■策謀―2■
真新しい亜理絵根女子高等学校の校舎を見上げると、五階の渡り廊下に設置された「球体」が今日も陽光を反射し、輝いていた。
校舎は三階部分までは普通の学校となんら変わるところはないが、その上は東棟と西棟に分かれており、五階部分が中空の渡り廊下で繋げられている。球体はそのほぼ中間に位置し、この校舎を一目見れば忘れられない存在にしていた。
ネズミは校門を通り、校庭から校舎に向かった。下校時刻のため、校庭にはたくさんの生徒たちが校舎から吐き出され、思い思いのおしゃべりに興じていた。ネズミの服装は亜理絵根女子高等学校の中間服を模していたため、彼女に注意を払う者はいなかった。
校舎に入ると、ネズミは迷うことなく四階を目指した。あの球体こそ、ネズミの目的とする場所だった。
階段を何度も折れ曲がり、ネズミは四階に着いた。渡り廊下の壁は左右ともにガラス窓になっていて、街の景色を一望できた。左手には海、右手には新興住宅街とショッピングセンターが見える。馬路須加女学園とは雲泥の差だ。校舎の窓から見えるのは、何の変哲もない殺風景な田舎の町並みだけ。洗練されたものなどなにもない。
校内の様子もちがう。至るところに落書きのある馬路須加女学園だが、ここにはそんなものはひとつもなかった。教室の窓ガラスは一枚も割れていないし、廊下に廃材や武器になるようなガラクタも転がっていない。廊下や教室には華やかな嬌声が響いている。
渡り廊下の先に、球体への扉があった。嵌め殺しのガラス窓からは、近くで見ると異様なほど大きい球体の外郭の一部分が見える。
その扉には「生徒会」というプレートが付けられていた。ネズミが三回、二回、一回とノックすると、中から扉が開いた。
「どうも……」ネズミは笑顔を作った。「フォンチーさん、いますか?」
扉を開けた大川藍は、黙って顎をしゃくった。
二十畳ほどの広さの生徒会室は整然としていた。窓のない側の壁にはパソコンが置かれ、その横にはコピー機が設置されている。棚には議事録やその他の資料がぎっしりと詰まっていた。壁沿いに並んだ机の上には各自のカバンや、持ち寄ったスナック菓子、ペットボトルが乱雑に置かれ、ネズミはここだけには人間味を感じた。
部室には森田涼花、河村唯、長野せりな、酒井瞳、大川藍、橋本楓がいすに座って談笑をしていた。ネズミは彼女たちの顔はもちろん、生徒会役員全員を知っている。
ネズミは大川藍に先導されながら、彼女たちの冷たい視線を感じていた。この視線は矢場久根女子高校を利用していたときにも受けたことがある。ネズミにとって、これはむしろ歓迎するべき状態だった。ネズミへの警戒は、その力を認めているのと同じだ。大したことがないと考えられているのなら、ここまでの敵意は抱かないだろう。
心地よい緊張はネズミを上機嫌にさせた。
大川藍は、生徒会役員室とプレートで表示された扉の前で立ち止まった。そしてノックをすると、「ネズミが来ました」と言って下がった。
「入れ」中からくぐもった声がした。
ネズミはやや緊張した。ここが執念場だ。ここでしくじったらすべてがオジャン。いいか、焦るなよ……。そう自分に言い聞かせて、ネズミはスカートのポケットのスタンガンを、まるでお守りのように握った。
「失礼っス」
ネズミはドアを開け、中に入った。
正面には大きな窓があり、夕焼けが室内を橙色に照らしている。その前にあるソファに亜理絵根女子高等学校生徒会長であるフォンチーが座っていた。ブレザーではなくテカテカした生地の青いスカジャンを着て、こちらに向かって脚を大きく広げ、両膝の上に肘を乗せている。逆光でどんな表情かはわからなかった。
ソファの横には、遠藤舞、谷澤恵里香、外岡えりか、横山ルリカの亜理絵根四巨頭が立ち、全員の視線がネズミを捕らえていた。そこには、どう好意的に解釈しても友好的な光は点っていなかった。
そしてフォンチーの前の床には、朝日奈央が土下座をしていた。普通の土下座とちがっているのは、朝日奈央の両手首が背中で手錠に繋がれていることと、それが天井に吊り下げられているロープによって持ち上げられていることだった。背後からなのでよくわからないが、頭の高さから考えて、額は完全に床についているように見える。
朝日奈央がうめいた。だれかが入ってきた気配を察したのだろう。
夕日のまぶしさに目を細めて、ネズミは腹の中で笑った。なにをしてこんな目にあっていうのか知らないが、ヤンキーが苦悶している姿は笑える。他人に暴力を振るう人間には一片の同情もない。本当は声を上げて爆笑したかった。
フォンチーが顔を上げた。「――今日はなに?」
「ラッパッパが、また動くんスよ。それをお知らせに……」
ネズミはほとんど意識しないまま、スカートの上からスタンガンの入っているポケットの部分に触れた。なにかでしくじり、自分が朝日奈央と同じ境遇に置かれないとは限らない。スタンガンの強化プラスチックのボディは、スカートの布越しでもネズミに安心感を与えてくれた。
「今度はだれが」
「純情堕天使というチームっス」
「純情堕天使……? あんたが持ってきた資料の中にはなかったけど」
フォンチーは広げていた右足を、朝日奈央の頭にまるで踵落しをするような勢いで思いっきり落とした。うぐっという「音」がする。フォンチーはそれをまったく無視して脚を組んだ。
もちろんネズミも、そんなことなどなかったかのように、カバンの中から十枚の紙を取り出し、フォンチーに渡した。「停学になってた菊地ってリーダーが、最近戻ってきたんスよ。それで再結成したってわけで……」
それは純情堕天使のメンバー全員のプロフィールをまとめてたもので、純情堕天使入りした元チームホルモンのメンバー四人のデータもある。写真、名前、年齢、学年と組、ケンカのスタイル、交友関係、ネズミによるランク付けが載っている。純情堕天使内でのランクは、プリクラ→バンジー→マユミ→ナツミ→アキチャ→サキコ→ウナギ→トモミ→ハルカ→ムクチとなっていた。ナツミ以下の実力はどんぐりの背比べ状態だが、目立たない存在ながらも極真空手使いのマユミは要注意人物だった。
フォンチーはそれを見ながら、ネズミに訊ねた。「強いの?」
「それほどでも……」
「人数は……九人か。多いね」
「チームホルモンを吸収したんスよ」
「ああ……」フォンチーは納得したようにうなずきながら、「学園一のヘタレが頭張ってるチームかぁ。ふぅん……吸収されたんだ」
「そのヘタレは純情堕天使には入りませんでした……今は学校に来てないっス。辞めちまうかもしれません」
「ま。そんな奴のことはどうだっていいか……その純情堕天使って、強くはないといっても人数が多いなら、こちらもそれなりの数をそろえないと……」フォンチーは純情堕天使のデータを谷澤恵里香に渡した。「だれに行かせる?」
「私なら十人程度は軽い……」遠藤舞が言った。
「まいぷるなら百人を相手にしたって勝てるだろうけど」フォンチーがさえぎった。「あたしたちは力比べをしてるんじゃない。面白くなきゃ意味ないでしょ?」
「たしかにね」遠藤舞が口だけで笑った。
フォンチーは今度は谷澤恵里香を見て、「谷澤じゃ……ダメだな」
「なに言ってんの。任せなさいよ……って言いたいけど、いくらなんでも十人相手はちょっと、体持たんわ」谷澤恵里香は照れ笑いをした。
「とのとのとルリカは」
「あたしはいいけどさ……」外岡えりかは隣の横山ルリカを見やった。「ルリカはどう」
「二対十ってこと? よくないよ、そんな卑怯な戦い。相手に失礼だし」
「ほらね」
「それじゃあ、十傑集にやらせよっか。人数も合うし」フォンチーは事も無げに言う。
「十人もいらないでしょ」
「まだ戦ってない子、いたっけ?」
「たしかうめ子が……」
「うめ子か……」フォンチーは組んでいた脚をほどき、立ち上がった。朝日奈央の頭の上に乗っていた脚が下ろされ、ふうーっという「音」がした。
そのとき、ネズミは今日初めてフォンチーの顔を見た。今までの軽い口調からは想像できない、戦略家の表情がそこにあった。「やりすぎやしないか、あいつ」
「大丈夫だと思うけど」外岡えりかが答えた。
フォンチーはほかの三人を見回した。全員が無言で頷いた。
「それじゃあ、純情堕天使はうめ子にやらせよう」
フォンチーがネズミに近づき、肩を抱いてきた。女に必要以上に肌を触れられるのは嫌悪感があったが、ネズミはそれを表に出さないように我慢した。「あんたはいつも通り、こちらの動きをラッパッパに流して。場所はあとでメールする」
「了解っス、フォンチーさん」ネズミはにやりと笑った。
「それと……」フォンチーはそこで一旦言葉を区切って、耳元でつぶやいた。「――ぜってー裏切ならいようにね」
「とんでもないっスよ、裏切るなんて……」
裏切るつもりはなかった。馬路須加女学園だって矢場久根女子高校だって裏切ったつもりはない。馬路須加女学園がどこかの学校に狙われるのは不良どもの集まっている学校の常だし、矢場久根女子高校は総長の力不足が敗北の原因だ。
ちょっと考えればわかることだ。ネズミのような小娘一人が動いたところで人の気持ちなんてわずかしか動きはしない。馬路須加女学園も矢場久根女子高校も亜理絵根女子高等学校も、元々そういう気質を持っているのだ。やつらとこいつらはケンカが好きなのだ。隙あらば他人を傷つけ、優位に立とうとするという、ヤンキーどものどうしようもない虚栄心に、ネズミは吐き気さえ覚える。本当に、そんなやつらは死ねばいいと思う。
ネズミがやっていることは、それをくすぐったり、背中を押したりする程度のことだ。それでなにか起こったところで、それがネズミのせいだと言えるだろうか。
「知ってるんだよ、あんたが矢場久根相手になにしたか」
「それは光栄で……」
肩に乗っていたフォンチーの腕が、蛇のように首に巻きついた。かと思うと、それはあっという間にネズミの首を締め上げにかかった。痛いというよりは苦しく、血液の循環が喉の辺りで渋滞を起こしはじめた。顔面が熱くなっていくのがわかる。息ができなくなりそうだ。
「――散々、バカども煽って、いざとなったら脱兎のごとくいなくなったそうじゃん」
「それは……誤解ッスよ、あれは、グッ……」
さらに締め付けられ、ネズミは言葉を発することができなくなった。
一日に二度も同じような責めを受けるとは……。ネズミは自分の油断を悔いた。
アレを使うべきか。ここで亜理絵根にわずかでも歯向かうのはよくないが、このままでは落とされてしまう……。そんなみっともない姿を見せるわけにはいかない。暴力には毅然とした態度で立ち向かわなくてはいけない。
ネズミは躊躇したが、念のためスカートのポケットに手を入れた。指が金属の硬さに触れると、不思議な安心感があった。
だが、それは一瞬だけだった。
フォンチーの手が、スタンガンに触れたネズミの手のひらに重ねられたのだ。
ネズミは心底焦った。
「こんなもん持ち込んで、いい度胸してるね。でも、気づかれないと思った?」
フォンチーはネズミにスタンガンを握らせ、手のひらを重ねたままポケットから取り出した。
息苦しさはクライマックスに達していた。自慰のとき以上に息遣いが荒くなった。フォンチーはそれを察しているのか、ときどき腕の力を緩め、空気が吸える幸せをネズミに実感させた。しかし、一瞬後には再び万力みたいな締め付けがネズミを襲った。
「自分の肉体に自信がないやつって、こうして武器を持ちたがるんだよね。うん、いいことかもしれない。だって弱いんだから。でもさ、ひとつ大事なことを忘れてるよ。肉体は奪われないけど、武器は奪われる。そして奪われた武器は、強力であればあるほど、恐怖が増すって……」
フォンチーは、ネズミの指の上から、スタンガンのスイッチを押した。威嚇にも効果的な大きな音と同時に、突き出した二本の電極の間に放電光が放たれた。
四巨頭全員が自分を冷笑していることに、ネズミは気づいた。。
「これ。試してみようか……」
フォンチーはネズミを抱いたまましゃがみこんだ。そして、背中を向けている朝日奈央のミニのプリーツスカートの上に、スタンガンを押し付けた。えっ、と発した朝日奈央は、次の瞬間、雷に打たれたように尻を跳ね上げ、絶叫した。倒れるときにミニのプリーツスカートが大きく広がり、ピンクの下着が丸出しになった。
「やばいじゃん、これ……。いつも持ち歩いてんの?」
攻撃が自分に向けられなかった安心感と、だが、まだこのイベントは終わっていないという恐怖感の入り混じった感情で、ネズミの脚は小刻みに震えだした。
「さっきから不思議に思ってるでしょ、奈央がなんでこんな目に合ってるのか……。言っとくけど、これ、奈央が自分でしてくれって言ったことだから」
ネズミは目を見張って、倒れた朝日奈央を見た。
「苦しければ苦しいほど、痛ければ痛いほど、人間は助かった瞬間に、生きているすばらしさを実感できる……。そう思わない?」
ネズミは無言のまま、朝日奈央からフォンチーへ視線を移した。フォンチーの目には、伏臥した朝日奈央に対する、ある種の恍惚感と羨望と嫉妬の入り混じった光があった。
「なんの刺激もない日常でも、痛みを加えるだけで、解放されたときのカタルシスを生んでくれる。あんたは普段、生きていることに感謝してる? してないでしょう。それは痛みが足らないから。痛みは大きければ大きいほどいい。死の淵に近づけば近づくほど、生きていることを実感できる。あんたにわかる?」
フォンチーはネズミの手とともに、スタンガンを目の高さまで持ち上げた。そして電極部分を、ネズミの額に付けた。心臓が破裂しそうに激動したが、ネズミは恐怖で抗えなかった。中学生のときの嫌な思い出が脳裏に浮かんだ。髪の毛を鷲掴みにされたこと。背中に蹴りを入れられたこと。男子の前で突然スカートをめくられたこと。描いたイラストをノートから破られたこと。頭に思いっきりバレーボールが当てられたこと。体育の時間が終わって着替えに戻ったら制服がチョークの粉で真っ白になっていたこと。机の中に無修正の男の裸の写真が入れられていたこと。カバンや上履きや体操着がゴミ箱に捨てられていたこと。
「これ、瞼に当ててスイッチ押したらどうなるかな? やってみてもいい?」
だめですだめですっ。
だめですだめですだめです。
だめですだめですだめですだめですだめですだめですだめですだめです。
フォンチーはスタンガンをネズミの額から右目に移動し、押し当てた。電極部の硬い感触を眼球で感じた。
「あんたの顔、CGみたいに整っていて肌もきれいだよね。自信あるでしょ、自分の顔に。自分はかわいいんだって自信が。そりゃそうだよね、たしかにかわいいもん。アイドルになったら売れるよ、あんた。けど、それがどれだけ幸せなことか、本当にわかってる? あんたみたいにかわいくないだけで、死にたくなるような毎日を送ってる子はたくさんいるの。わかんないよね、そんなブスたちの気持ち」
ネズミは小さく、首を横に振った。
閉じた瞼から決壊したように涙が溢れた。鼻水も。よだれも。そして、股間に生暖かい感触があった。それは靴下にも染みてきた。
その瞬間、生徒会準備室に爆笑が起きた。
四巨頭たちが嬌声を上げていた。
「漏らしたよ、この子」だれかが言った。
「フォンチー、やりすぎっ」別のだれかが言った。
――と、スタンガンが瞼から離された。
いまや、それは完全にフォンチーの手中にあった。ネズミの握力はゼロになっていた。奪われることに抵抗できなかった。
「どう? 今の気分……」フォンチーはスタンガンを顔の高さからゆっくりと下ろしていった。「生きてるって実感できるでしょ。最高でしょ。これが幸せってやつ。覚えといて」
たしかにほっとした。だが、まだ心臓は早鐘を打っているし、脚の震えも止まっていない。もう一度、スタンガンが瞼に押し付けられないとは限らないからだ。
「でも、あんただけそんな気持ちになれるなんてズルいわね」
そう言ったフォンチーは、信じられない行為にでた。
スタンガンを自分の腹に押し当てたのだ。
「スタンガンは初めて……どんなだろう……。ああ、どきどきする……」
フォンチーの顔は恍惚感で満たされていた。
――狂ってる。
ネズミは正視できなかった。床に視線を落とした。
やがて、バチッという大きな音とともに、フォンチーの悲鳴が上がった。
直後、何かが床に倒れる音がして、衝撃を感じた。
本当にやった……。バカだバカだバカだ。
そんなことをしてなんになる? 痛いだけ。だれも得をしない。それどころか自分が傷つくだけだ。
まったく無意味で、まったくデタラメで、まったくの暴挙……。
そしてネズミは恐々、顔を上げた。
リノリウムの床に倒れたままのフォンチーは、頬を上気させている。息遣いも荒く、ここだけ切り取って見た人がいれば、自慰が終わったあとだと思うにちがいない。
そのとき、袖をまくっていたフォンチーの肘から先が見え、ネズミはぞっとした。そこにはおびただしい数の傷があった。切り傷、すり傷、裂傷、刺し傷、根性焼きの跡、蚯蚓腫れ、生乾きのものもあれば、瘡蓋になっているもの、そして縫い目もある。
「――すごいっ……痛すぎだよ、これ……」
倒れたまま言いながら、フォンチーはネズミに向かってスタンガンを床の上で滑らせた。それはネズミの膝の手前で止まった。だが、ネズミはそれに触りたくなかった。さっきまで自分の手の中にあり、あれほど頼もしかった物体が、いまはおぞましい存在でしかなかった。
「――もう、ちまちました戦いは、純情堕天使とやらでおしまいだ……」唐突にフォンチーが言った。「一週間後の来週の金曜日……行くよ、あんたの学校……」
ネズミは震えた。恐怖からではない。ようやくそのときが来た、という喜びからだった。
「前田、敦子だったか? マジ女最強の女は……」
「そうっス」ネズミは小さな声で答えた。
「会うのを楽しみにしてるよ。どんなに痛くしてくれるのか……」
ネズミは、前田敦子とサド、そして大島優子の三人だけは個別に襲わないよう、フォンチーに頼んでいた。この三人は特別だ。自分の見えないところでいつの間にかやられているなんて面白くもなんともない。こいつらは自分の目の前で倒されるべきだった。
そして、いよいよ、それが見られることになるかもしれない。
ネズミはまた震えた。
亜理絵根女子高等学校の校舎を出るときになって、ネズミは自分が失禁していたことを思い出した。夕闇に吹く北風がミニスカートの中を攪拌し、ひんやりとした感触を与えたからだった。どこかで下着を買わなくちゃ、と思った。
ともあれ、今日の出来事はいい経験になった。
スタンガンは結局受け取り、今はカバンの中にある。やはり付け焼刃はよくないということか。躊躇なく使うには練習が必要だ。援助交際でもするフリをして、のこのこ現れたオヤジでも実験台にするか……。でも、これも面倒だ。
となると――やはり、自分を守ってくれる「武力」が必要だ。
暴力を否定するがゆえに、その暴力によって自分を守らなければならないという自家撞着に陥りつつも、ネズミの頭はすばやく回転した。
そしてネズミは思い当たった。
まだ、だれの傘下にも入っていない、一匹狼のあの女に……。
【つづく】