■作戦―3■
前田敦子に協力を断られ、フォンチーと会った昨夜の帰り道、サドは考えた。まずは冷静に、馬路須加女学園の「主戦力」を確認した。
サド自身。
シブヤ、ブラック、トリゴヤの四天王三人。
昭和、アニメ、ジャンボ、ライスのラッパッパアンダーガールズ四人。
らぶたん、みゃお、まなまなの山椒姉妹の三人。
大歌舞伎、小歌舞伎の歌舞伎シスターズ二人。
バンジー、アキチャ、ウナギ、ムクチの旧チームホルモン四人。
プリクラ、マユミ、サキコ、ナツミ、トモミ、ハルカの純情堕天使六人。
合計二十三人。このメンバーは、ラッパッパの号令一下集結するはずだ。
ここに挙げた以外の武闘派集団は、主戦力にはなりえない。金眉会、寒風愚連隊、ドカチャン少女隊などの連中が戦場に立ったところで瞬殺されるのがオチだ。
この他に役立ちそうな人間は、チョウコク、学ラン、ゲキカラの三人。
だが、チョウコクと学ランのような一匹狼が協力してくれるかどうかは疑問だった。さらに、ラッパッパ四天王の一人――ゲキカラはいまだに行方がわからない。ネズミからの報告もまだなかった。この三人がサドの指揮下に入ってくれれば戦況は大きく変わるだろうが、サドはどちらかといえば悲観論者だった。
なによりもマジジョ最強の女――前田敦子がいないことがネックだ。前田さえいれば勝てるかもしれない。前田さえいれば苦労はしない。前田さえいれば――。
仮定に希望を持っても仕方ない。サドは、アリジョのメンバーの主戦力を考察してみることにした。
亜理絵根女子高等学校の生徒会は、会長のフォンチーを頭とし、その下には遠藤舞、外岡えりか、谷澤恵里香、横山ルリカの亜理絵根四巨頭と呼ばれる幹部たちがいる。このうち三人とはすでに交戦済みで、それぞれの格闘スタイルは判明しているが、不気味なのはまだ姿を現していない遠藤だ。旧チームホルモンを吸収した純情堕天使がうめ子――河村唯と闘ったときに同行していたそうだが、遠藤は最後までなにもしなかったという。
その他には、森田涼花、長野せりな、酒井瞳、朝日奈央、菊地亜美、三宅ひとみ、橘ゆりか、大川藍、橋本楓の九人が、マジジョの生徒と闘い、三宅が学ランとチョウコクの二人に引き分けたかたちになった以外、全員が勝っている。
昨夜フォンチーが連れていた五人とはなにもなかったが、それだけに不気味だった。
アリジョの戦力がそれだけだとすれば、数の上では二十三対二十でマジジョが上回っている(もしチョウコクと学ランとゲキカラが加われば二十六対二十となり、かなり有利に闘えるだろう)。だが、戦争の帰趨を決めるのは数の優劣だけではない。これまでの闘いで、マジジョはほとんど負けている。シブヤと山椒姉妹など、有象無象のギャルサーたちとはいえ二十人以上を連れていったにもかかわらず、たった二人の相手に敗北した。それだけ強い敵を相手にするのだ。たった三人の優位など簡単に逆転されるだろう。
では、どうするべきか。
まともに闘えば、贔屓目に見ても引き分けがいいところだ。一歩引いて見れば、十中八九負ける。
では――サドは思った。
まともに闘わなければどうだ?
サドはそれまで、戦場は校庭になると漠然と考えていた。やってきたアリジョの連中と校庭で対峙する。高校野球の試合が始まるときのように、おたがいが一列に並び、向き合う。そして二三言交わしたあとで、いっせいに全員が走り出す。当然、乱戦になる。戦力比はほぼ一対一だから、いままでの戦いぶりから考えれば、マジジョの敗北は避けられない。広い空間で全戦力が対峙すれば、実力差がそのまま結果となる。
それなら、一対一にしなければいい。
今回の闘いは、敵がこちらの学校に乗り込んでくることが前提となっている。つまり、地の利はこちらにある。これをいかに生かすかが勝敗の決め手になるだろう。
そこでサドはひらめいた。
篭城だ。
「――なるほど。それはいいかもしれないわね」
サドの発言のあと、峯岸は笑顔を浮かべた。
「学園中の扉と窓に鍵をかけ、窓は内側から塞ぎ、非常階段も使えないようにする。だが、ひとつだけ進入可能な入り口を残すんだ。鍵を開け、強固なバリケードを置く。そうすれば敵の侵入速度は遅くなる。そこに主戦力を配置しておけば、各個撃破ができる」
「カッコゲキハ?」トリゴヤの声が後ろからした。
「一人ずつシメるってことだ」
「ああ……ふぅん……」トリゴヤは納得したようなしていないような感じだった。
「アリジョの連中がいくら強いといっても、一度に何人もを相手にはできないだろう。時間はかかるが一人ずつ潰す」
「すみれ。学園の見取り図を――」
峯岸が告げると佐藤が立ち上がり、壁際のロッカーを探りはじめた。やがて、ひとつのファイルを取り出しすと、それをテーブルの上に広げた。ファイルには学園内の施設や備品について書かれた書類が束ねられていて、すみれが慣れた手つきでそれらをめくっていくと、やがて見取り図があらわれた。
「学園の出入り口は主にふたつ――南の職員専用玄関と生徒用の玄関だ」サドは見取り図の一階部分を指さした。「広いのは生徒用の玄関だ。こちらは完全に塞がなくてはいけない。でなければ、バリケードが破られた場合、一度にたくさんの侵入を許してしまう」
「鍵をかけておけば、そう簡単に入られないんじゃ?」峯岸がサドを見た。
「鍵がかかっているとわかれば、やつらは扉の全面ガラスを叩き割る。鍵は一時しのぎに過ぎない。だから、この二つの出入り口には、特に強固なバリケードを作るんだ。そのために必要なカネは生徒会が用意してくれ。ほかに、先公たちへの根回しと学園全生徒の召集も頼む。協力を拒むやつがいたら、ラッパッパの名前を出していい」
峯岸がうなずいた。
「やつらを誘導するのはここ――非常階段出入り口だ」校舎の東にある階段は、転校してきたばかりの前田敦子が、チームホルモンをシメた場所だった。サドはチームホルモンの五人がボロ雑巾のように横たわっていた、あの光景を思い出しながら続けた。「やつらは玄関から入れないとなれば、他の場所を探すだろう。東の出入り口に近いこの扉はすぐに見つかるはずだ」
「で、そこの鍵を開けておくの? いかにも罠って気がするけど……」
「開けるんじゃなくて、壊しておくんだ。閉めたくても閉められなかったと思わせる。もちろんバリケードも組んでおく。仮に罠だと知られても問題ない。やつらはそういうことに頓着しないからだ。シブヤが闘った長野と橋本は、閉鎖された公園で待ち伏せされていることをわかっていて、それでも平気で入ってきた。やつらは罠と知っても回避しない。敵がバリケードを崩しても、一気に全員が入ってくることはできない。扉は狭いし、バリケードの残骸もあるから足場は悪いはずだ。そこを叩く」
「そんなにうまくいくかなぁ?」トリゴヤが呑気な声で茶化した。
「大丈夫だ。それに、この扉を守るのはバリケードだけじゃない。人間の壁を作る」
「人間の壁……?」峯岸が眉をしかめた。
「そう。マジジョの生徒全員を一階に集める。廊下はラッシュの通学電車みたいに、人であふれる。仮に敵が職員専用玄関や生徒用玄関から侵入してきても、マジジョの全生徒三百人が壁になって、そう易々とは突破できない。いくら敵が強いといっても、これだけの人数を相手にすればやがて疲労するはずだ。そして疲れきったそのときに、ラッパッパがやつらをシメる」
「卑怯ね」峯岸がつぶやいたが、サドを見つめるその目は笑っていた。
「卑怯じゃない。アリジョが全生徒を引き連れてくるかもしれないんだからな」
しかしサドはそう考えつつも、もしそのような事態になれば、マジジョに勝ち目はないと冷静に分析していた。ネズミの情報によれば、アリジョの生徒総数は約二五○人。マジジョとそれほどの差はない。そしてこの有象無象の連中同士が闘えばただの乱戦になり、最終的にはおたがいに名だたるメンバーだけが残るだろう。
「ということは――」平松がひさしぶりに声を発した。「ラッパッパ以外の生徒は単なる時間稼ぎってこと?」
サドは少し間を空けて、「――そうだ」
「なんですって? 会長、いいんですか? こんな作戦……」
「そうですよ、会長」佐藤も言った。
たしかに褒められた作戦じゃないことは重々承知している。だが、サドは勝つことは考えていなかった。負けないこと――それが今回の闘いでもっとも重視しなければ最優先事項だ。学園を守るためには、勝つ必要ない。負けなければいいのだ。
優子から預かった学園を守るためには、どんな犠牲でも払わなければならない。最前線にいる連中には、命を張ってもらう。マジジョ――優子――のために闘い、傷ついた生徒たちに、サドは熱い抱擁と口づけをもって報いるつもりだった。ひとりひとり抱いてもいい。これまで知らなかった快楽を味あわせよう。女に生まれてよかったと、心の底から思える体験をさせてやる。
だれかを犠牲にしてでも、守らなければならない。
――すべては優子さんのため……。
サドは、この闘いが終わったときに、責任をとるつもりだった。
すべてを優子に話し、馬路須加女学園から去る。
それだけで免責される責任ではないことは重々承知している。しかし卒業間際での自主退学はサドの経歴に「汚点」を残し、これからの人生にマイナスの影響を与えるだろう。
だが、そんな瑣末なことなどどうでもよかった。優子が一日でも一時間でも一秒でも長く生きられるのなら……。
「――私も、サドさんの作戦しかないと思う」峯岸が言った。
「会長……」平松と佐藤のふたりが同時に、感嘆するように声を上げた。
「真正面から闘っても勝ち目がないなら、奇策しかないでしょう。それに、ケンカのことは、私たちよりサドさんのほうが詳しい。任せましょう、ここは。ただし、サドさん。被害はできるかぎり最低限にとどめてください。人間は将棋の駒じゃないんですから」
「もちろんだ」
平松と佐藤のふたりは納得のいかない表情をしていたが、やがて平松はなにかを決意したような、あるいは完全に開き直ったような口調で話し始めた。「わかりました、会長。そこまで言うならそうします。生徒会が本気になったら、ヤンキーたちにはできないことができるってところ、見せようじゃないですか」
「そうね。私たちならできるはず」
「この学園を本当に仕切っているのがだれなのか、教えてあげるわ」平松は言いながら、かわいらしい顔に似合わぬ鋭い眼光でサドをにらんだ。
いい度胸をしている。サドは平松を信頼できると感じた。「私にそんな口を叩けるとはたいしたものだ。生徒会にいさせるのは惜しいな。ラッパッパに入りたかったらいつでも来い」
「だれがヤンキーなんかになるものですか」
サドは鼻で笑った。「だれもがそう思うのさ。生まれたときから不良のやつはいない。成長していく途中でいろんなものを背負いこむ。その重さと種類は人それぞれだ。耐えられるやつと耐えられないやつがいる。私たちは耐えられない、弱い人間なんだ。弱いから虚勢を張って、強がって、そして傷つく」
平松が黙った。
「――まあ、そんなことはどうでもいい……」サドは立ち上がった。「それじゃあ、明日の朝イチまでに計画を立ててくれ。時間はない。わかったな、生徒会長殿」
「もちろんよ」
峯岸みなみの満面の笑顔を見て、サドは生徒会室をあとにした。
【つづく】