■決心1-3■
屋上に出ると、頬に雨を感じた。髪の毛も濡れ、前髪から水滴が垂れた。緑色のジャージが水を吸い、その部分が少しずつ濃くなっていく。ヲタは中学生のときに授業でやった、着衣水泳を思い出した。ジャージを着たままプールに入ると、なんともいえない不思議な感覚にとらわれた。まわりの友だちは気持ち悪いと騒いでいたが、ヲタはどちらかといえば、張り付いたポリエステルの感触が心地よかったことを覚えている。
雨がヲタを冷静にしたのか、ついさっきまで感じていた緊張はだいぶやわらいだ。
対峙しているプリクラは、冬服のセーラーの袖をまくり、三十センチ丈の超ミニスカートから伸びている脚を肩幅に広げていた。雨に打たれ、セーラー服の肩の部分がじんわりと濡れてはじめている。
チームホルモンと純情堕天使のメンバーも、屋上出入口のひさしの下から離れ、それぞれのリーダーの背後から、ヲタとプリクラのタイマンを見守っていた。
「タイマンの前に、ひとつ約束してほしい」ヲタは言った。
「なんです? 早くしましょうよ」
「おれが負けたらチームホルモンは解散する……」
そのヲタの言葉に、アキチャが声を上げた。「なんだって……? なに言ってんだよ」
「聞いてねえぞ。ンなこと……」ウナギはヲタに詰め寄ろうとした。
それを横から止めたのはバンジーだった。「やめろ。ヲタが――うちらのリーダーが決めたことだ」
「バンジー、お前は知ってたのか?」
バンジーは頷いた。
ウナギはムクチにも視線を向けた。「おまえも……か?」
ムクチは黙って首を縦に振った。
バンジーがそれを見てから、「おまえらがいないあいだに決まったことだ」
「そんな重要なことを勝手に決めやがって」
「ウナギ、おまえが怒るのもわかる。おれだって納得してねぇ。でも、リーダーが断腸の思いで決めたんだ。おれらは従うしかない」
「けどよぉ……」
「ヲタが負けると思ってんのか?」
「そうじゃねぇ」ウナギがクビを横に回転させると、濡れた傘を回転させたときのように、髪から小さなしぶきが飛んだ。「そうじゃねぇけど、解散は……やりすぎだ」
ヲタはあえてなにも言わず、バンジーがウナギとアキチャをどうなだめるかを見ていた。
バンジーの論理は卑怯だ。話をすりかえている。ウナギは解散を勝手に決められたことに講義をしているのであって、勝ち負けを問題にしているのではない。しかも、そう聞かれたら答えはひとつしかないではないか。
だが、ウナギは答えなかった。セーラーの襟が雨を吸い、赤いラインはエンジ色に染まっていた。
アキチャもあきらめのまなざしで二人のやりとりを眺めていた。
「すみませんが――」プリクラが言った。「そういうことは先にやっといてもらえます?」
「おまえに聞いてもらわなくちゃ意味がねえだろう」ヲタは言った。「それと、もうひとつある」
「なんです?」
「おれが負けてチームホルモンが解散したら、こいつら四人は純情堕天使で面倒見てやってくれ」
このヲタの発言には、バンジーも驚きの声を上げた。それはそうだろう。このことはだれにも言っていない。ヲタが一人で考え、一人で決めた。
「おい、ヲタ」バンジーが詰め寄った。「そこまでは聞いてねぇぞ」
「ああ。言ってないからな」
「冗談じゃねえ」アキチャがヲタの肩をつかんだ。雨が染みたジャージが肌に密着し、とても冷たかった。「なんでプリクラのチームなんかに入らなくちゃいけねぇんだ」
「おれは入らねえぜ」と、ウナギ。「解散だって納得いかねえのに、あんな奴に従えるかって……」
ムクチはヲタをじっと見つめたまま、すごい勢いで首を横に振っていた。
「聞いてくれ」ヲタは大きな声で四人を制した。「これはおれの戦いだ。おれの意思でおれが決めた。おまえらに迷惑はかけられねぇ」
「――だったらっ……」ウナギは吐き捨てるように言った。「てめえが勝手にやろうとしてることにチームの命運までかけるのはおかしいだろっ」
「それなら、おれがいなくなってもチームホルモンを続けるのか? リーダーはだれがやる?」
だれにも答えにくい問いで、これも卑怯な聞き方だと、ヲタは自覚している。チームホルモンのナンバー2は実質バンジーだが、そのバンジーはチームの解散を賭けることを認めている。となれば、ウナギにしろアキチャにしろ、ましてやムクチがリーダー候補の名前を出すわけにはいかない。
ヲタは自分にはリーダーの資格などないと思っている。だが、現状ではチームホルモンのリーダーは自分しかありえないことも知っている。
リーダーは強ければいいというわけではない。タイマンを張ればヲタはバンジーに負けるだろう。いや、ウナギにもアキチャにも負けるかもしれない。ムクチなら勝てそうだが。
それでもヲタがチームホルモンのリーダー足りえてきたのは、その心意気ゆえだった。ヘタレと言われ、へこたれ、落ち込んでも挑戦をやめない、ヲタのその姿勢に四人はついてきていたのだ。
「だれがリーダーって、それは……」ウナギは言葉を詰まらせた。「だ、だから、てゆーか、そもそもチームの解散を賭けるってことがおかしいって言ってんだよ」
「ヲタ」バンジーが言った。「解散ならまだしも、そいつは飲み込めねえぜ」
そこでヲタはバンジーにこう言った。「おれが負けると思ってんのか?」
バンジーは言葉を詰まらせた。自分が少し前に、反論を無用にするために切り札として使ったセリフだ。言い返せないはずだった。
「ホルモンが解散しても、おまえらはどこかのチームに所属していたほうがいい。そして現実的に考えれば、ホルモン以外に2年を治められるのは純情堕天使しかいねえ。ラッパッパは自治権を純情堕天使に与えるだろう。そのとき、ラッパッパとパイプを持ち、経験もあるおまえら四人がいれば、純情堕天使の力になれる」
「なんであんな女の力になってやらなきゃいけねぇんだ?」もはやバンジーは、タイマンを張るかのような形相で、ヲタに詰め寄っていた。バンジーの前髪から、ぽたぽたと雫が垂れるのがはっきり見える。
「純情堕天使を大きくするんだ。ラッパッパを倒してテッペンを獲れるくらいまで……」ヲタはそこで声を低くした。「そして、そうなったら四人でプリクラを倒せ」
「なんだと……」バンジーは息を呑んだ。
「さっき、ウナギとアキチャは言ったな。おれらは華やかなラッパッパとはちがうって。たしかにおれらに華やかさはねえ。けど、おれたちがいるのは坂の途中なんだ。絶えず進もうとしなくちゃ、下まで転がり落ちる。現に、今の状況がそうじゃねぇか。朝日にやられっぱなしなのは、おれらが自分たちの可能性を信じてないからだ。可能性ってのは、テッペン目指すってことだ。獲れるか獲れねえかじゃねぇ。進もうとすることが大切なんだよ。だから、おれは進む。その結果がどうあれ、おまえらにはそれを受け止めてほしい」
それが、ヲタが考えに考えた末の結論だった。
もう、だれも反論しなかった。
「そろそろ終わりましたか?」ミニスカートのプリーツひとつひとつから雫を垂らしたプリクラが、場の雰囲気を壊すような口調で言った。「青春ごっこなら、またの機会にやってくださいよ」
「ごっこじゃねぇ……」ヲタはプリクラのほうへ振り返った。びしょぬれの前髪から流れた水が頬を伝う。「今からそれを思い知らせてやる」
【つづく】
・某テレビドラマのパロディ小説です。パロ嫌いな人は読まないでね。
・あとから矛盾とか出てきたらこっそり書き直します。
・著者の上戸に格闘技経験はないので、おかしな箇所があったらこっそり教えてください。こっそり書き直します。