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【ネタバレ】『スカイ・クロラ』を見た。

 25, 2008 06:49
 ひさしぶりに試写会に行ってきました。チケットくれた弟に大感謝。
 押井守作品を劇場で見るのって、多分、『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』と『甲殻機動隊』くらいだと思う。そのくらい、ぼくは押井ファンというわけではない。けど、『パトレイバー2』は好きで、そのあと『人狼』とかもCSでやったときに見てる。昔は衒学趣味がやたらに目立って嫌いだったんだけど、大人になっていくとそれの意味もなんとなくわかるような気がして、だんだんと抵抗はなくなっていった。ぼくにとっては、そんな感じの監督だ。
 で、『スカイ・クロラ』。
 なんといっても独特の世界観を構築しているのはいつもながらで、ただ、言ってればこれ、『パトレイバー』や『甲殻機動隊』と同じ匂いでしかない。「草薙」とか「ジンロウ」や「犬」(犬は全作品に共通してるか)といったワードが、まったく異なる世界で使われているので、押井はおそらく意図的にそうしたのだろう。
 押井といったら、世界を作ること以上に重要なのが兵器の存在。冷たい鉄の塊感は、いつものように半端なく伝わってくる。兵器に愛情があるからこそ、押井の描く兵器は冷たい。それでも『スカイ・クロラ』では、主役の飛行機は痛々しく壊れていくし、それがまたかっこいい。押井はこういうシーンが描きたくて、そのために世界を生み出している、と思う。
 だから、押井は人間を描くのはあまりうまくない。人間にもまた兵器的に、己の役割を淡々と演じさせている。個性はあるものの、温かみとかユーモアはほとんどない。それらの役目はあるキャラクターに集約されていて、あとはみんな静かで冷静だ。こういう人たちが住む世界はぼくには耐えられそうもない(笑)。それは押井作品の主要キャラクターが、ほとんどすべて軍や警察といった、暴力を生業とした職業の人間であることとも関係あるだろう。合法的に人を傷つけたり殺したりできる人間を、押井はああいうふうにしか描きたくないのではないか。だからメカニックマンは、兵器というよりは単なる機械を整備する者として描かれるため、多少は「人間」っぽい。
 また、押井作品に登場する女はどれもこれも同じで、この点は宮崎駿と同じだ。二人とも童貞気質が高すぎなので女のことをなにも知らないのだ(笑)。おれも知らないけどね。
 それから、ぼくの読解力のなさだろうが、菊池凛子の娘というキャラクターはなぜ出てきたのか不明。あいつだけやたらアニメっぽくて浮いてるし、ストーリーになんの影響もしていないと思う。どなたか、あの子がストーリー上にどうしても必要な理由を教えてください。

 物語そのものは、特に波乱に満ちた展開があるわけではなく、いつものように淡々と進む。押井の関心はそんなところにないので、これは仕方ない。けど、ちゃんとした「オチ」がついているのは押井らしくはない、と言える。よくあるパターンなので想像はつくけど。
 この「オチ」に関して言うと、上映前に「クレジットタイトル終了後にも場面があります」というようなアナウンスが流れたため、だいたい予想がついてしまう。言ってみれば、ある種のネタバレだ。クレジットタイトルも見ないで帰る客はほっとけばいいのに。
 キルドレは死なない、というのは寿命がないという意味と、死んでもまた複製が作られるという二重の意味合いがあるのだろうけど、後者の場合はかなり怖い。死の記憶は取り除かれるらしいが、そこまでの記憶は残っているみたいだから、それに気づいたときの恐怖といったら……。ぼくだったら、この点を強調してキルドレの悲しさと哀れさを表現したいところだけど、押井だからそこにはあまり踏み込まず(笑)。
 戦闘シーンは、正直思っていた以上のものではなかった。これは押井の演出が悪かったのではなく、あまりにもCGがよくてできていたため、もはや実写の域まで行ってしまっていたからだ。よく出来てるなあ、とは思いつつも、それがCGであることが頭から離れない。ファースト『マクロス』的な、もろにアニメーターが描いたとわかるものではないから、「CGならなんでもできる感」が強すぎて、もう驚かなくなっている。これは今後のアニメの課題になりそう。絵よりも、イマジネーションが勝って入ればいいのだが、そこはちょっと負けていたように思う。薬莢排出とか翼に穴が開く感じとかすごく好きなので、なおさらもったいない気がする。技術の向上がいいものを生み出すとは限らない好例だと思う。

 それにしても、菊地凛子のアフレコのド下手っぷりと言ったらないなぁ……。加瀬はうまくはないけどがんばってる感があったけど、菊地はあきらめ感が全面に出すぎている。「私、もうわからないからこれでいいや」的な。愛しき栗山千明タンはよかった。さすがはヲタだ(笑)。これからアニメの仕事も増やしてほしい。
 最近流行りの、吹き替え版に普通の役者を使うというのが悪いことではないと思うが、いいことではない、とぼくは思う。うまい人もいるから、即拒否というのはどうかと思うけど、ケースバイケースでもっとうまい人を使って欲しい(たとえば『アカギ』の風間杜夫はすごくうまかった)。

 あと、これは作品とは関係ない広告の仕方の問題を提起したい。
 入場の際に小冊子を渡された。ぼくはこれから見る映画のパンフレットを見ている人間はアホだと思うので、これも同様に見なかったのだが、家に帰ってから見てみてびっくり。ほとんどストーリーが書いてあるじゃん、これ!!! もし上映前に読んでいたら、映画を楽しむんじゃなくて、単なる確認作業になってしまうところだった。これ作った奴、バカだろう。
 あんまりストーリー展開とか、そういうことを気にしない人が増えているのか、それとも小冊子で補足しないとわかりにくいと感じたのか……。いずれにしても、観客をバカにしてる。
 けれども、上映中に何度も携帯を開いているバカや、タイトルクレジットが流れると待っていたかのように携帯の電源を入れるバカが何人もいるような状況だから、このくらいのストーリーでも文字で説明しないと理解できないのかも(笑)。そんなに携帯が大事なら映画なんか見なくていいよ。

 というわけで感想でした。

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