■追撃―2■
今日の獲物は隣の地区にある中学校の、ジャンパースカートの制服を着た女子生徒三人だった。
小歌舞伎はその三人を人通りの多い街道沿いから、大歌舞伎の待つ陸橋下の暗がりに連れてきた。
「姉貴ぃ。お客さん、到着でぇす」小歌舞伎は朗らかな口調で言った。
コンクリの支柱に寄りかかり座っていた大歌舞伎が立ち上がると、三人の中学生が震え上がったのがわかった。小歌舞伎は楽しくなってきた。
無抵抗な相手を脅して遊ぶことは、なによりも楽しい。
そのために必要なのは、まず「舐められないこと」、「先手を取ること」だ。小歌舞伎と大歌舞伎――歌舞伎シスターズが顔に化粧をし、着物のように改造したセーラー服で「武装」しているのは、そういう意味からだった。
初対面の相手は、その大抵が二人の異様さに恐怖を感じる。気勢を上げ、相手の優位に立ち、そのまま自分たちのペースに持ち込み、勝つ。これが歌舞伎シスターズの戦法だった。
今日の三人は、それがハマりすぎるほどハマった。怯えた少女たちの表情が、より一層、小歌舞伎のサドっ気を刺激する。それはこのあと、大歌舞伎を抱くときの(二人の関係はベッドの上では逆転する)、いい刺激だった。
最近の歌舞伎シスターズのターゲットは、中学生だった。前田に負けて以来、対等な年代の相手と戦うのが怖くなったからだ。ヤバ女との抗争も激化している今、『ヤバ女狩り』もリスクが多い。自分たちはケンカをしたいわけではなく、弱い者をいたぶりたいだけなのだから、不要な戦いは避けたかった。
「あのさぁ」小歌舞伎が三人の周囲を回りながらしゃべり始めた。「だれに断ってこのへん歩いてんの?」
「だれにって……」
「通行料」
「え?」
「このあたりは、あたしら歌舞伎シスターズのシマなんだよ。知らなかった?」
「し、知りませんでした……」
「あ、そうなんだ。じゃあ覚えておきな」
「はい、すみません。気を付けます……さ、行こ……」
三人のリーダー格らしき少女が言い、他の二人の手を引っ張って立ち去ろうとした。
その行く手を、大歌舞伎の脚が防いだ。陸橋のコンクリ支柱から突如生えたかのように思えるほど、すばやい動きだった。小歌舞伎は三人の背後に位置し、逃げられないよう退路を塞いだ。
「知りませんでしたで済むならヤンキーはいらないんですよ」
普通は「警察」というところを「ヤンキー」と言い換えた大歌舞伎は、「うまいことを言ったでしょ」といった自信有り気な表情を浮かべ、小歌舞伎を見た。正直、まったくうまいとは思えなかったが、小歌舞伎は笑みを作った。
「とにかく通行料を出してくれればいいってこと」
この理不尽な要求には、まともに話しても意味がないと思ったのか、それとも恐怖からなのかはわからなかったが、三人組の少女たちは顔を見合わせ、やがてリーダー格の少女がこう言った。
「いくら払えばいいんですか?」
「決まってるじゃないですか」大歌舞伎が言った。「いま持ってる現金すべてですよ」
「――そんな……」
面倒くさいので、小歌舞伎は実力行使に出ることにした。
三人の背中に、次々とパンチを浴びせていく。
不意打ちを食らった少女たちは呻き声を上げ、地面に倒れていった。小歌舞伎はさらに抵抗できなくなるまでキックを続けた。ケンカなどしたことのないであろう少女たちは、まったくの無抵抗だった。小歌舞伎はそれが楽しくて仕方なかった。踏みつけると弾力のある尻の感覚が伝わってくる。そこに力を込めていくと、少女はあのときと区別のつかない歓喜にも似た声を出した。それは小歌舞伎に、このあとの大歌舞伎との房事を連想させた。小歌舞伎はそれでまた一層興奮し、力が入った。
大歌舞伎はその小歌舞伎の「虐殺」を眺めていた。いつものように、大歌舞伎は虐げられている少女たちに自分を投影しているのだろう。メイクを落とせば淫靡な目つきの大歌舞伎だが、今はそれがさらに艶と輝きを増していた。やや厚めの口唇は少し開き、そこから甘い吐息が漏れている。
やがて、瀕死の虫みたいになった三人から、小歌舞伎はバッグを奪い取った。中を開け、財布を取り出す。「やめてください」という微かな声が、地べたのほうから聞こえたような気がしたが空耳だろう。「通行料」は、三人合わせても二万円もなかった。
「姉貴、たったこれだけでした」小歌舞伎は略奪した札をひらひらと示した。「シケてますね」
「今は不景気だからな。今度は援交してそうなの狙うか」
「そうですね」
いま少女たちから徴収した「通行料」は、これから行くホテル代として消えることになる。
「んじゃ、行くか」
と――二人がその場を去ろうとしたとき、
「待ちなさいっ」
突然、背後から若い女の声がした。
小歌舞伎が振り返ると、そこにはブレザーとチェックのプリーツスカートという制服姿の少女が仁王立ちしていた。
その両脇には同じ制服を着た少女が二人、膝立ちの姿勢で寄り添っている。真ん中の少女とは対等の関係ではなく、主君と従者といった雰囲気があった。
小歌舞伎はその制服に見覚えがあった。最近、マジ女の名だたる不良グループを片っ端から襲っているという、亜利絵根女子高の制服だ。
「あれぇ……」大歌舞伎が馴れ馴れしい口調で言った。「だれかと思ったら、ウワサのアリ女の生徒さんたちじゃないですか」
「あんたら、この子たちになにをしたん?」少女の声には訛りがあった。イントネーションから推測するに、京都のほうのものらしい。
「ちょっと気晴らしに、中坊つかまえて言いがかりをつけてたんですよ」大歌舞伎はあっさりと言ってのけた。「――聞くところによると、アリ女の十傑集とやらがうちの生徒をボコってるらしいんですけど、なにか知ってますか?」
「うちも十傑集の一人――森田涼花や」
森田涼花が見栄をきるように言うと、侍従していた二人も声を上げた。
「同じく十傑集、橘ゆりか」
「同じく十傑集、大川藍」
チャンスだ、と小歌舞伎は思った。ここで十傑集とやらに勝てば、前田に負けた汚名を返上できる。「姐貴、やっちまいましょう」
「言われなくてもそのつもりですよ」大歌舞伎がにやりと笑うと、頬に描いた青い隈取りが歪んで異様な表情を作った。
【つづく】