後にいる三人がおまえたちを事が終わるまで拉致する」
「生徒会を脅す気?」腕組みをしたまま、峯岸が目を細めた。「生徒会を脅した人たちがどうなったか、サドさんなら知らないはずはないでしょう?」
「どうなるかは、この闘いが終わっていまのままのかたちで生徒会が残っていたら、の話だ。私が命令すれば、この三人はいますぐにでも仕事にとりかかり、十秒もあればおまえたちはこの部屋の床に転がる。そして一分後には縄で縛られ、身動きできなくなる」
トリゴヤが持っていた、太さ六センチ、長さ七メートルの縄を三本、テーブルの上に置いた。いつもは自分が縛られている縄だ。サドはそれを見て、トリゴヤの豊満で白い肌に食い込む縄を思い出した。トリゴヤは強く縛られるほど芳醇な蜜を溢れさせる、典型的なM体質の女である。サドは滴る蜜を舌ですくい、それをトリゴヤに飲ませるのが好きだった。トリゴヤのぷっくりとした淫猥な唇にキスをして、舌を挿入する。するとトリゴヤの舌がサドの舌に絡みつき、サドとともにその蜜を味わう。屈辱的な行為であるからか、トリゴヤはそうされると、より興奮するらしく、こんなに溢れさせたら干からびてしまうのではないかと思うくらい、ベッドのシーツを濡らしてしまう。
「実際、こいつらはそうしたいんだ。ごちゃごちゃ言い争うのが嫌いな連中でね。物事の解決には力ずくが一番有効だと信じている」サドは、ためらいなく暴力を振るえる者だけが持つ、特有の笑みを浮かべた。「――いいか、よく考えるんだ。どうするのが学園にとって一番いいことか。これは戦争なんだ。学園の存亡がかかっている。そんなときに小さな道理などにかまっていられない。負ければ、それで終わりだ」
生徒会が動かなければ、本当に三人を拉致するつもりだった。そして暴力と快楽によって尋問し、埋蔵金のありかを聞き出す――まさか自分が学園内でクーデターを起こすかもしれないことになるとは思いもしなかったが、ここまできたらどこまでも突き進むしかない。
「会長、これは明らかな脅しです」と佐藤。
「そうです、会長。毅然たる態度をとるべきです」と平松。
二人はそろって、サドをにらみつけた。
峯岸は熟考しているらしく、佐藤と平松とはちがう意味のこもった目線で、サドをみつめた。
しばらくのときが過ぎた。その時間もまた、ひとつの闘いだった。
「ふたつ条件があるわ……」やがて、峯岸が口を開いた。「当日の作戦運用ならびに指揮は生徒会の最高責任者である私に執らせること。もうひとつは、今後五年間、ラッパッパは生徒会を実力行為レベルで守ること」
「会長……っ」副会長と書記長が同時に立ち上がった。
「サドさんの言うことが本当なら、生徒会も協力すべき」
「でも……」
「聞いて。これは生徒会にとってもいい話なの。私たち生徒会の武器は、財源と情報。それに、ラッパッパの武力が加われば怖いものはないでしょ」
「ヤンキーなんて信用できません」平松が横目でサドたちを舐めるように見た。ラッパッパを目の前にして、こんな態度がとれるとは、この女もなかなかいい度胸をしている。
「そうです」佐藤が同意する。
「そうね。たしかにヤンキーは信用できないかも……。でも、サドさんは信用できる。この人は一時しのぎの嘘を言う人じゃない。そうでなければ、あの大島優子がラッパッパを任せるわけがないわ。そうでしょ、サドさん?」
サドはハッとした。自分が峯岸にハメられつつあると気づいた。
ここまで持ち上げられては、峯岸の出した条件を呑まざるをえない。食えない女だ――サドは苦々しく思う。とはいえ、峯岸のサドに対する信頼の何パーセントかは、あの夜の経験からきているのだろう。打算からそうしたわけではないが、峯岸と肌を重ねておいてよかった。峯岸の高速ベロによる快感は、いまでも体が覚えている。この戦いが終わったら、また峯岸を抱きたい。
サドは、そんな思いをこめた、潤んだ瞳で峯岸を見た。「――わかった。条件を呑もう」
佐藤すみれと平松可奈子がため息をついた。佐藤は腕を組んで椅子の背もたれに深く沈み、平松は机の上に突っ伏した。
「ふたりともがっかりしないで。そういうマイナス思考、イくないと思う。もう決まったんだから、もうそれに向かって走るしかないでしょ」峯岸は二人の背中を軽く叩いた。
そう。時計の針は進んだのだ。
後戻りはできない――生徒会もラッパッパも。そして、この学園の生徒すべても。
「サドさん、作戦を聞かせて」
「この学園に篭城する」サドは答えた。
【つづく】