■追撃-1の1■
フリスクを口の中に三粒放り込んでから、学ランは校門を出た。
天気のいい爽やかな一日だった。こんな日は、「一人パトロール」にも一段と気合が入る。
馬路須加学園はヤンキー女の巣窟であるがゆえに、他校とのいざこざが絶えない。特に矢場久根女子高校の連中は頻繁に馬路須加学園の生徒に「ちょっかい」を出す。理由なきケンカやカツアゲは今でも日常茶飯事だ。しかも連中は男の「兵隊」とつるんでいるのだから、女の風上にも置けない奴らだ。
しかも、最近では矢場久根だけではなく、亜利絵根女子高等学校の連中も跋扈しているという。
――放っておけない。
学ランの心には、その一心しかなかった。
二年に進級してから学ランは、一人で学校周辺の危険な場所を放課後に巡回し、揉め事を解決してきた。理由はただひとつ。「女」を守るのが「男」の義務だからだ。
ケンカなら自信がある。転校生の前田敦子にはちょっとした油断から負けたが、あれ以来矢場久根の連中を相手に経験を積んだ。再戦の機会があれば互角に闘えるはずだ。
――ま、そんな気はないけどな……。
学ランは前田のことを考え、ひとり、顔を赤らめた。
熱しやすく冷めやすい性格だということは自分でもわかっている。鬼塚だるまに惚れた直後に、拳を交わした前田に鞍替えしてしまったことを、学ランは自ら諌めた。気の多い「男」だ、と。
けれども惚れてしまったものは仕方ない。
――そもそも「男」ってのは、そんなものだろう。
前田を抱きたい、とさえ思う。惚れたのだから当然のことだ。前田を守るためなら、四天王全員を相手にしてもいい。たとえ力尽きたとしても、惚れた女に殉ずるのが「男」なのだから後悔はしない。
しかし前田の視界の範囲で闘うのは嫌だった。だるまのように前田に張り付き守る、というのは「男」としては美しくない。女の知らないところで密かに想う……それこそ、「男」の恋だろう。
自分より強い女に惚れる、というのは学ランの考える「男」とは矛盾しているような気もする。
だが、よくよく考えればそうではない。自分が守るべき女は、いわば牙を持たぬ者。学ランがいなければ傷ついてしまうだろう。その者に対する感情は、あくまでも憐憫でしかない。強者の目線で見下しているわけではないが、ケンカの世界では強さ以外に意味はない。弱者は衰退するのみだ。つまり、牙を持たぬ者が強者に駆逐されるのは、厳然とした事実である。それに対して、力を持つ自分が接するとなれば、どうしてもそういう感情にならざるをえない。もちろん学ランはそのことを声高に主張などしない。その気持ちは人に誇れるものではないし、助けた相手もそれを知ればいい気はしないだろう。けれども、世の中はそうなっているのだ。
一方、自分が惚れる女は牙を持っている。学ランがいなくても自分で生きていけるだろう。その人間としての強さに、学ランは惚れてしまう。遡れば、入学当初は先輩の大島優子やサドにも憧れた。
――けれども今は、前田敦子命……だ。
心の中で宣言すると、また前田敦子に焦れる気持ちが強くなった。
学ランが異変に気づいたのは、大通りから分岐した親水公園脇の歩道まで来たときだった。
ベンチが置かれた小さな広場に、矢場久根の制服を着た女が二人、こちらに背を向けて立っていた。スカートが地面を擦るくらい長い。まちがいなくヤンキーだ。二人の間にだれかがいる。また、カツアゲをしているのだろうか。
「さっさと有り金出せって言ってんの」
そんな声が聞こえてきた。
ふと、足元に落ちている手帳に気づいた。何の気なしに開いてみると、それは亜利絵根女子高等学校の生徒手帳で、持ち主は三宅ひとみという名前だった。貼られた写真を見ると、そこには目鼻立ちのはっきりとした美少女がいた。
亜利絵根といえば近頃はいい噂を聞かない。マジ女の生徒ともトラブルがあったらしい。
けれども、今ここにいるのは、カツアゲにあっているらしき少女だ。
――助けないと……。
学ランはカバンを脇に放り投げ、近づいて行った。
「矢場久根のお譲ちゃんたち?」
二人が振り返った。垂れ目の女と、やけに鼻の大きい女だ。
脅されていたらしいのは、生徒手帳の持ち主――三宅ひとみだった。ブレザーを着ている。亜利江根の制服だろう。怯えたような目に、学ランは同情を感じた。
しかし、その目は単に怯えているだけではなかった。別の輝きがあった。
学ランはその正体を考えようとしたが、次の瞬間、垂れ目の声に気を取られた。「はあぁ? なんだ、てめえ」
「カツアゲなら他に行ってやりな。ここはマジ女のシマだぜ」
「学ラン着てるくせにマジ女だって? マジ女はいつから共学になったんだ?」
「チハル」もう一人の、大きい鼻の女が言う。「先にこいつからシメちまおうぜ」
「そうだな、サナエ」チハルが頷いた。
「シメられるのはてめえらのほうだ」学ランは言うが早いか、チハルに向かって廻し蹴りを放った。
チハルは後ろに後退して避けようとした。が、途中でその動きは止められた。三宅ひとみが背後から体を押さえたのだ。
学ランの蹴りは左側面からチハルの顔面を襲った。叫び声を上げる間もなく、チハルは倒れていく途中で気絶したようだった。
「チハル……ッ」サナエが焦ったような声を上げた。
学ランは仲間を心配するサナエに一片の同情も感じず、間合いを詰めると腹筋へ拳を撃ち込む体制に入った。
恐怖の表情を浮かべ逃げようとするサナエの両腕を、さっきと同じように三宅ひとみが掴んでいた。
「離せ、こいつ……ッ」
標的は定まった。学ランは肘の角度を九十度に固定し、肩を廻して右腕を繰り出した。下方から円運動でサナエの腹に拳が命中したとき、ずしっとした手応えがあった。サナエはチハルに重なるようにして、ゆっくりと倒れた。
――一丁上がりだ。
学ランは満足した。とはいっても、あっけなさすぎてイマイチ燃えなかったが。
「ありがとう。助かったよ」学ランは三宅ひとみに言った。「大丈夫だったか?」
「はい。おかげさまで……」三宅ひとみは礼儀正しく頭を下げた。「こちらこそありがとうございます」
どこかのお嬢様らしい、愛らしい微笑みが浮かんでいた。
――助けることができてよかった。
学ランは満足した。こういう笑顔を見られることが、パトロールの喜びだった。
「なにもされなかったか?」
「はい」
「それならよかった。このあたりはこんなチンピラみたいなのが多いから、別の道を通ったほうがいいぜ」
「はい。気を付けます……」
「それじゃあな」
背中越しに右手を上げ、カバンを取りに戻ろうとした学ランを、三宅ひとみが呼び止めた。「あの……」
学ランが振り返った瞬間、COUNTRY FIELDのスクールバッグが水平に向かってきた。
【つづく】
・某テレビドラマのパロディ小説です。パロ嫌いな人は読まないでね。
・あとから矛盾とか出てきたらこっそり書き直します。
・著者の上戸に格闘技経験はないので、おかしな箇所があったらこっそり教えてください。こっそり書き直します。