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今こそNMB48チームBⅡを推すべき10000字の理由。

 20, 2014 22:54
※8/15のコミケット86で配布したチラシの転載です。※


『このイベントはAKBグループすべてのメンバーの新しい可能性を探るために、新しいチームを組閣することを目的としたイベントです。

先日の告知発表のステージ上で、高橋みなみ総監督は力強く、こう宣言しました。

「いろんな人がいろんなチームに行って刺激を受けて、48グループが大きくなるために、2014年も前を向いてがんばっていきたい」と。

今回の大組閣は、世間をにぎわすのが目的ではありません。

ベランダの鉢植えを並び替えることで、日陰だった花の魅力に改めて気づいてもらう。
違う性質の土に植え替えることで、あじさいのように違う色の花を咲かせるかもしれない。
全員が前を向いて進める組閣。
すべてのメンバーの夢の実現にとってプラスになる組閣を行ないます!

現在、運営スタッフがメンバー一人ひとりについてじっくりと考え、連日白熱した議論を重ねながら最良の布陣を追求しています。』

(14年2月9日、AKB48オフィシャルブログ『~1830mから~』より)

 その約二週間後――Zepp Diver City TOKYOに並べられた鉢植えは、たった一部の見栄えが悪かっただけなのに、そのすべてが面白半分に並び替えられた。その配置はとても「全員が前を向いて進める組閣」とは思えなかったし、どれだけ本気で「メンバー一人ひとりについてじっくりと考え、連日白熱した議論を重ね」たのか、大いなる疑念をいだかざるをえないものだった。
 同年公開の劇場映画『DOCUMENTARY of AKB48 The time has come 少女たちは、今、その背中に何を想う?』の劇中、『大組閣まつり』のシークエンスでは、SKE48への移籍が発表された新チーム4の髙島祐利奈と、チームAの岩田華怜が慟哭する(二人はのちに、東京での学業を優先して移籍を断る)。髙島と岩田はまだ未成年であり、家族の加護にある。そのふたりを東京から名古屋へ移籍させることに、どんなメリットがあるというのか。「メンバー一人ひとりについてじっくりと考え、連日白熱した議論を重ね」たはずの運営からは、この《失態》について、なんの説明もない。
 そもそも、このような事態が起こることは、『大組閣祭り』が始まる前から懸念されていた。
『AKB48グループ大組閣祭り~時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!~』は1月26日におこなわれた『AKB48G リクエストアワーセットリストベスト 200 2014』四日目にサプライズ発表された。これを受け、「AKB48グループ新聞編集部」はgoogle+上でそれぞれのチームのファンにアンケートをおこなった。
 その結果、大組閣に反対という意見はAKBファン50.7%、SKEファン85.5%、NMBファン71.1%、HKTファン78.8%と、すべてのチームで過半数以上となった。
 とはいえ、大組閣反対のAKBファンは反対票が過半数をわずかに上回っている程度である。つまりAKBに限っては、ファンも改革が必要だと感じていた。大島優子の卒業が控えていたからだ。
 この時期に組閣をするのなら、今までのようにAKB内だけでおこなうべきだった。せめて他チームからの兼任発表くらいで留めておけば、髙島も岩田もあれほど傷つくことはなかったはずである。
 しかし大組閣はおこなわれ、ファンが応援していたチームはことごとく原型を失くした。《箱推し》という概念などなかったかのように……。
 なぜ、そんなことになったのか――その遠因は2014年の夏にあるのではないだろうか。

 その年の8月24日――東京ドームで『AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~』の初日が開催され、コンサート後に二度目の組閣の陣容が発表された。もっとも衝撃的だったのは、これまでになかったチームの解体だろう。11年6月に結成されたチーム4(以下、大場チーム4)は、12年10月で消滅することとなった。
大場チーム4のメンバーは次のとおり。市川美織、大場美奈、島崎遥香、島田晴香、竹内美宥、永尾まりや、仲俣汐里(卒業)、中村麻里子、森杏奈(卒業)、山内鈴蘭、のちに昇格したのは阿部マリア、入山杏奈、岩田華怜、加藤玲奈、川栄李奈、高橋朱里、田野優花の十七人。
 彼女たちは当時から次世代を担うメンバーたちとして期待されており、実際、ここにいるほとんどのメンバーは14年現在でもバラエティ番組やドラマや映画や、AKB以外の外仕事でも活躍中であり、立派にAKB48の次世代としての役割を果たしている。
 大場チーム4が解体されていなければ、14年現在も運営が試行錯誤している《世代交代》はスムーズにいっただろう。島崎遥香を筆頭に、入山杏奈、岩田華怜、川栄李奈、島田晴香、田野優花は台頭できたはずだし、市川美織、大場美奈、山内鈴蘭の意味の分からない移籍もなかったのではないか。
 それなのに、なぜ大場チーム4は解体されなければならなかったのか。
 結論から先に言えば、運営に将来を見通す目がなく、彼女たちを《次世代》として育てられなかったからである。大人たちは彼女たちを翻弄し、苦汁をなめさせ、そして絶望を与えた。
 彼女たちは実力がありながら満足な活躍の場を与えられず、挙句の果てにはチームまで解体させられてしまったのである。
 メンバーに責任がなかったとは言わない。特に結成直後の、大場美奈のスキャンダルによる離脱は、チームのイメージをいきなりネガティブなものにしてしまった。それがチーム解体にまったく繋がっていないかと言えば、否定しきれないだろう。
 しかし、そういったことを鑑みても、大場チーム4解体はAKB48G史に残る愚行であることはまちがいない。
 邪推するならば、運営はそもそも大場チーム4を《次世代》に育てるつもりはなかったのかもしれない。「AKBのフラッグシップはチームA」という認識を捨て去ることができず、運営自身がそれに縛られていたことは、この二度目の組閣でチームAに渡辺麻友を移動させたことからも窺える(渡辺麻友は三度目の組閣でチームBに復帰)。だから大場チーム4がどれだけ人気があろうとチームA、K、Bのいずれかに代わることなどありえず、いずれは解体されるか、もしくは永遠に四番手のチームのままという運命にあったのかもしれない。
 それでも大場チーム4の熱心なファンはあきらめなかった。解体翌年1月27日の『リクエストアワーセットリストベスト100 2013』で、大場チーム4のテーマソングとも言える『走れ!ペンギン』を1位に押し上げ、運営に自分たちの意思表示をしたのだ。
 しかし『リクアワ』を通じてのファンからの大場チーム4支持(と同時に解体への怒り)を、運営はどれだけ真摯に受け止めたのだろうか――。

 『リクエストアワーセットリストベスト100 2013』から七ヶ月が過ぎ――大場チーム4の解体発表のちょうど一年後となる13年8月24日、チーム4の再結成が発表された。今度はスキャンダルで研究生に降格していた峯岸みなみをキャプテンに据え、13期、14期研究生で構成された新チーム4(以下、峯岸チーム4)である。
 この発表を、大場チーム4のメンバーたちはどんな思いで聞いたのか。筆舌に尽くしがたい屈辱だっただろう。のちに大場美奈は『有吉AKB共和国』で、このときの気持ちについて「ふざけんな、この野郎と思いました」と語っている。大場チーム4のメンバーは多かれ少なかれ、大場と似た感情を持ったのではないか。
 《箱推し》をしていたファンにとっても、峯岸チーム4の誕生は受け入れがたかったにちがいない。解体されただけでもショックであるのに、それから一年後にまったく同じ名前のチームがまったくちがうメンバーによって結成されたのである。いったい運営はなにを考え、このような蛮行をしたのか理解に苦しむ。
 もちろん、峯岸チーム4に罪があるわけではない。メンバーも正規チームに昇格できたことは喜んでいたし、そのこと自体は祝福できる出来事だ。しかし事情がなんであれ、《チーム4という存在》がいわくつきとなってしまったことには変わりないし、大場チーム4は「結果を出さなかったチーム」としてAKB48G史に名を残すことになってしまった。
 どうして峯岸チーム4の名前を《チーム8》にできなかったのか。この時期から、トヨタがスポンサーとなる《チーム8》のプロジェクトが動いていたのだとしても、《チーム4》という名前だけは避けるべきだった。大場チーム4のメンバーとファンの気持ちを大切に考えるのであれば――。
 
 AKB48が結成されてから、今年ですでに九年目となる。その間、いくつもの姉妹チームが生まれ、変化していった。ひと時として同じ状態を保たないことこそ、48グループ(以下、48G)の特徴なのかもしれない。そしてそれは悪いことではない。組閣がなくとも、メンバーは卒業もするし、ときには解雇もされる。入れ替わりがなければ研究生たちはいつまでも昇格できない。去るものがいるからこそグループは大きくなっていくし、やれることも増えていく(14年8月8~10日に幕張メッセでおこなわれた『AKB48グループ夏祭り』など、他のアイドルグループには真似のできない規模とアイディアだった)。
 だからグループが変わることには抵抗はないし、むしろ変わっていかなければいけない。現状維持のままでいるグループなど、存在意義がないのだから。
 問題は、その変化の方法だ。
 大場チーム4の例をひとつ挙げてみても、48Gの運営が、メンバーやファンの気持ちを再優先にしないことは明白である(とはいえ、《組織》とはそもそもそういう性質を持っているものであり、このことだけを挙げて48Gの運営すべてを批判しているわけではない)。
 その運営が、大組閣によって成し得た(と考えている)のは、各チームの《戦力の均衡化》である。14年から突然始まったペナントレースという、ファンもメンバーもまったく望んでいなかったばかりか、その後もだれからも支持されおらず、まったく盛り上がっていないイベントに整合性を持たせるためだ。
 まずは、いわゆる《支店》の人気メンバーをそれぞれのチームに分散し、さらに彼女たちを《本店》と兼任させる。それだけでは運営の思惑があまりにも露骨すぎるとでも思ったのか、これ以上ブレイクしそうにない中堅のメンバーとそのファンたちに「チャンスを与えられた」という幻影を見せ、まったく関係のないチームへと移動する(同時に、《見せしめ》にもした)。
 運営が「メンバー一人ひとりについてじっくりと考え、連日白熱した議論を重ね」、「すべてのメンバーの夢の実現にとってプラスになる組閣を行な」った結果、各チームが大切に築き上げてきた歴史はことごとく破壊された。もちろん、NMB48チームBⅡもその例外ではなかった。

 NMB48チームBⅡ(以下、旧BⅡ)は、12年10月10日にNMB48三期研究生によって結成された。
 結成当時のメンバーは、赤澤萌乃、石塚朱莉、井尻晏菜、植田碧麗、梅原真子、太田夢莉、加藤夕夏、上枝恵美加、日下このみ、久代梨奈、黒川葉月、河野早紀、小林莉加子、室加奈子、薮下柊、山内つばさの十六名。キャプテンには上枝が指名された。
 当時は公演の評判はあまり良くなく、秋元康にも「全員小粒」などと評された。しかし、公演の評価は与えられたセットリストによるところも多く、チームNやMに比べれば未熟であったことはたしかだが、必ずしも彼女たちのパフォーマンスが劣っていたわけではなかった。
 そもそも日本のアイドルとは成長の過程を楽しむもので、48Gでは特にその傾向が強い。未熟とは成長の余地があるということであり、即マイナス評価とはならない。
 大阪を拠点とするチームBⅡは公演主体の活動が多く、地元のメディアでさえ露出はほとんどゼロで、NMB48の選抜に入っているメンバーはたった二人――もちろんAKB48の選抜にはだれひとりとして入っていない――。そのような状況では、劇場公演でいくら良いパフォーマンスをしても、直接アピールできる機会は少なく、チーム自体の知名度はなかなか上がらなかった。
 そしてチームBⅡの結成から八ヶ月が経ったころ、メンバーに残酷な現実が突きつけられた。
 13年の春にTOKYODOME CITY HALLでおこなわれた『思い出せる君たちへ ~AKB48グループ全公演~』に出演することになったチームBⅡは、グループ中で唯一、一次販売のチケットを完売できなかったのである。
 理由はいろいろ考えられたが、だれしもが思い当たるのは知名度の低さだった。彼女たちがNMB48劇場やTDCでのビラ配りを始めると、それを知った48Gのメンバーたちはgoogle+やツイッターにその様子を取り上げることで援護射撃を開始、公演当日はチームBⅡメンバーによる手書きの横断幕が会場で披露され、有志のファンによるメンバー紹介のチラシが入場者に配られた。その甲斐あってか、TDCホール公演のチケットは昼夜ともに完売。舞台上には、涙を流して喜ぶメンバーたちがいた。
 それらの動きは、奇しくも4月に始まっていた、知名度を上げるための『騙されたと思って食べてみて計画』と連動するかたちとなり、その後もチームBⅡはさまざまな仕掛けを試みていく。
 公演でバンド演奏をしたり、AKB48の楽曲を踊ったり、公演プログラムそのものを変えるという大掛かりなものから、Youtubeへの動画投稿や、ブログで投稿者をチェンジしたり、google+でファンに向けてクイズを出したりと、やろうと思えばどのチームでもできたこと(それ故にやらなかったこと)を、チームBⅡは次々と実行していった。チームBⅡのファンに、特に箱推しが多いと言われるのは、TDCでの経験があったからだろう。メンバーとファンたちが、どうにかして席を埋めようと必死に活動した結果、両者は他のチームにはない一体感と団結力を得たのである。なりふり構わず突っ走ろうとするチームBⅡの姿と、それを支持し、応えようとするファンとの関係性こそ、結成当初のAKB48がかつて経験した黎明期そのものではなかったか。
 そして、その両者の思いは、最高のかたちで結実することになる。
 14年4月6日、さいたまスーパーアリーナでおこなわれた『リクエストアワーセットリストベスト200 2014』にて、チームBⅡ初のオリジナル楽曲『アーモンドクロワッサン計画』が第10位という快挙を成し遂げたのだ。AKB48と姉妹グループが発表したシングルと公演楽曲661曲中の第10位である。多くのチームBⅡファンは、ひとつでも上の順位にという思いで投票をしたはずだが、まさか第10位とは想像しなかっただろう。さすがに13年の大場チーム4のように第1位とまではいかなかったものの、一年前にチケットを一次販売で売り切ることができなかった、グループ中もっとも人気のないチームが、この晴れの舞台に胸を張って立つことができたのは、彼女たちの努力とファンの気持ちが一体となったからに他ならない。
 さらに同年5月22日、オリックス劇場でおこなわれた『NMB48 リクエストアワーセットリストベスト50 2014』において『アーモンドクロワッサン計画』は、堂々たる第1位を獲得。投票数は第2位の『ジッパー』の倍もあり、圧倒的な差だったという。だが、それさえ瑣末な出来事に思えるほどの、すばらしいサプライズが起きた。
 すでにチームBⅡを卒業していた梅原真子と小林莉加子、さらに活動辞退をしていた赤澤萌乃の三人がステージに登場したのだ。チームBⅡの結成当時のメンバー十六人が揃ったことで、オリックス劇場は割れんばかりの歓声に包まれた。
 チームBⅡは4月22日から、組閣後の新体制による新チームBⅡとして、3rd公演の『逆上がり』をスタートさせていた。もう旧チームBⅡは存在していないことを会場にいたすべてのファンは知っていただろうし、だからこそ、『アーモンドクロワッサン計画』は栄冠に輝いたのだ。
 キャプテンの上枝恵美加はステージの上から、感謝の言葉を述べたあと、最後にこう言った。
 「このメンバーで歌わせていただけるのは、多分これが最後になると思います。感謝の気持を込めて、精一杯歌わせてください」
 そして《最高の十六人》による、《最後の『アーモンドクロワッサン計画』》は最高の舞台で披露され、NMB48旧チームBⅡはその歴史の幕を閉じた。

 2月の大組閣により、旧BⅡメンバー(ドラフト生二人を除く)はチームNへ五人、チームMへ二人が移動することになり、新チームBⅡ(以下、新BⅡ)に、たった六人を残すのみとなった。他二チームの残留数と比べると、旧BⅡの《被害》が最も大きい。
 せめてもの救いは、新BⅡ体制でも引き続き上枝恵美加がキャプテンを務めることくらいで、そこにしか旧BⅡの痕跡はないとさえ言えるほどに、チームの色はほとんど失われてしまった。
 実際、『逆上がり』公演初日のパフォーマンスは、旧BⅡの良さ――ダンスのシンクロ率の高さ、未完成や未熟ではありながらも漂う若さ故のエロチシズム、MCの中から浮かび上がる関係性の面白さ、そしてなによりもチームそのもののまとまり――が、まったく感じられなかった。それは組閣を急ぐあまりの準備期間不足によるものであり、彼女たちの実力がないということではない。
 NMB48にとっての大組閣では、他の48G同様、まずは中心的存在の三人を三つのチームに分けることが前提となった。NMB48の顔である山本彩をチームNから動かすわけにはいかず、すでに大組閣前にチームMへ移動している山田菜々も移動させられない。となると、渡辺美優紀はBⅡに動かすしかなかった。そしてチームNを若返らせるために、旧BⅡの中でも比較的年齢層の低いメンバーを入れた。チームMはもともと一期生と二期生の混成チームだったし、バラエティに富んだメンバーが多く、あまり変えるつもりはなかったようだ。さらに山本彩、山田菜々、渡辺美優紀はそれぞれ他のチームと兼任させられることになった(ただでさえ忙しいというのに)。
 また、これも他の48Gと同じように、N、M、BⅡとすべてのチームに他からの兼任メンバーを《補充》し、他のグループのファンに注目を持たせようとする戦術を展開した。すべては《戦力の均衡化》のためである。
 だが、今回の大組閣で兼任をさせられたメンバーは、今までもそれぞれのチームで脚光を浴び、表舞台に立ち続けている者ばかりだ。今回の大組閣は「ベランダの鉢植えを並び替えることで、日陰だった花の魅力に改めて気づいてもらう」はずではなかったのか。日陰だった花は、今回も日陰に置かれたままではないか。
 13年当時、旧BⅡほど《チーム》というものを意識して活動してきたチームは48Gにはない。知名度の高いエースの薮下柊、加藤夕夏をあえて先頭に立たせることなく、全員一丸でNMB48のテッペンをとった旧BⅡをバラバラにしてまでするような大組閣に、どれだけの、なんの意味があるのか。
 チームBⅡが変化していくことには大賛成だ。いずれは全員が卒業していくのだから、ドラフト生の加入や研究生の昇格は喜ばしい。
 しかし人為的に、チームとファンが一緒になって育ててきた《花》を、運営の都合で勝手に配置換えをするなどという暴挙が許されていいのか。「全員が前を向いて進める組閣」だの、「すべてのメンバーの夢の実現にとってプラスになる組閣」といった戯言で、自分たちの行為を正当化するとは愚行としか言いようがなく、ぼくは今回の大組閣の意義や目的など1ミリたりとも認めるつもりはない。

 ――が、しかし……だ。

 大組閣を認めようが認めまいが、すでに新BⅡは始動している。時計の針を戻すことはできない。ファンにはふたつの選択肢しかないのだ。
 推すか、推さないか――。
 推さないのなら話は簡単だ。好きなメンバーが移動した別のチームを推すか、あるいは箱推しをやめるか、それとも――これからもおそらく定期的におこなわれるであろう組閣を忌避して――48Gそのものから去るか。どれも尊重されるべき選択で、他人が口を挟むことではない。
 けれども、ほとんどの旧BⅡファンは、心の中にわだかまりを持ちつつも、新BⅡを推すのではないかと思う。ぼくも、その一人だ。
 違和感はある。ないわけがない。
 だが、まずはメンバーがどう思うのかを考えてみたい。BⅡに残ったメンバー、BⅡから移動したメンバー、そしてBⅡへ移動したメンバーたちの気持ちを――。
 おそらく全員が新BⅡを推してほしいと思っているだろう。残ったメンバーと移動してきたメンバーはもちろん、去っていったメンバーでさえ……。少なくとも、新BⅡを推さないでほしいとはだれも思っていないはずだ。
 先ほど、ぼくは「新BⅡには旧BⅡのメンバーは、たった六人しか残らなかった」と書いた。そして「ドラフト生の加入や研究生の昇格は喜ばしい」とも。この二点に同意されるかたなら、新BⅡへの違和感は軽減すると思う。現時点で新BⅡには、旧BⅡメンバー六人、ドラフト生二人、研究生からの昇格が二人で、合計すると十人――十七人中十人が《BⅡオリジナルメンバー》ということになるのだ。
 なによりも、新BⅡには上枝恵美加がキャプテンとして存在している。だれよりBⅡのことを知る彼女がBⅡの牽引役を担っているのだから、その点に関して不安はない。
BⅡはBⅡらしくあり続けるはずだ(残念なのは、旧BⅡで軍師役を務めていた小林莉加子が卒業してしまったことだ……)。
 他にも推せる理由はまだある。他チームから移籍してきたメンバーたちは、いわば百戦錬磨の猛者たちばかりだ。キャプテン経験者の梅田彩佳と高柳明音、NMB48を初期から引っ張ってきた木下春奈と門脇佳奈子、一般知名度が高く外仕事も多い市川美織、苦労人の林萌々香、言わずと知れた渡辺美優紀――。BⅡのオリジナルメンバーたちは、彼女たちの経験から多くを学んでくれるにちがいない。
《小粒》と言われ続けた旧BⅡは、みずからの努力でNMB48のてっぺんを取った。新BⅡは、今度は他のグループを脅かす存在になっていってほしい。彼女たちならできると信じている。
 だが、ひとつだけ懸念は残っている。それは他でもない、われわれファン自身の覚悟の問題だ。

 「この曲がなかったら、ここまで来ることはできませんでした」

 上枝キャプテンは、『NMB48 リクエストアワーセットリストベスト50 2014』で『アーモンドクロワッサン計画』が第一位に輝いたときのステージ上でそう言った。
 最高の舞台で、最高のパフォーマンスを見せてくれた旧BⅡは、それ故に、とある課題を新BⅡに図らずも提示することになってしまった。
 『アーモンドクロワッサン計画』問題である。
 14年7月15日、広島県広島文化学園HBGホールでは『NMB48 Tour 2014 In Summer 世界の中心は大阪や ~なんば自治区~』のチームBⅡ公演がおこなわれた。このとき、アンコールで歌った『アーモンドクロワッサン計画』がファンの間で物議を醸したのである。この歌は旧BⅡを象徴する唯一のオリジナル曲で、旧BⅡファンなら嫌いな人はいないはずの名曲だ。
 それを新体制のBⅡで歌うことに、ネットで反対意見を表明するファンたちがいた。今の新BⅡに、『アーモンドクロワッサン計画』を歌ってほしくはない、と……。
 ぼくが見た限りでは、《反対派》の数は騒ぎになるほど多いとは思えず、逆に《容認派》が過剰に反応しているような気さえした。
 苦渋の決断をして新BⅡを推すことに決めたファンたちの心のどこかにも、『アーモンドクロワッサン計画』は旧BⅡの曲、という気持ちが少し残っていて、だからこそ彼ら彼女らは《反対派》に対して強い言葉を投げてしまったのかもしれない。正直に言えば、ぼくの中にそういう気持ちがないとは言い切れない。でも一方で、やはり良い歌はだれもが歌うべきだと思うし、そちらの気持ちのほうが断然強い。新BⅡだけでなく、他のチーム――AKBやSKEやHKT、もちろんJKTとSNHにも、『アーモンドクロワッサン計画』を歌ってほしいと思っている。
 かつてAKB48チームKの『転がる石になれ』をチームBが歌うときにも、今回同様の反応があったと聞く。歴史は繰り返すというか、名曲ゆえの騒動というか――。チームを象徴する曲は、これからも事あるごとに騒動を起こしてしまうものなのかもしれない。それがすばらしい曲であればあるほど。
 旧BⅡによる『アーモンドクロワッサン計画』が最高であることは自明であり、これからどんなチームがこの曲を歌おうと、あの領域には絶対に到達できない(現BⅡでさえも)。だからファンは安心して、『アーモンドクロワッサン計画』を他のチームに歌ってもらっていい。そして他のチームは、旧BⅡがやったこととはちがうアプローチでこの曲を表現すればいいのだ。
 上枝キャプテンはこの騒動について語ったブログの中で、こう言っている。

 「歌い継ぐことに意味あるんじゃないかな。
   と私は思います。
  色んな意味を込めて。

 前に引いたレールを辿るんじゃなくて、今らしく。
 今まで歩いた道は無駄じゃない。
 終わらせるんじゃなくて、リセットさせるんじゃなくて、でも、真似をするんじゃなくて。」

 そして翌日、去年のTDCを彷彿させる出来事が起きた。福岡公演のチケットが売れ残ったのである。メンバーたちはYouTubeを使ってファンに呼びかけ、それに呼応したファンたちはSNSを使って情報を拡散した。残念ながら満席にはならなかったものの、新旧のBⅡメンバーたちのあいだには、新たな連帯感が生まれたのではないだろうか。
 『アーモンドクロワッサン計画』を新BⅡメンバーで歌えたこと、福岡でのチケットが完売しなかったこと――このふたつの出来事によって、新BⅡメンバーとファンのあいだには、旧BⅡと変わらぬ絆が結ばれた……と、ぼくは信じたい。

 14年の『リクエストアワーセットリストベスト200 2014』で一位に輝いたのは、峯岸チーム4の『清純フィロソフィー』だった。
 13年8月24日に結成された峯岸チーム4のファンが、たった四ヶ月でリクエストアワーで一位を獲れるほど増えたとは思えない(『リクアワ2014』の投票は13年12月におこなわれた)。これは、大場チーム4のファンの多くが、そのまま峯岸チーム4を応援していると考えるほうが理にかなっている。
 つまり、AKB48チーム4のファンたちは、すべてのメンバーが入れ替わった《チーム4》を推し続けている……。

 ぼくは今年、SKEとHKTの劇場公演を見ることができた。SKEはチームE、HKTはチームHで、どちらもぼくにとっては初めての劇場公演だった。
 これまで松井チームEを応援してきたファンにとっては須田チームEに、チームHを応援してきたファンは現チームHに違和感があるだろう。しかし、初めて見るぼくにとっては、須田チームEがチームEであり、現チームHがチームHだった。
 同様に、これから新たにチームBⅡを応援しようという人にとっては、現チームBⅡこそがチームBⅡである。最強を目指すチームBⅡは、これからもっとたくさんの人に推してもらわなければいけない。

  「私は、旧チームも 現チームも みなさんのことも だいっすきです!」

 この上枝キャプテンの言葉に恥じぬよう、旧BⅡを知るファンたちは、これまでBⅡが辿ってきた歴史を尊重しつつ、新たな道をメンバーとともに作り、歩んでいくべきだ。
 それこそが、あの十六人に対する、なによりの感佩(かんぱい)だと思う。

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