■特訓1-2■
女たちはどう見ても女子高生という年齢ではなかったし(とはいえ、三十代にも見えないが)、制服も着ていなかった。ボディラインが浮き出る少し派手なスーツの、いかにも水商売風といった服装である。ヲタには見覚えがない三人だった。
だるまが三人に近づき、頭の先から足元まで、大げさな身振りで嘗め回すように見た。
「なに、いきがってんの?」ぽっちゃりとした人懐こそうな女が言った。「あたしたち、ケンカしに来たけじゃないから」
「そうよ、おデブちゃん……」スリムで、やけに色香を漂わせた女がだるまの頬を、顎から上へと撫でた。
「なんやとぉ……」だまるはその態度に声を荒げ、女に近寄り、得意の頭突きを食らわそうと頭を後ろに反らせた。
次の瞬間、女の右手が凄まじい速度でだまるのクビをつかんだ。
「めーたんっ、やめなよっ」ぽっちゃりとした女が制したが、めーたんと呼ばれた女の頬は上気し、瞳には淫靡な色が浮かんだ。
だるまは、ぐえっと呻き、女の右手を両手で掴んだ。体格は明らかにだるまが上回っており、力もそれに習うはずだった。しかし、だるまは女の右手を握ったまま、引き剥がせずにいる。この細身の体に、どれほどの力があるというのか。ヲタは立ち尽くした。
さらに驚いたのは、今やめーたんがだるまの体そのものを支えているということだった。だるまは完全に体のバランスを崩していて、めーたんが右手を離せばそのまま地面に倒れてしまうだろう。あの細い腕の、どこにそれだけの力があるのかわからなかった。
「頭突きってのはね……」めーたんはだるまを手繰り寄せるように引っ張った。「こうするんだよっ」
めーたんは、ボクシングのスウェーバックのように状態を後ろに反らし、だるまの額に頭突きを決めた。
「っっいっでえぇぇぇぇぇ……」
右手を離されただるまは石畳の上に倒れ、額を押さえた。
「――ったく……ほんと、ケンカっぱやいんだから……」ぽっちゃりした女が呆れたように言い、転がっただるまを見た。「あんたも悪いわよぉ。ケンカしにきたわけじゃないって言ったのに……」
「そうよ……」頭にティアラを付けた女が割って入った。「その制服が懐かしいから声かけただけだって……」
「懐かしいって……」ヲタは訊ねた。「もしかして、マジ女のOBっすか……?」
「ブルーローズって聞いたことない?」
「――ブ、ブルーローズ……」
ヲタは戦慄した。
マジ女でブルーローズを知らない人間はいない。
「すっ、すみませんでした……っ」ヲタは光の速度で土下座の体制をとった。「こいつ、最近転校してきたばっかりで、まだなにも知らないんです……。すみません。無礼な態度、許してくださいっ……痛てっ……」
ヲタは勢いあまって、石畳に額をぶつけた。
「パ、パイセンでっか……」ヤンキーは年功序列を異様なほど重んじる。だるまも例外ではないようだった。ヲタの横に来ると、正座をして頭を下げた。「し、し、失礼しました……。自分、転校生でなんも知らんとはいえ……」
「いいっていいって」めーたんは笑った。「もう、わたしたち卒業して更正したから」
「なにが更正よ。めーたん、昨日も酔っ払い相手に啖呵切ってたじゃない」ぽっちゃりした女がツッコミを入れた。
「ノンティに言われたくないわ」
「そんなことどっちだっていいでしょ」ティアラの女が言った。「それより、この子たち、完全にビビっちっゃてるよ……ごめんねぇ……」
「い、いえ……」ヲタは額を石畳につけたまま答えた。
ブルーローズは伝説のマジ女最強軍団で、今でもその名は語り継がれている。コーラス部を母体とする全盛期のブルーローズの強さは、今のラッパッパなど相手にならないほどだとさえ聞いた。当時から敵対していた矢場久根の生徒二百人を相手に一歩も引かず、たった三人でマジ女を守った話を、ヲタは入学してからすぐに耳にした。
その伝説の三人がここに――? ヲタには責任はないとはいえ、こうなってはただではすまないだろう。特訓を始めてすぐに半殺しの目に合うとはついてない。ヲタは逃げ出したくなってきた。
三人が目の前でいくらはしゃいでいても、いや、はしゃげばはしゃぐほど、恐怖は増した。暴力が日常になっている人間は、普通に人を殴る。この「普通に」というのがもっとも怖いことを、ヲタは17年の人選経験で学んでいた。
「パイセンだと知らぬとはいえ、申し訳ありませんでした。悪いのは、自分です。こいつは許してやってつかぁさい……」
「だるま、おめぇ……」
「だーかーらーぁ」ノンティが言った。「そういうのは卒業したから。もう、土下座なんてやめてよ。知らない人が見たら、この状況、どう考えてもあたしらがカツアゲしてるみたいじゃん。シンディからも言ってよ」
「ノンティの言う通りよ」シンディと呼ばれたティアラの女が微笑んだ。「別になんかしようとして声かけたわけじゃないから」
「ちょっと遊んでやっただけだから、あたしはなにも気にしてないわ。ほら、立ちなさい」めーたんはヲタとだるまをうながした。
しかし、とはいえ、ここは完全に許してもらえるまで土下座を続けるつもりだった。
この三人が本気になれば、自分たちなど瞬殺される。
「もうわかったから……」ノンティがヲタのジャージの襟をつかんで、上半身をひょいと持ち上げた。その力に、ヲタはまた驚いた。「めーたんも、もうなにもしないよ。ね、めーたん」
「しないわよぉ」めーたんの朝に似つかわしくない、ハスキーだが艶のある声は、たくさんの男の人生を狂わせてきたことをうかがわせた。
「ほらほら、立った立った……」ノンティの誘導に、ヲタはだるまと視線を交わしながら従った。
【つづく】