■決戦前―3の2■
ペットボトルのキャップを大慌てでしめたまなまなはそれを捨てるように地面に置き、ふっくらとした体を弾ませながら、みゃおとらぶたんのいる渡り廊下の壁の内側へ走って戻ってきた。
「こ、今度は……みゃお、の、番、だから……ねっ……」息を切らして、まなまなはみゃおを指さした。
「いまはそれより、あっち見ろって……」みゃおは頭を上げ、壁の向こうに目の部分までを出した。
まなまなが置いてきたペットボトルと壁まではおよそ二十メートル。確証はないが、このくらい離れれば安全なような気がする。みゃおは怖くてたまらなかったが、じっとペットボトルを見つめた。
透明だったペットボトルは、いまは白く濁っている。中でドライアイスが気化しているからだ。
「十秒経過……」ストップウォッチ機能が表示された携帯電話を見ながら、らぶたんが言った。
ベットボトルの胴体が丸く膨らんできた。
「まだかな……」みゃおは不安になり、まなまなをチラッと見た。「ちゃんとキャップ閉めたか?」
「閉めたよ。ギュッと」
「ホントか? それにしちゃあ、遅くないか?」
「ホントだよ」
「ビビッてたからなぁ……」
「だったら自分でやれよ」
「二十秒経過」
「あたしはじゃんけんで勝ったん……」
そのとき、パーンッという音が聞こえた。
ペットボトルが爆発したのだ。
みゃおは反射的に頭を下げた。
壁の向こう側にいくつもの礫が当たる音が連続で聞こえた。壁は衝撃で揺れ、飛んできたパチンコ玉がそこを突き破ってしまうのではないかという恐怖がみゃおを襲った。どちらの音も想像以上に大きく、みゃおは腰を抜かしたように床に座り込んだ。
同時に、校舎のほうでどこかのガラスが割れる音もした。ガラスの向こうに運の悪いやつがいないことを、みゃおは祈った。
「二十二秒……」らぶたんが青い顔をして、みゃおを見た。「いくらなんでも、これ……ヤバすぎない?」
「ふんっ、怖気づいた?」
みゃおは恐怖を隠すため、そう強がって立ち上がろうとした。しかし、下半身が言うことを聞かず、両手を床についたまま、みゃおは苦笑いをした。
「みゃお……」まなまなが、みゃおが被っていたトレードマークの黒いミルフィーユハットを取り上げた。
ミルフィーユハットの側面に直径五ミリほどの穴が開いている。
「あーっ……」みゃおはまなまなからハットを奪うようにして、「これ、気に入ってたのにぃ……。くっそ……」
怒りのあまり、みゃおは立ち上がることができた。そして壁を迂回し、ペットボトルが置かれていたあたりの地面に向かった。
地面の土の上には、ドライアイスの欠片が少し残っていた。入れておいた十個のパチンコ玉はもうどこかに散らばってしまって見つからない。見回すと、校舎二階の廊下の窓ガラスが割れているのが目に入った。あんな場所まで届くのかと思うと、みゃおはみずからの行為に恐怖した。
が――だからこそ、いい。
長野せりなと橋本楓にシメられた屈辱を忘れたことはない。いつか復讐をするべきで、そのチャンスは今回の闘いで巡ってくるだろう。だが、己の冷静な部分はこうも告げていた――あたしたちに勝ち目はない。
ケンカの実力で敵わないのは、すでに実証されている。明らかにこちらに有利な場所を選び、雑兵がほとんどとはいえ圧倒的多数で闘ったにもかかわらず、負けた。
そうなればあとは武器に頼るしかない。格闘能力を必要としないものなら最高だ。前線に出て、あの恐怖を味あわなくてすむ。
みゃおはまなまなとらぶたんの三人で、山椒姉妹のアジトとなっている理科室に集まって会議をした。
「爆弾とかよくないですか?」そう言い出したのはまなまなだった。「仕掛けておけるものとか、投げつけるものとかなら直接闘わなくてもやっつけられるし」
「いいね、それっ」らぶたんが笑顔になった。「ネット見てみればなにかわかるかも」
そこでみゃおはパソコンをインターネットにつなぎ、どんな武器なら手軽に作れるかを調べた。本物の爆弾の作り方にはアクセスできなかったが、動画投稿サイトで面白いものを発見した。
それがドライアイス爆弾だ。
五○○ミリリットルのペットボトルの中に砕いたドライアイスを入れ、水を注ぎ込む。あとは蓋をして気化したドライアイスが膨張して破裂するのを待つだけ。どれも手に入れやすい材料だし、製造方法も簡単だ。問題は殺傷能力と爆発まで時間がかかることだが、これは実験によってデータを収集することで解決できる。
肝心のペットボトルは学園内のゴミ箱を漁って一○○本以上を集めた。ドライアイスはスーバーマーケットの食料品売り場で配っているものを盗んできた。早く「実用化」したかったが、三人でペットボトルを洗浄し、ドライアイスを小さく砕くだけで夜は明けてしまった。三人ともだれかに「手柄」をとられるのは嫌だった。
実験は今朝になって、ようやく始められた。
みゃおはペットボトルの破片を拾った。ひとつひとつは小さくて柔らかいが、相手の至近距離で爆発させることができれば傷を与えられるし、なによりパチンコ玉入りのものは想像以上の破壊力があった。
最大の問題はタイミングだ。早くても遅くてもダメ。そのためにはドライアイスと水の配合を知る必要がある。残された時間は少ない。
また、どんな場所でどのように使うべきかも考えなくてはならない。襲撃までに間に合うか――一刻も時間を無駄にはしたくなかった。
そのとき、空が一瞬暗くなった。
見上げると、そこには一塊になって滑空する何十もの鴉がいた。それぞれの鴉たちは、太陽とみゃおを結ぶ直線上で羽を広げ、数十もの輪を描いている。気持ちのいい光景ではないが、これからこの学園で起きる闘いにふさわしい雰囲気と言えるかもしれない。
「これから十個作って爆発までどのくらいかかるか平均を出すわ」みゃおはまなまなとらぶたんの元へと歩き出した。「まなまなは引き続き、投擲係。らぶたんは計測。私は記録をつけるからね」
「自分が一番楽じゃねぇか――なぁ……?」まなまなが低く呻いて、らぶたんに同意を求めた。
「だよな、ずりぃ」らぶたんが頷いた。
「なんか言ったか?」聞こえていたが、みゃおはわざとらしく訊ねた。
「いーえ、なにも」
まなまなとらぶたんの声がデュエットに聞こえた。
【つづく】