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■台場から来た少女 1―3■
放課後までは長かった。
授業など、もとよりまともに受ける気はないが、今度は心構えができている余裕と、仲間と一緒だという安心感、そしてほんの少しの不安が入り混じって、ヲタは放課後までの時間をどう過ごしたかさえはっきりと覚えていなかった。それはチームホルモンのメンバーも同じだったようで、教室で消費した焼肉の量はいつもの半分くらいだった。
そんな中でもバンジーだけは意気盛んに見えた。ヲタに大口を叩いたからにはそうでなければ困るし、チームホルモンの特攻隊長としての面目も立たない。
ウナギとアキチャは緊張を隠せていなかった。ムクチはいつもながらの平らな表情だったが、どことなく暗い影が浮かんでいた。
昨日は不意打ちを食らったとはいっても、やはり情けない負け方だった。今日こそは仕返しをしなくてはいけない。チームのみんなの目の前で。でなければ、あの女――プリクラから奪い取ったリーダーの座が危ぶまれてしまう。
三時間目の数学の時間(といってもヲタには何の授業でも関係なかったが)、そんなチームホルモンの様子に気づいたらしく、だまるが話しかけてきた。
「おい、おめえら。今日はやけに辛気臭いな」
「うるせぇよ」バンジーが言った。「おめえには関係えねぇ」
「うわさは聞いたでぇ。亜利絵根の奴にボコられたって……」
「うるせえって言ってんだろ」今度はをヲタが言った。「あたしらがやられるわけねぇ……ところで、だれに聞いた、それ?」
だまるはふっと笑って、「やっぱり本当だったみたいやのぉ。俺も風の噂で聞いただけだからはっきりとは知らねぇが……」
「どんな風だよ」
「あつ姐」だまるは隣の席の前田敦子に振り返った。「あつ姐も聞いとりますか? こいつらの噂……」
ノートをとっていた前田は、ちらりとヲタたちを見やっただけで、なにも言わずに再び机の上に視線を落とした。
知ってるな、とヲタは察した。
「とにかくだ」バンジーが言った。「その件を言ってまわるのはやめろ。事実かどうかじゃなくて、そんな噂が一人歩きしたら面倒くせぇことになるからだ。わかったな、だまる」
だまるはおどけた感じで、「へぇ」と言って、黒板のほうを向いた。
いや、もう面倒くさいことになりつつある、とヲタは思った。
一日の終わりを告げるベルが鳴ると、チームホルモンのメンバー五人は学校を飛び出した。
そして昨日、ヲタとムクチが襲われた公園に向かう。
戦いはシミュレートしてあった。五人という数の利を生かした作戦で、これがチームホルモンの基本パターンだった。
「まだ早いかもしれねえ」ウナギがヲタに言った。
「かもな。でも、なぜだか知らねえけど、いるような気がする」ヲタは答えた。
先頭を歩くのはバンジーだった。続いてヲタがウナギと並び、アキチャとムクチが背後からの襲撃に備える。
その公園には大きな森があり、外からは中が見えない。しかも枝分かれした道が幾重にも伸びていて、人を襲うには格好の場所と言えるだろう。敵対している馬路須加女学園と矢場久根女子高が地理的に近いこともあり、この付近ではもっとも治安の悪い公園として知られ、この森に立ち入る地元の人間は皆無だった。
昨日、待ち伏せをされた場所に近づくにつれ、ヲタは久しぶりに期待と恐怖で胸が躍るのを感じた。
「……あいつか?」先頭を行くバンジーが立ち止まった。
公園のほぼ中央に、花壇の作られた「憩いの場所」がある。そこに昨日と同じ制服姿の朝日奈央がいた。
「こんちはー。今日は友だち連れてきたんだ?」
「てめえか、亜利絵根の朝日ってのは」バンジーがカバンを投げ捨て、戦闘体制に入る。
「奈央でーす」
「っざけんなっ」
バンジーは駆け出し、朝日に襲いかかった。
バンジーは俊敏な動きで間合いを詰め、鋭いパンチを繰り出した。朝日は一歩下がってそれをかわす。
すかさずウナギとアキチャが朝日の左右に展開する。
バンジーは小刻みにパンチを打ち、朝日の視線を自分に集中させる。これは当たらなくてもいい。ウナギとアキチャの動きを悟らせないための陽動、いわば時間稼ぎだ。
「全然当たらないんですけど」
言いながら、朝日はさらに下がり、昨日ヲタが体を打ちつけた花壇までたどり着いた。逃げ場なし。
ヲタもムクチを引き連れて、朝日に近寄っていく。
朝日の両側にウナギとアキチャが迫った。その差わずか。もう、手を伸ばせば朝日を捕らえられる。あとはサンドバック状態に……。
そのとき、ウナギとアキチャの体が、背中から「く」の字に折れた。
ハッとしたときには遅かった。いつの間にか二人の背後に、朝日と同じ制服の女がいた。二人がウナギとアキチャに背中からキックを浴びせたのだ。朝日の視線を奪ったつもりが、一瞬で逆の立場に置かれてしまった。
バンジーも手を止めて、その光景に目を向けていた。
「あんたたちの戦い方はもう情報収集してるし」朝日が言った。「ワンパターンで助かったなあ」
左側の女は少しふっくらとしていて、大きな瞳と口が特徴的だった。右の女は朝日よりも背が高く、典型的アジア人という感じの顔立ちだった。
「これで3対3で、対等になったね」
「黙ってな」バンジーが、今度は本気のパンチを放った。狙いは朝日の顔面。
だが、それよりも早く、朝日の右フックがバンジーのわき腹をえぐった。
グッ、と声を上げ、バンジーは苦悶の表情を浮かべる。
それでもパンチは辛うじて朝日の頬を襲った。
さすがはジンジー、とヲタが感心したのもつかの間、朝日は殴れられたのが嘘のように、それまでと変わらぬ様子でもう一度、フックをバンジーに叩きこんだ。今度は一発だけではなく、激しい連撃となった。
倒れこもうとするバンジーを、朝日は髪の毛を掴んで支え、何度も何度も腹を狙った。
ヲタは動けなかった。バンジーが最初のパンチを放ってから、ものの五秒と経っていない。
今までたくさん喧嘩はしてきたが、これほど動きの早い相手と戦ったことはなかった。いや……前田敦子を除いては。
――ということは、この女、前田並みに強ええのか……?
前田に瞬殺された、あの日の苦い思い出がよぎる。
「2対3になっちゃったけど、どうする?」朝日は倒れたバンジーを踏みつけた。「あ。その前に、紹介しておくね。こっちは菊池亜美」
「"あみみ"って呼んでね」
「んで、こっちは酒井瞳」
「"さかっち"でいいよ」
「二人とも、私と同じく十傑衆なの。仲良くしてね……って、無理か」
「……てめえら、なにが知りたいんだ?」
「うん。そのことだけどね……もういいや。昨日、別の子に聞いちゃったし」
「だれだ」
「教えられないけど、マジ女の子だと思うよ。やけにいろんなこと知ってたから」
ヲタの脳裏に、ちらりとネズミの姿が浮かんだ。あの、なにを考えているのかわからない女ならやりかねない。
それにしても、こいつらはラッパッパのことを調べてどうするつもりなのか……。
「そうか……ならいい。どっちにしても、てめえはあたしが倒す」
「えー、怖ぁい」
朝日のおどけた調子が指原をいらつかせる。もう我慢ならない。「行くぞ、ムクチっ」
振り返った指原がそこに見たものは、さかっちに伸されたムクチの姿だった。
いつの間に……。
次の瞬間、ヲタは頬に熱い衝撃を受けた。ガツンと来る、文字通りの衝撃だった。
ヲタが気絶する前に理解できたのは、それが朝日の放ったストレートパンチだということだけだった。
【つづく】
放課後までは長かった。
授業など、もとよりまともに受ける気はないが、今度は心構えができている余裕と、仲間と一緒だという安心感、そしてほんの少しの不安が入り混じって、ヲタは放課後までの時間をどう過ごしたかさえはっきりと覚えていなかった。それはチームホルモンのメンバーも同じだったようで、教室で消費した焼肉の量はいつもの半分くらいだった。
そんな中でもバンジーだけは意気盛んに見えた。ヲタに大口を叩いたからにはそうでなければ困るし、チームホルモンの特攻隊長としての面目も立たない。
ウナギとアキチャは緊張を隠せていなかった。ムクチはいつもながらの平らな表情だったが、どことなく暗い影が浮かんでいた。
昨日は不意打ちを食らったとはいっても、やはり情けない負け方だった。今日こそは仕返しをしなくてはいけない。チームのみんなの目の前で。でなければ、あの女――プリクラから奪い取ったリーダーの座が危ぶまれてしまう。
三時間目の数学の時間(といってもヲタには何の授業でも関係なかったが)、そんなチームホルモンの様子に気づいたらしく、だまるが話しかけてきた。
「おい、おめえら。今日はやけに辛気臭いな」
「うるせぇよ」バンジーが言った。「おめえには関係えねぇ」
「うわさは聞いたでぇ。亜利絵根の奴にボコられたって……」
「うるせえって言ってんだろ」今度はをヲタが言った。「あたしらがやられるわけねぇ……ところで、だれに聞いた、それ?」
だまるはふっと笑って、「やっぱり本当だったみたいやのぉ。俺も風の噂で聞いただけだからはっきりとは知らねぇが……」
「どんな風だよ」
「あつ姐」だまるは隣の席の前田敦子に振り返った。「あつ姐も聞いとりますか? こいつらの噂……」
ノートをとっていた前田は、ちらりとヲタたちを見やっただけで、なにも言わずに再び机の上に視線を落とした。
知ってるな、とヲタは察した。
「とにかくだ」バンジーが言った。「その件を言ってまわるのはやめろ。事実かどうかじゃなくて、そんな噂が一人歩きしたら面倒くせぇことになるからだ。わかったな、だまる」
だまるはおどけた感じで、「へぇ」と言って、黒板のほうを向いた。
いや、もう面倒くさいことになりつつある、とヲタは思った。
一日の終わりを告げるベルが鳴ると、チームホルモンのメンバー五人は学校を飛び出した。
そして昨日、ヲタとムクチが襲われた公園に向かう。
戦いはシミュレートしてあった。五人という数の利を生かした作戦で、これがチームホルモンの基本パターンだった。
「まだ早いかもしれねえ」ウナギがヲタに言った。
「かもな。でも、なぜだか知らねえけど、いるような気がする」ヲタは答えた。
先頭を歩くのはバンジーだった。続いてヲタがウナギと並び、アキチャとムクチが背後からの襲撃に備える。
その公園には大きな森があり、外からは中が見えない。しかも枝分かれした道が幾重にも伸びていて、人を襲うには格好の場所と言えるだろう。敵対している馬路須加女学園と矢場久根女子高が地理的に近いこともあり、この付近ではもっとも治安の悪い公園として知られ、この森に立ち入る地元の人間は皆無だった。
昨日、待ち伏せをされた場所に近づくにつれ、ヲタは久しぶりに期待と恐怖で胸が躍るのを感じた。
「……あいつか?」先頭を行くバンジーが立ち止まった。
公園のほぼ中央に、花壇の作られた「憩いの場所」がある。そこに昨日と同じ制服姿の朝日奈央がいた。
「こんちはー。今日は友だち連れてきたんだ?」
「てめえか、亜利絵根の朝日ってのは」バンジーがカバンを投げ捨て、戦闘体制に入る。
「奈央でーす」
「っざけんなっ」
バンジーは駆け出し、朝日に襲いかかった。
バンジーは俊敏な動きで間合いを詰め、鋭いパンチを繰り出した。朝日は一歩下がってそれをかわす。
すかさずウナギとアキチャが朝日の左右に展開する。
バンジーは小刻みにパンチを打ち、朝日の視線を自分に集中させる。これは当たらなくてもいい。ウナギとアキチャの動きを悟らせないための陽動、いわば時間稼ぎだ。
「全然当たらないんですけど」
言いながら、朝日はさらに下がり、昨日ヲタが体を打ちつけた花壇までたどり着いた。逃げ場なし。
ヲタもムクチを引き連れて、朝日に近寄っていく。
朝日の両側にウナギとアキチャが迫った。その差わずか。もう、手を伸ばせば朝日を捕らえられる。あとはサンドバック状態に……。
そのとき、ウナギとアキチャの体が、背中から「く」の字に折れた。
ハッとしたときには遅かった。いつの間にか二人の背後に、朝日と同じ制服の女がいた。二人がウナギとアキチャに背中からキックを浴びせたのだ。朝日の視線を奪ったつもりが、一瞬で逆の立場に置かれてしまった。
バンジーも手を止めて、その光景に目を向けていた。
「あんたたちの戦い方はもう情報収集してるし」朝日が言った。「ワンパターンで助かったなあ」
左側の女は少しふっくらとしていて、大きな瞳と口が特徴的だった。右の女は朝日よりも背が高く、典型的アジア人という感じの顔立ちだった。
「これで3対3で、対等になったね」
「黙ってな」バンジーが、今度は本気のパンチを放った。狙いは朝日の顔面。
だが、それよりも早く、朝日の右フックがバンジーのわき腹をえぐった。
グッ、と声を上げ、バンジーは苦悶の表情を浮かべる。
それでもパンチは辛うじて朝日の頬を襲った。
さすがはジンジー、とヲタが感心したのもつかの間、朝日は殴れられたのが嘘のように、それまでと変わらぬ様子でもう一度、フックをバンジーに叩きこんだ。今度は一発だけではなく、激しい連撃となった。
倒れこもうとするバンジーを、朝日は髪の毛を掴んで支え、何度も何度も腹を狙った。
ヲタは動けなかった。バンジーが最初のパンチを放ってから、ものの五秒と経っていない。
今までたくさん喧嘩はしてきたが、これほど動きの早い相手と戦ったことはなかった。いや……前田敦子を除いては。
――ということは、この女、前田並みに強ええのか……?
前田に瞬殺された、あの日の苦い思い出がよぎる。
「2対3になっちゃったけど、どうする?」朝日は倒れたバンジーを踏みつけた。「あ。その前に、紹介しておくね。こっちは菊池亜美」
「"あみみ"って呼んでね」
「んで、こっちは酒井瞳」
「"さかっち"でいいよ」
「二人とも、私と同じく十傑衆なの。仲良くしてね……って、無理か」
「……てめえら、なにが知りたいんだ?」
「うん。そのことだけどね……もういいや。昨日、別の子に聞いちゃったし」
「だれだ」
「教えられないけど、マジ女の子だと思うよ。やけにいろんなこと知ってたから」
ヲタの脳裏に、ちらりとネズミの姿が浮かんだ。あの、なにを考えているのかわからない女ならやりかねない。
それにしても、こいつらはラッパッパのことを調べてどうするつもりなのか……。
「そうか……ならいい。どっちにしても、てめえはあたしが倒す」
「えー、怖ぁい」
朝日のおどけた調子が指原をいらつかせる。もう我慢ならない。「行くぞ、ムクチっ」
振り返った指原がそこに見たものは、さかっちに伸されたムクチの姿だった。
いつの間に……。
次の瞬間、ヲタは頬に熱い衝撃を受けた。ガツンと来る、文字通りの衝撃だった。
ヲタが気絶する前に理解できたのは、それが朝日の放ったストレートパンチだということだけだった。
【つづく】