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 ■決戦―7■



 階段を駆け登り、押し寄せる生徒の群れの前で、マユミは右手で山本彩を、左手で渡辺美優紀の手を離さないよう、力強く握っていた。
 校内に侵入した鳥どものせいで、一、二年生たちはパニック状態に陥っていた。これだけあちこちでガラスが割れ、上の階からも鳥どもが飛来してきているのだから、一階から離れたところで意味はないのだが、一度パニックの火が点いてしまった人間には、そんな判断はできないのだろう。その結果、彼女たちは、手をつないでバリケードをつくっている《純情堕天使》メンバーたちを突破しようと、必死の形相で押しくらまんじゅうをしているというわけだった。
 プリクラ率いる《純情堕天使》六人と難波からやってきた三人は、二階の廊下の手前の階段で、殺到する生徒たちを静止していた。少し前に西側の階段の向こうから、わーっという波のような声とたくさんの足音が聞こえてきた。あちらは《チームホルモン》が守っていたはずだが、あの人数では止められなかったのだろう。
 悲鳴と怒号の中、マユミはこの状態をいつまで保てるのかと考えていた。相手の数のほうが圧倒的に多いのだから、このままでは突破されるのは時間の問題だった。
 加えて、難波から来た三人も気がかりだった。彼女たちはほとんどなにも知らされないまま、ここに立ち、バリケードとして使われている。来年からマジ女の生徒になるとはいえ、それがここで踏ん張るモチベーションになるのかどうか……。バリケードが崩壊するとしたら、そこからではないかとマユミは思った。
 すると、まるでマユミの気持ちを察し、反論でもするかのように、山本彩が声を張り上げた。「おいっ、このアホんだらどもっ」
 声は太く、そして大きかった。
 山本彩の一喝は、《純情堕天使》のメンバーと群衆の最前列で怒鳴りあっていた生徒たちだけでなく、踊り場にいる者たちにも届いたようだった。あれほど騒がしかったこの場が、一瞬で凍りついたように静まった。それが聞き慣れない関西弁の響きによるものなのか、それとも――来たばかりだというのに、こんな状況下で先輩たちに向かって怒号を上げる山本彩という女の持つ迫力に押されたのかはわからなかったが、彼女がたった一瞬でこの場を支配したことは事実だった。
 「さっきから黙ってりゃ、クっソしょうもない大騒ぎしやがって、なにを鳥ごときにビビっとるんや。おまえらそれでもオメコついとんのか?」
 本来であれば、たかが――それも見知らぬ――中坊にデカい口を叩れることなど、マジ女にとっては屈辱的であり、あってはならない出来事だった。
 「わー、さや姉、かっこいい……」
 渡辺美優紀が関西訛りの発音で、胸の前で音を立てずに拍手をした。この空気の読めなさは――いや、そもそもそんなことなど意に介するタイプではないのかもしれない――山本彩とは別の意味で、渡辺美優紀もまた、人並み外れた存在感をもっていた。
 「残念ながら、こいつらの言うとおりだ」人間バリケードの端にいたプリクラが大きな声を出した。「とにかく一階に戻れ。怪我をして取り残されてるやつらもいるだろう。そいつらを体育館に運ぶんだ。さあ、さっさとしろッ」
 殺気立っていた生徒たちの中には、舌打ちする者や、山本彩にガンを飛ばす者などもいて、場はざわめいているものの、ほとんどはプリクラの号令に渋々従った。
 そして不思議なことに、鳥どもまでもが山本彩の一喝にビビったのか、その姿を消していた。
 「そこの中坊……山本彩とか言ったな」プリクラの視線には、マユミの隣の山本彩を射るような鋭さがあった。「とりあえず礼を言う。大した度胸だな」
 「なんてことあらへんで、先輩さん」
 さらっと言ってのけた山本彩のその面持ちに、マユミはある予感をいだいた。それは山本彩がいずれ、マジ女のてっぺんに上りつめようとするだろうというものだった。



  【つづく】
 ■決戦―6■



 負傷した松井珠理奈に肩を貸したウナギとネズミは、階段へ殺到している生徒たち数十人のあいだを縫うようにして人混みの中へ消えていった。
 バンジーはその様子を視界の隅に捉えながら、この事態をどう収拾するべきか考えた。目前に迫る生徒たちを、今は自分とアキチャとムクチとの三人でかろうじて抑えているものの、ここが突破されるのは時間の問題だろう。生徒会には増員を要請したが断られた。
 「おい」アキチャがじりじりと迫りつつある群衆から目を離さずにバンジーを呼んだ。「どうするんだ?」
 「考えてる」
 「そんな時間ねえぞ……」
 一階の廊下のどこかから叫び声が聞こえた。また鳥が入ってきたのか……バンジーは身構えた。
 「また来たぞぉぉぉ」だれかが叫んだ。
 それが合図になってしまった。
 バンジーたちと対峙していた群衆の先頭にいる二三人が階段を登ろうと、前進してきた。
 「待てって……」その静止もむなしく、バンジーはだれかに胸を突かれ、壁に背中を打ち付けた。「痛って……」
 最初の数人が踊り場まで一気に走ると、そのあとに数十人が続いた。足音と叫び声が冷たいコンクリートの壁に響いた。群衆は、もはや三人ではどうすることもできないうねりとなっていた。バンジーの視界が、堰を切ったような人の波で埋め尽くされた。
 「バンジーっ」群衆の向こうのどこかからアキチャの声がした。「大丈夫か?」
 「大丈夫だ。ムクチはいるか?」
 「こっちにいる。心配ないっ」
 バンジーがほっとした瞬間、今度は二階からガラスが割れる音と、わっという叫び声が重なった。
 数十羽の鳥が群れとなって、二階の廊下から踊り場へ降下してきた。カラスやハトの羽がふわふわと舞う中で、ついさっき階段を登っていった生徒たちが戻ってきて、一階からの生徒たちと階段のあちこちで衝突した。悲鳴と怒号と床の振動がバンジーを軽くパニック状態にした。踊り場の壁に背をつけ、自分の身を守るのが精一杯だった。バンジーはもはやなすすべなく、混乱した数十人の生徒たちを見つめることしかできなかった。


 大島優子は生徒会室の扉の向こうから伝わってくる、うなるような声と振動をともなう地響きにも、顔色ひとつ変えることなくソファに座ったままだった。
 サドはそんな優子を心強いと感じつつも、これから優子がなにをするのかにわずかな不安を感じていた。いつもみんなの想像の上を行く優子は、それゆえ大胆な行動に出ることがあり、その尻拭いはもっぱらサドの役割だったからだ。とはいえ、サドはそれを苦にしているわけではなかった。
 サドの横に並んだ四天王のうち三人――ブラック、シブヤ、トリゴヤ――も、事態に動ずる気配は皆無だった。
 「鳥、か……」優子はつぶやき、立ち上がった。「理由はわからねえが、鳥が校内に入ってきたおかげで一階にいた連中がパニックになってるってわけか……」
 「はい」サドは答えた。
 「そんなら――好都合なこともあるな」優子は八重歯を見せて微笑んだ。
 「は――?」
 優子はやおら立ち上がると、一直線に四天王の三人が並んでいる壁際に向かって歩き出し、とある人物の前で立ち止まった。「――ほんとならおめえを使いたくはねえんだが、あたしのシマでこんなに派手に暴れ回られちゃあ、そうも言ってられねえんだよ、なあ……トリゴヤ?」
 「あ――え……どういうこと?」
 「こういうことだよ」
 優子はトリゴヤの乳房のような柔らかさの腕をつかむと、タイマン部屋へと通じる扉まで引きずるようにして、強引に連れて行った。そして扉を開き、トリゴヤを放り込み、自分も中へ入った。扉は乱暴に閉められた。
 五秒後、タイマン部屋のガラスが割れる音がした。
 サドは一瞬そちらへ向かいかけた――が、すぐに優子の真意に気づき、同じように二三歩前に踏み出したシブヤとブラック、昭和とライスの四人を手で制した。
 ほどなくして、扉の向こうからトリゴヤの悲鳴となにかをひっくり返したようなドタンという大きな音が聞こえた。
 優子が姿を現したのは、それからすぐだった。優子は落ち着き払っていて、昭和を見やると顎で扉を示した。「昭和。閉めとけ」
 「はい、優子さん」
 昭和は弾かれたように言い、タイマン部屋の扉へ駆け寄った。スカートのポケットから鍵の束を取り出し、南京錠を掛けた。これでトリゴヤは完全にタイマン部屋へ閉じ込められたというわけだった――いまごろは、カラスやハトやスズメが何十羽も雪崩れ込んでいるであろう、部屋の中に。
 「これでよし」
 サドと目が合うと、優子はまた八重歯を見せた。


 【つづく】

2014年ですね。

 02, 2014 08:07
 明けましておめでとうございます。
 昨年は新作写真集を2つ制作することができました。今年もそのくらいのペースで、ゆるやかにやっていきたいと思っています。
 今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

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