■追撃―2の1■
森田涼花たちが倒れている三人の中学生の元に駆け寄った。「あんたら、大丈夫か?」
少女たちは一様に、背中を押さえていた。森田涼花の言葉に、小さく大丈夫です、と応えた。
――隙ありっ……。
小歌舞伎は駆け出した。
しかし森田涼花をかばうように、橘ゆりかが戦闘態勢に入った。橘ゆりかは大きく脚を広げて回し蹴りを繰り出してきた。小歌舞伎には、それが当てる気のない、デモンストレーションとしての見せ技だとわかった。
「罪のない子たちを、こんなひどい目に合わせて……」森田涼花が倒れた女の子たちから視線を歌舞伎シスターズに移した。「あんたら、クズ……いや、外道やな」
「外道――いい響きですね。私たちにふさわしいじゃないですか」大歌舞伎が言った。
森田涼花が歌舞伎シスターズめがけて走り出した。
両手には、いつの間にか赤樫で作られたらしい小太刀の木刀が握られていた。
――いつの間にあんなものをっ。
小歌舞伎は大歌舞伎の前に出て、森田涼花の攻撃を受け止める体勢に入った。これは、先に攻撃をしかけられたときのいつもの陣形だった。
しかし、こちらは素手――小歌舞伎はたじろいだ。
「成敗したるっ」森田涼花が小太刀を突き出す。
小歌舞伎は体をねじってそれをかわし、花吹雪の描かれたスカートの袖を大きく振った。
相手の視界の一部を塞ぎ、それが開けたときに後方から大歌舞伎が掌底を打ち込むという戦法である。
小歌舞伎は森田涼花と行きちがった。すぐに振り返ると、大歌舞伎が深く沈みこむ姿勢をとっていた。森田涼花の木刀はその上の空間を旋回していた。
――よし、空振ったっ。
小歌舞伎は次の瞬間、森田涼花の顎に大歌舞伎の掌底がボクシングのアッパーカットのようにめり込むことを確信した。
大歌舞伎が低い姿勢から、必殺の掌底を放った。
だが、森田涼花はそれを予測していたかのように、まず小太刀を放ると、背を弓のように反らしてバク転をした。まるで特撮ヒーローのアクションみたいに華麗な動きだった。
「ふざけやがって……」大歌舞伎は森田涼花を追った。
森田涼花は、再び掌底を打ってきた大歌舞伎を紙一重でかわし、みずから横転すると転がっていた小太刀を手にした。
「あんたの技、それしかないんか?」
「ごたごた言ってんじゃねぇよっ」
大歌舞伎は、ドスを効かせるには迫力の足りない、か細い声で叫び、もはやヤケクソ気味に掌底を連打した。
掌底にいかに打撃力があろうとも、当たらなければ意味はない。また、必殺の一撃を連打すれば、そこには隙が生まれる。
森田涼花が大歌舞伎と交差したとき、小太刀が一閃した。大歌舞伎の腹部へ、強烈な一打を打ち込んだのだ。
大歌舞伎は白目を向いて倒れた。
「姉貴っ」
小歌舞伎が大歌舞伎の元へ走り出したとき、橘ゆりかの回し蹴りが襲いかかってきた。プリーツスカートがふわりと浮き、きれいな円を描いた。
小歌舞伎の円運動と、橘ゆりかの円運動はそれぞれ真逆の方向を向いていた。カウンターの一撃を加えられたのは、リーチの差で橘ゆりかの蹴りだった。
右肩に激痛が走り、小歌舞伎は地に倒された。
「なあんや、大したことないやんか。歌舞伎シスターズ」
「痛てぇじゃねぇか……この、出っ歯」小歌舞伎は悔し紛れに言った。
「はあ? 私が出っ歯ぁ? あんたのほうが出っ歯やん」
それは小歌舞伎が最も気にしている、自分の身体的特徴だった。
かちん――と、頭の中でなにかが弾けた。
『欠点』を指摘されたことによって、急激にアドレナリンが放出されたのか、小歌舞伎は右肩の痛みを感じなくなった。手をついて立ち上がり、怒りに任せて橘ゆりかに突進した。
いつの間にか大川藍が背後に回りこんでいたと知ったのは、その直後だった。セーラー服の襟を引っ張られたのだ。
「――てめっ」小歌舞伎は振り返りざま、裏拳を叩き込むべく手首に力を入れた。
しかしそれは見事なほどの空振りで、小歌舞伎は落ちる寸前の竹とんぼみたいにだらしなくくるりと回り、倒れた。
そこにやってきた橘ゆりかが先ほど痛打した、小歌舞伎の右肩を踏みつけた。
小歌舞伎は絶叫した。
「そんなに出っ歯が気になるなら、抜いたろか」橘ゆりかが笑った。
もはや小歌舞伎には立つ気力がなかった。少しでも動こうとすると、右肩に乗せられている橘ゆりかの脚がぐりぐりと動き、痛みを倍増させたからだ。
「でも、歯を抜くのはかわいそうやで、ゆりか」
「そうやな。でも、わたしを辱めた分は反省してもらわんとあかん」
「そらそうや」大川藍はそう言うと、ブレザーの内ポケットからカッターナイフを取り出した。
チキチキと音を立てて伸びる刃が、太陽の光を反射した。
小歌舞伎は、四天王のゲキカラに一方的にやられたときのことを思い出し、恐怖に駆られた。
「この、飾り立てられたきれいな制服、やったるか」
橘ゆりかは言い、セーラー服の上着の腹部の裾に刃を当てたかと思うと、そのまま一気に襟まで裂いた。顔面に刃が迫ってきたとき、小歌舞伎はひぃっと声を上げてしまい、顔を反らせた。
縦に裂かれたセーラー服が、はらりと風に舞うように小歌舞伎の無防備な胸を露にした。
「洒落たブラ付けとるやん。あんたには似合わへんよ、こんなん」
橘ゆりかは胸の谷間に刃を差し込むように入れた。ひんやりとした刃の感触があった。
――やめて……。
もはや「女」に戻ってしまった小歌舞伎には、搾り出す声もなかった。
カッターの刃がブラジャーのレースを引き裂いていく。やがてそれがプチンと弾けると、豊満な胸が開放された。
橘ゆかりは爆笑し、小歌舞伎から離れた。反撃のチャンスだったが、もはや小歌舞伎にその気力は残っていなかった。ケンカは拳だけでするものではない、と小歌舞伎は悟った。
小歌舞伎は上半身を起こした。セーラー服の上着とブラジャーがだらりと垂れ下がり、胸が無防備になっていた。小歌舞伎は反射的に手で胸を隠した。
それまで一歩離れた場所で見ていた森田涼花が近づいてきた。
「あんたらが今までしてきたことを考えたらこんなもんじゃすまへんけど、今日は初めてやから、このくらいにしといたる」森田涼花は言った。「これにて一件落着ってとこやな」
橘ゆりかと大川藍が笑った。
小歌舞伎には、その声がどこか遠くから聞こえてくるように思えた。
【つづく】
・某テレビドラマのパロディ小説です。パロ嫌いな人は読まないでね。
・あとから矛盾とか出てきたらこっそり書き直します。
・著者の上戸に格闘技経験はないので、おかしな箇所があったらこっそり教えてください。こっそり書き直します。