■対話■
純情堕天使リーダーのプリクラは、バンジーがメールで頼んでおいた通り、一人で図書室に現れた。
セーラー服の上にライダースジャケット(セーラーの襟はジャケットの上から出している)、歩くだけで下着が見えそうな丈のプリーツスカート、そして脚には頑丈そうな8ホールブーツといういでたちのプリクラは、机のあいだを縫うようにしてバンジーの元へやってきた。
閉まっている窓ガラスにもたれ、腕を組んで立っていたバンジーが「よっ」と声をかけると、プリクラは小さくお辞儀をした。
放課後の図書室には二人のほかに、だれもいない。
プリクラは窓際の椅子に座り、バンジーを見上げた。「私にジントウさんからメールが届くなんて初めてですよね」
「ああ……」バンジーはうなずいた。「すまねえな。時間取らせて」
バンジーがプリクラにメールを出したのは、一時間目が終わった休み時間だった。チームホルモンのメンバーにわからないよう、トイレの個室で携帯を使った。
――放課後、図書室で待つ。一人で来てほしい。
文面は簡素にした。返信はなかったが、それが答えだった。
「一人で来いってあったから、タイマン張るのかと思いましたよ」
「あんたに聞きたいことがあってね。他の連中がないところで静かに話したかったんだ」
「なんでしょう?」
「ヲタがあんたに負けた次の日から行方不明になっているんだ」
「――そのようですね」
「毎日携帯に電話してるんだけど電源切ってるみたいでつながらないし、メールを出しても返信がないんだ。それで、あんたがなにか知ってやいないか、と思ってな」
「ジントウさんに連絡してこないのに、私に連絡してくるわけないでしょう」
「いや――あいつの性格を考えると、一番連絡しにくいのはあたしだろう。距離が近すぎるってのも、時には障害になることがある」
「たしかにそうかもしれませんね」
「だからいまのあいつは、自分のことをよく知っているダチより、むしろ関係性が薄いやつになら連絡してるんじゃないかと思ってな。それがだれかって考えたら――」バンジーは間をおいて、「あんただよ、プリクラ」
「でも残念ながら、私はユビハラさんにそこまで信用されてないようです。なんの連絡もありません。嘘じゃないですよ。第一、私はユビハラさんのメルアドも番号も知りません。私、ユビハラさんに嫌われてますから……。あ。あなたにも嫌われてましたね」プリクラはバンジーに笑顔を向けた。
「嫌いややつに相談なんかするかよ」
いなくなったのはヲタだけではない。鬼塚だるまもまた、まったく同じ日から学校に来なくなっている。ふたりが一緒にいることはまちがいなかったが、なにをしているのか……。ひとつ思い当たることがあったが、ヲタの性格を考えるとそれははずれている可能性が高い。
――あいつが特訓なんてするわけがない。
特訓をしていると考えれば、だるまとふたりで消えた理由に説明が付く。しかしだるまに先生役が務まるだろうか。ヲタがそれに従うだろうか。なにより、あの根性なしのヲタが、特訓――もう四日間が過ぎている――なんて続けられるだろうか。
「――私に負けてからいなくなったなら、私に勝つために特訓でもしてるんじゃありませんか?」
「だといいんだけどよ。でも、あいつにそんな根性あるかな……」バンジーは窓の外を見た。体育館に通じる渡り廊下を見下ろすと、仮面を被った女ががだれかをカツアゲしていた。たかが一人のヤンキーがいなくなったところで、この学校も世界も、なにも変わりはしない。バンジーは世の中の残酷さが、少しわかったような気がした。
けれどもそれは、バンジーにとっては大きな「事件」だった。
「私はジントウさんが思っているほど、ユビハラさんはヘタレじゃないと思いますよ。あの人は、ヘタレというより内弁慶なんです。仲間内ではでかい態度も、ちょっと外の空気を吸っただけでしゅんとなる。たまに他校とケンカになってもビビるばかりで役に立たないでしょう」
バンジーは鼻で笑った。「――かもな」
「ジントウさんはユビハラさんに近すぎるからわからないんです」
バンシーはその言葉に、はっとした。
――そうかもしれない。
自分とヲタは近すぎる。だから見えるのはあくまでも一部分でしかない。引いて見ている人間にしかわからないこともあるだろう。
「ユビハラさんが本当にヘタレなら、ジントウさんに場所を告げてから行くでしょう。いざとなったら迎えに来てほしいから。そんなことをしなくていいと言ってほしいから。けど、ユビハラさんはそうしなかった。一番のダチであるジントウさんになにも言わずに消えた。携帯の電源も切り、連絡も絶っている。ユビハラさんなりの覚悟があるはずです。それなら――ダチを信じなくて、なにがヤンキーですか?」
プリクラの言うとおりだった。
バンジーはガラス越しに、空を見上げた。
普段は意識しないが、雲はゆっくりと流れている。
なにかの鳥が、つーっと滑るように視界を横切った。
ヲタとは毎日顔を合わせ、行動を共にし、楽しいことも辛いことも経験した。つながっていると思っていた。マブダチはだれかと聞かれれば、一番先に出てくる名前はヲタだ。
その思いを裏切るかのように、ヲタはバンジーになにも告げず、いなくなった。なんでも話してくれる間柄じゃなかったのか。自分はマブダチじゃなかったのか。
もやもやした気分になるのは、結局のところ自分のことしか考えていないからだ。自分がすっきりしたいから、不安で仕方ないから、だれかに聞いてほしいから、こうしてプリクラに思いの丈をぶちまけているにすぎない。ヲタがバンジーにさえなにも告げずに去った気持ちを考えず、プリクラなら知っているかもしれないという、まずありえないほどに低い可能性にすがった。アキチャとウナギとムクチに聞けなかったのは、旧チームホルモンのサブリーダーとしてのメンツが許さなかったからだ。三人もそのことは、おそらくわかっているのだろう。だれも、バンジーにヲタのことを訊ねてこない。三人はバンジーを気遣っている。旧チームホルモンのサブリーダーであるバンジーを。
「――ジントウさん」プリクラが立ち上がり、歩き出した。そしてバンジーのすぐ横に立つと、腕組みをして窓ガラスに体をあずけた。窓の外を見る自分と、まったく逆の方向を向いたプリクラを、バンジーは横目で見た。「私たちヤンキーは世間の爪はじき者です。ケンカだけではなく、万引きはするわ、夜中に暴走するわ、カツアゲをするわ、憂さ晴らしに見知らぬ人をボコるわ、そんなことを平気な顔をしてやってしまう。私たちは、どうしようもない最低の人間です。でも、私たちでもたったひとつ、これだけは誇れるってものがあります。先輩を敬い、ダチを信じることです。だからユビハラさんを信じましょう。あの人は、きっと帰ってきますよ――あなたの元に」
バンジーは安堵した。胸のつかえが取れた気がする。だれかにそう言ってほしかったのだ。そのためにバンジーはプリクラを選んだ。数日前まで「敵」だったプリクラの言葉には、ほかのだれのものよりも説得力がある。
「――悪かったな、時間とらせて」バンジーは横を向いて、プリクラに小さく頭を下げた。
「どうせヒマですから……」プリクラは言った。「そうだ。この機会に、私もジントウさんに聞いておきたいことがあるんです」
「え……」
「ジントウさんは、なぜ自分がトップに立たないんですか? チームホルモンのときも、いまも、あなたの実力ならユビハラさんだって私だって倒せるでしょう」
そうかもしれない、とバンジーは思った。この前、プリクラと闘ったときは勢いだけのケンカになり負けたが、もう一度タイマンを張ればプリクラに勝つ自信はある。
「私はジントウさんを、相当強いと思っています。ラッパッパのアンダーガールズたちにも勝てるでしょう。それどころか四天王のシブヤさんあたりでも大丈夫かもしれません。でもあなたは、よりによってユビハラさんみたいな人の下にいた。私はそれが不思議で仕方ないんです」
「それはあたしを買いかぶりすぎだ」
「謙遜はいいですよ。私には素直になってください。私たちはもう、ダチじゃないですか」
バンジーは苦笑して、「――話したくない、と言ったら?」
「あきらめます」プリクラは実にあっさりとしていた。「なにも無理に聞き出そうというわけじゃありません。だれにでも触れられたくないことはありますから」
バンジーはこの女になら、話してもいいと思った。
「――あたしは中学時代には番を張ってた。二年の夏休み明けからずっとだ。三年生もあたしに従った。怖いものなどなかった。少なくとも、学校と通学路には、な」
みちゃ――野中美郷の姿をバンジーは思い出す。中学生とは思えぬ色香を漂わせている、みちゃの垂れた大きな瞳は常に潤んでいた。目の前にいるプリクラのように短いスカートを履き、ブレザーの袖を冬でもめくっていた。バタフライナイフを胸の谷間に隠していた。
「――だが三年のとき、あたしの片腕だった特攻隊長がヤクザにシメられた。原因はささいなことだ。もう忘れちまったくらいに。そいつは勇敢すぎて、相手が誰だろうとおかまいなしに突っ込んでいく。そいつを、そいうふうに育てたのはあたしだ。世の中に怖いものなんてあるわけがなかった。タイマンだろうが集団戦だろうが引かなかった。引くのは臆病者だと思っていた。けど……」
あの日の夜――。
夜中に突然、携帯電話にかかってきた報せ。
病院まで無我夢中で走った夜道。
静まり返った病院の廊下。
扉の上にある赤い表示灯。
土下座をする自分。
彼女の父に蹴りを入れられた痛み。
じんじんと熱い頬。
――みちゃ……。
そのときの焦燥と怒りと悲しみがよみがえってきた。
バンジーは目を閉じた。
――ごめんね、みちゃ……。
美郷を思い出すたび、バンジーは謝る。何千回そうしただろうか。それでも足りないくらいだ。きっと足りることなどない。
「――あたしは救えなかった。守ることもできなかった。一番のダチで、一番の理解者だったのに……。みちゃのいない毎日なんか考えられなかったのに……」
美郷と一緒にいたところで、おそらく自分もシメられていただけだろう。いくら強いといったところで、たかが中学生の女がヤクザに勝てるわけがない。
「病院に駆けつけたとき、みちゃは手術室の扉の向こうにいた。けど、あたしはみちゃに会わせてもらえなかった。退院したあと、みちゃの両親はあたしの知らないところへ引っ越した。それ以降、あたしはみちゃには会ってない。みちゃの左腕は一生動かなくなった、と人づてに聞いた」
プリクラは床に視線を落としていた。バンジーの話を聞いてないふりをしているようにも見えた。
「あたしは番を後輩に譲り、一線から退いた。普通の高校に進学したかったけど、近くにはヤンキー崩れのバカを入れてくれる高校なんかなかった。結局、こんなオンボロで、爪はじき者の集まりの学校しか選択肢はなかったったわけさ。ま――とは言っても、いまはこの学校が好きだけどな……」
――あいつにも会えたし……。
バンジーはそれは口にはしなかった。
「みんなはヲタをヘタレだとバカにするけど、相手の力も考えず、くだらねえ意地を張ってケガするよりも、怖かったら逃げるべきなんだよ。あいつにはそれができる。あたしにはできねえ。あたしがチームホルモンを率いたら、また、みちゃ――彼女みたいな目に合うやつがいずれ出てくるかもしれない。それだけはごめんだ。なんと言われようと……。だから、あたしはトップをめざすつもりはねえ。二番手でいい。ヲタの指示にしたがっていりゃ、もうあんな悲しい思いはしない……」
しばらくのあいだ、プリクラは顔を上げなかったが、やがて意を決したように話し始めた。「――重い理由があったんですね。そうとは知らず、失礼しました」
「気にすんな。嫌なら話してねえよ」
「ですが……余計な人に聞かれてしまったようです」プリクラはバンジーに背を向けた。「隠れてないで、出てきたらどうです?」
「なんだって……?」
壁際にあるカウンターの向こうで、ピンクのパーカーを頭からかぶり、両手をポケットに入れたネズミが立ち上がった。背中には小さな黒いリュックサックを背負った、いつものネズミだった。
ネズミはバンジーとプリクラの二人を交互に見ると、右手をポケットから出し、キューブ上のガムをひとつ、口にほうりこんだ。
「てめえ、いつからそこにいた?」
バンジーはネズミをにらみつけた。
「さあ……。いつからでしょうかねぇ……あっしは神出鬼没のネズミさん、っすから……」
「なめてんのか、てめえ」
自分がこの図書室に入ってきたときには人の気配はなかった。あれば気づいている。だが、相手はネズミだった。わからなくても仕方ない。
「ここは図書室っすよ。生徒ならだれもが入る権利のある部屋っす。人に聞かれたくない話をするなら、別の場所でやるべきじゃないすか?」
その正論に、バンジーはうっ、と詰まった。
「それはそうかもしれませんが、カウンターの裏でなにをしてたんです? かがんでいたってことは、あなたも人に言えないようなことでも?」
「まあ、そんなとこっす」ネズミは肩をすくめた。そういう仕草のひとつひとつに、バンジーはいちいちムカついた。「でも安心してください。あっし、口は堅いほうっすから。だれにも話さないっすから――バンジーさんがどれだけ友だち思いかってことは……」
そのネズミの言葉に、バンジーが本来持っている凶暴性がよみがえった。ゼロからマックスへと一瞬で燃え上がるその力は、バンジーを跳ねさせた。カウンターに手を突くと、次の瞬間、バンジーは軽くそれを飛び越えた。膝上15センチのプリーツスカートが翻り、やや太目の腿が露わになった。
みちゃを――
ヲタを――
そして自分を冒涜された気がした。
カウンターという柵で防護された安全圏にいたネズミは、バンジーの跳躍力に驚いたのか三歩ほど後ずさりをして、壁に背をぶつけた。
バンジーは二秒後、自分がネズミのパーカーの胸倉をつかみ、拳を顔面に叩き込んでいることを確信した。
しかしネズミの顔色に恐怖は浮かばず、それどころか余裕の笑みをバンジーに向けた。
バンジーとネズミのあいだに、見知らぬ少女が立ちふさがった。
その人物はネズミ同様、カウンターの下に隠れていたらしい。バンジーがネズミを追う以上の素早さで立ち上がり、目の前に現れたのだった。
少女は、ネズミの頬骨を砕かんとしていたバンジーの右の拳をつかんだ。大人の男のような力だった。バンジーは焦った。思わず、少女の顔を見た。
どこかで見たことのあるような顔だったが思い出せない。白い肌、細く凛々しい眉、シャープな瞳、薄い唇がほんのわずかに笑っている。
美少女だった。
少女はつかんだバンジーの手を、内側にねじった。逆手をとられたかたちになり、バンジーは痛みを回避しようと体をひねった。
そのとき、プリクラがカウンターの向こうから、こちらへ駆けてきた。プリクラは走ってきた勢いを利用して、カウンターの上に右手を置くと、それを中心に体を回転させて少女に回し蹴りを放った。
決して遅くない蹴りだったが、少女はのけぞって易々とそれをかわした。
少女の手が、バンジーから離れた。
続くプリクラの第二波攻撃も蹴りだった。カウンターの中に降りたプリクラは狭いスペースの中で高く脚を上げた。こめかみを狙って放たれた蹴りを、少女は巧みに避けた。
プリクラの攻撃も早いが、少女の動きも劣らず早い。
バンジーは壁際のネズミを見た。
まだ、余裕の表情――そうか。用心棒を仲間にしたってわけか……。バンジーは納得して、もう一度少女を見た。
プリクラは蹴りだけではなく、拳も使っている。カウンターの中など狭い空間だというのに、プリクラは有効な一撃を与えられずにいた。
「珠理奈――やっちゃっていいっすよ。先に手ぇ出したの、こいつらっすから……」
ネズミの指示に、珠理奈の目の色が変わった。
プリクラの蹴りを、体を沈めてかわした珠理奈は、起き上がりながらフックを腹に見舞った――が、それはフェイクだった。拳はプリクラの腹の二センチほど手前で止まった。一撃を覚悟していたプリクラは、苦痛を耐えるかのような表情を見せたものの、その必要がないとわかると目の色を怒りに変えた。
「ふざけてるんですか? やるなら一気に……」
「ぼくは――」珠理奈の声はややハスキーで、とても大人びて聞こえた。「まゆゆの操り人形じゃない」
ネズミは苦笑した。
「ぼくらは対等な友だち……」珠理奈はそう言いながら、腰の位置で回し蹴りをバンジーに放った。
早い上に、一部の隙もない。
バンジーは反撃できなかった。
だが、その蹴りはプリクラへのフック同様、命中する寸でのところで止まった。
珠理奈は顎を上げ、ネズミを見下ろすようにした。「――いや、恋人だろう?」
ネズミは満足げに頷いた。「さすがはあっしが見込んだだけの腕前っすね」
「てめえ――だれだ?」バンジーは珠理奈をにらみつけた。
「松井珠理奈。馬路須加女学園一年C組。出席番号30番」珠理奈はゆっくりと脚を下ろした。「来年、この学園を手に入れる者にして、まゆゆの恋人さ」
「一年坊がえらく威勢がいいなあ……。あん? 上級生に対する口のきき方、教えてくれるやつはいなかったのか?」
「この学校じゃあ、ケンカの強いやつが偉いって聞いたんでね」
「たいした自信だ。あたしらに勝ったくらいで――」
「もちろんそうさ。あんたらなんてその気になれば二人まとめて三秒で倒せる。ぼくが目標にしているのはラッパッパだ。それと――」珠理奈はそこで言葉を切った。「前田敦子ってやつ」
「前田に勝てるやつなんて、この学園にはいねえよ」
「今までは――ね」珠理奈は唇の端をゆがめて、笑顔を作った。「この学校の校章を見てごらんよ。ぼくが統べるにふさわしいってわかるから」
バンジーは壁にかかっている、「図書室の決まり」という張り紙を見た(そこには注意事項がいくつか書かれているが、それを守っている生徒などいない)。
中央に薄く印刷されている校章は、桜をモチーフにしたデザインだ。その上に書かれている文字は――MJ。
松井……。
珠理奈……。
バンジーは、単なる偶然だとわかってはいても、不気味なものを感じた。
それは目の前の松井珠理奈の、比類なき存在感ゆえだった。
これまでたくさんのリーダーたちを見て、そして倒してきたバンジーには、珠理奈の言葉が単なる自信過剰や大言壮語ではないことが直感でわかった。
――この女なら、やるかもしれない……。
だれにも似ていない珠理奈だが、この学園で強いて挙げるとすれば、その存在感は大島優子と同じものを感じた。
「お二人とも、助かったっすねぇ」ネズミがポケットに手を入れたまま、珠理奈の背後までやってきた。「珠理奈が本気出したら、今ごろ病院行きっすよ」
悔しかった。ダチを冒涜したネズミに触れることさえできないとは……。
バンジーはネズミをにらんだ。
「それに――あっしたちは、仲間同士で争ってる場合じゃないっすよ。金曜日にはアリジョのやつらがこの学園にカチコミに来るんすから」
「本当ですか?」プリクラが訊ねた。
バンジーも、それは初耳だった。
「マジっすよ。明日になれば、サドさんが緊急事態宣言をするはずっす。お二人のチームも協力させられると思うっすよ」
ネズミの言うことが本当だとすれば、たしかに学園内で争っている場合ではない。アリジョはヤバい。ヤバジョなど比較にならないほど強い。
「また、あなたがなにか企んだんじゃないでしょうね?」
「またって人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。あっしが一度でもそんなことしましたか? なんの理由で自分の学校を潰すようなことをするって言うんすか?」
プリクラはもう反論しなかった。
「それじゃあ、あっしらはこのへんで……」
ネズミは鼻歌を歌いながら、バンジーとブリクラの前を堂々と歩きはじめた。
珠理奈はネズミを守るためか、バンジーたちの様子を警戒しながら図書室をあとにした。
「とんだ邪魔がはいっちまったな」
「ええ。でもまあ、過ぎたことは仕方ありません」
「アリジョが来るって本当かな?」
「でしょうね。ワタリナベさんには、嘘をつく理由がありませんから」
「どうする?」
「どうしようも……」プリクラは首をかしげた。
たしかにそうだった。『戦争』になれば、純情堕天使だけでなく、名だたるチームのすべてはラッパッパの指揮下に入る。そこには個人の思惑など持ち込むべきではない。
「間に合うかな、あいつ――」ヲタはつぶやくように言った。
「ユビハラさん、ですか?」
「ああ」
「私にはわかりませんが、ユビハラさんを信じましょうよ」
「ああ、それしかねえよな……」
「私ならそうします」
プリクラの笑顔を見て、バンジーはほんの少し、信じる気になった。
ヲタは帰ってくる――と。
【つづく】