■決心1-1■
プリクラとの一件があってから、チームホルモンのなにかが変化していた。
まず、アキチャが放課後、一人で下校した。
それまで五人は、いつも一緒だった。駅までの登下校の途中、ときにはケンカの相手を探したり、喫茶店や焼肉店に寄り道をしたりという、いつもの生活パターンが変わった。
それからアキチャは休み時間にも別の教室に行ったり、授業中の「ホルモンタイム」でも口数が少なくなった。ヲタが話しかけても気の無い返事をし、自分から話題を振ることもなくなった。
そしてウナギがそれに続き、アキチャと行動を共にするようになった。バンジーが放課後に誘っても先約があると断り、アキチャと町へ消えた。
ムクチは相変わらずだったが、今まで以上に寡黙になり、笑顔が薄くなっていった。
バンジーは、アキチャとウナギの「離反」に苛立っているのか、二人に対しての言葉遣いが荒くなった。
他の生徒からの目も変わった。
今まで挨拶をしてきた一、二年生たちの、メンバーを見る目つきがちがっていた。今までどおり頭を下げるものの、その角度は明らかに浅くなっていたし、声も小さい。気のせいか、こちらをあざ笑っているような表情に見えることさえある。
ラッパッパから二年を仕切ることを許されているチームホルモンとしては、これは由々しき事態だった。この現状がサドの耳に入れば、チームホルモンは格下げされ、プリクラ率いる純情堕天使が新たに二年を仕切ることになるかもしれない。
それはもっとも嫌なことだった。
こうなった原因は、朝日奈央と戦った、あの放課後にある。
自分がもっと強ければ負けなかっただろう。現状を解決するには、朝日奈央と再戦して勝ち、リーダーとしての威信を取り戻すしかない。
――けど、勝てんのかよ?
自問の答えは考えるまでもなかった。
かといって何ができるわけでもなく、ヲタはずるずると結論を先延ばしにすることしかできなかった。それは、認めたくなかったが、ヲタのそれまでの生き方そのものだった。ヲタは自分のそんな部分は嫌いだったし、どうにかしたいとは思っている。
しかし思っているだけ。
行動するきっかけがないからだ。とことん追い詰められればできる。自分はできるはず。でも、まだ今はそのときではない。そこまで追い詰められてはいない。人生はこの先、まだまだ長い。焦ったって仕方ない。
そうして今日も、ヲタは自分をごまかしていた。
ある日の放課後、通学路にある整備された土手から川面に降りる階段でダベっていたヲタとバンジーとムクチの三人のところに、鬼塚だるまがやってきた。
「お前ら、最近、様子がおかしいな」だるまは片手に、パックに入った八個入りのたこ焼きを持っていた。「高城と北原、いつもおらんやないか」
その日もアキチャとウナギは終業のチャイムと同時に帰ってしまっていた。
「別になんでもねえ」
ヲタがたこ焼きに手を伸ばすと、バンジーとムクチも当然といった仕草で続いた。
「ちょっ……、だれが食うてええ言うた?」
「いいじゃねぇか。みんなで食べたほうがおいしいって、前に言ってただろ」
「――ったく……。一個だけやで」
「うん、熱々でうめぇな……」濃いめのソース味の効いたたこ焼きは、ヲタをつかの間幸せにした。「お前こそ、今日は金魚の糞みたいに前田にくっついてなくていいのかよ」
「あつ姐は今日はバイトや」
「ま、今までだってお前がいたところで意味なかったけどな」
「そうそう」バンジーが頷いた。
ムクチはまだたこ焼きを口の中に入れず、不思議そうな顔をしてそれを空に掲げて眺めていた。
「俺のことはええ。お前らのことを聞きたいんや」
「おれらのこと?」
「そうや、チームホルモンのことや。あつ姐も心配しとったで」
「前田が……なんで?」
「本当に強い人ってのは、優しさも半端なく大きいんや」
たしかにそうかもしれない、とヲタは思う。
――案外、いい奴かもしれないな、前田。
だが、口を突いて出てきた言葉は、反射的な照れ隠しとなってしまった。「――前田に伝えておけ。関係ないことに口出しすんなって」
「関係なくはないやんか。クラスメイトなんやから」
「だったら前田が直接来いよ」
「だから、あつ姐は今日はアルバイトで忙しいから、俺が代わって様子を聞きに来たんや。とは言っても、あつ姐がそうしろ言うたわけやないで。おれが勝手にやったことや」だるまはそこから神妙な顔つきになって、「――近頃のおまえら、なんかあったんか?」
「だからなんにもねぇって……」
と、ヲタはだるまの言葉を否定したが、言い終わる前にバンジーが口を挟んだ。
「先々週、おれたちが亜利絵根女子高の朝日って奴にボコられたのはお前もウワサで聞いてただろう? しかも二回もやられたんだ。それ以来、こいつが落ち込んじまってよ……」と、バンジーはヲタを親指で示した。「それでアキチャとウナギがあきれちまったってわけさ」
「二回もやられたんか」
「ああ。本当だ」
「なら、その朝日って奴とまたタイマン張ればええやないか。負けて負けて負け続けても、勝てるまでやったらええんや」
「勝てるわけがねえ」ヲタは言った。「あいつは強え」
「そいつはあつ姐より強いんか?」
「それはわからねぇけど……」
「だったらいつかは勝てるんとちゃうか。というか、朝日が強いんやなくて、お前が弱いんちゃうか?」
そのだるまの言葉は、ヲタの胸に突き刺さった。
――そう。弱いのは自分だ……。
ヲタはわかっていた。わかっていたからこそ、考えたくなかった。
自分には、本当は二年を統べる力などない……。
だるまから目を逸らすと、バンジーと目が合った。
たこ焼きが中に入っているらしく、右側の頬が丸く膨らんでいるムクチとも。
二人の無言の肯定が、ヲタには痛かった。
過去、チームホルモンは純情堕天使と、二年の覇権を争った。勝ったほうがラッパッパの元に承認されることになっていたが、力は均衡していたため、決着はなかなか着かなかった。
チームホルモンにとって幸いだったのは、膠着状態に入ったとき、プリクラが不純異性交遊で停学になったことだった。
一時的とはいえ、リーダーを失った純情堕天使に勝つのは容易かった。ナツミ、サキコ、トモミ、マユミ、ハルカもそれなりに強かったが、やはり「それなり」でしかなかった。
もしブリクラが停学にならなければ、チームホルモンは今のような大きな顔はできなかったのだ。
「そうか……。それが引っかかってたんだな」
ヲタは独り言をつぶやいた。
「なにが引っかかってたんや?」
「お前には関係ない。というか、お前がこの学校に来る前の話しだ」
「良かったら、力貸すで」
「いや。それはいらない。自分たちでケリをつけなければ意味ないんだ」
「ヲタ、なにするつもりだ」バンジーが怪訝な表情になった。
「だるまの言うとおり、おれは弱いのかもしれない」
「んなことはねぇ。おい、だるま。訂正しろ」
「なんでおれが修正せなならんのや?」
「いいんだ、バンジー。ちょっと聞いてくれ」ヲタは神妙になった。「プリクラの停学が解けてマジ女に戻ってきた今、おれたちには戦う義務があるし、あいつらには戦う権利がある」
「そんなことは関係ねぇ」バンジーが言った。「プリクラがいようといまいと、おれたちは勝った」
「たしかにそうだ。でも、おれにはそのことがずっと引っかかっていたんだ。それでいいのかって」
「ラッパッパの大島さんからも承認を受けたし……」
「ちがうんだ。そういうことじゃないだろう……その、戦うってことは」
「ちがわねぇ」
「ビビってんのか?」
「ビビってなんかいねぇ」
「だったらやるべきだ。戦うってのは、単に覇権をどちらが取るかってことじゃない」
「プリクラか?」
ヲタは少し考えてから、
「――そうだ」
と認めた。
「なるほどな。それなら納得がいく」バンジーは言った。「おまえにも自信をつけさせてやりたいし。ちょうどいいかもしれないな」
「だが、本気でやるために、ひとつ条件を設定する」
「なんだ、その条件って?」
「負けたらチームホルモンは解散する」
ヲタは静かに言った。
【つづく】
・某テレビドラマのパロディ小説です。パロ嫌いな人は読まないでね。
・あとから矛盾とか出てきたらこっそり書き直します。
・著者の上戸に格闘技経験はないので、おかしな箇所があったらこっそり教えてください。こっそり書き直します。