午後からおれが握手するのは指原と小森。どちらも最近好きになったのだが、どちらかといえば指原のほうに比重は傾いている。
指原は『週刊AKB』でバンジージャンプができなかったあと、おれの夢に出てきた。その中でおれは、劇場公演後、抽選に当たって才加と会えることになったのだが、楽屋に行くとなぜか指原が出てきて、おれにバンジージャンプができなかったことの言い訳をひたすらし続けたのだ。
それ以来、おれはリアルでも指原が気になってしまった。そして『マジすか学園』のヲタ役の指原にハマり、パロディ小説でも主役にした。
はっきり言って指原は、一般的な意味での「かわいい」というキャラではないと思う。けれどもなんともいえない、かわいいとはちがうベクトルの魅力があることは事実で、それはAKBというグループの中で地味であっても欠かせない輝きだ。
その指原は、デニムのショートパンツに、自分がデザインしたTシャツ(胸の部分に「指原クオリティー」と書かれている)という姿で登場。
待っているあいだ、隣のレーンにいる高橋みなみもかわいらしくて、ちらちら見てしまう。そして高橋の横顔が見えるたび、なぜか指原に対する後ろめたさも感じてしまった。
開始時間より早めに列に並んだおかげで、十分も待たずにおれの順番が回ってきた。
「こんにちはっ」
そう言う指原と目が合う。
メイクがちょっと濃くて、なんか大人っぽい……。
これはおれの知ってる指原じゃない。さしこがこんなにきれいなわけがない!!! で、でも……かわいいじゃねぇか、このやろう。さしこのくせに!!!
ドキドキして、間が空いてしまった。なにか言わなくちゃ、と焦りつつ、おれはなんとか挨拶をして、こう言った。「『マジすか』のヲタ役、とってもよかったです」
「ありがとうございます。DVDも見てくださいね」
「はい」
剥がし。
短かったけど、指原、いや、さしこに会えてよかった。これからは、今までとはちがった感じでさしこを見られるような気がする。
続いては小森だ。
こちらも列は短くて、あっという間におれの順番が回ってきた。
小森は思っていた以上に背が高く、しかも細い。立っているだけで、なんとも言えない佇まいがあった。いわゆる「不思議ちゃん」とはちがう、小森にしかない雰囲気だ。そしてさしこ同様、小森もテレビで見るよりずっと大人っぽい。
握手を交わして、おれはそのままのことを言った。「はじめまして。テレビで見るより大人っぽいですね」
「えーっ、そうですかー」
このときの口調は、小森を知る人なら、容易に想像してもらえるだろう。そう、あの感じだ。
「これからもがんばってください」
「はい。ありがとうございます」
剥がし。
小森とは、あまり緊張しないでお話ができた。多分、そんなに推してないからだろうw でも、一度でいいから、生小森というものを体験してみたかったのだ。ま、一度でいいけど。
二人と握手をしたあと、夜の部の野呂ちゃんとの握手までは、まだ五時間ほどあった。
ぼくとさおりさんは駅前のビルで、はなまるうどんを食べて、本屋をぶらついて時間を潰した。
そのとき、おれはあることを思い出した。
幕張本郷には映画館があったはずだ!!!
幸い、時間はまだたくさんある。映画一本見られるくらいの。
とはいえ、さおりさんを放って行くのは忍びない。しかし五時間もの時間は、正直もったいない……。おれはさおりさんに一人にしてしまうことを謝って、映画館へ向かった。
『パリより愛をこめて』が見たかったけれど、これはレイトショーでしかやっていなかった。ちょうどいい時間帯にやる映画は『告白』くらい。まあ、この映画は気になっていたので「これでもいっか」と見ることにした。
正直、嫌いな話だった。人間の一面しか描かれていないし、その一面の描き方も浅い。ただ単に絶望的なことしか起こらず、まるでおれの嫌いな乙一の小説を思い出してしまった。
ミステリとしての骨子も弱い。ネタバレしないように書くのは難しいんだけど、とにかくいろんな計画に穴がありすぎ。ああいうモノを作る才能って、機械工学みたいなものじゃなくて化学なんじゃないの、とか。
人間が描けていない、ミステリとしても不完全。いいとこないじゃん。
なぜこの話をここで書いているかというと、この映画にはAKB48の歌が使われているからだ。
しかも、おれはこの使い方にかなりムカついている。「今」っぽさを出すための道具立てとしてしか機能しておらず、これを聞いているキャラクターの行動を見ている限りでは、AKBが歌を通じて発しているメッセージがまったく届いていないではないか、と思えてしまうからだ。使われている楽曲は『RIVER』。ネタバレになるのでこれ以上は書かないけど……。あと、ポスターが『BINGO!』って古くね?
とまあ、なんかすっきりしないまま、おれは再び幕張メッセに戻った。
野呂ちゃんの握手会は19時からで、それより少し遅れておれが行ったときには、すでに行列ができていた。もしかしたら、今日もっとも長く行列に並んだかも、というくらい待ち、いよいよ野呂ちゃんとの対面となった。
「こんばんわっ」
挨拶をしてくれる野呂ちゃんは、本当にかわいい。テレビで見るよりぽっちゃりしてない!!! むしろ痩せてる……いや、それは言いすぎだが。
「こんばんわ」おれはぺこりと頭を下げ、「『ネ申テレビ』で明治大学の学食に行ったとき、優子が持ってきたトリプルカレー、全部食べたんですか?」
野呂ちゃんはちょっと躊躇して、「はいっ」と笑顔になった。
しかし、おれが剥がされかけたその直後、
「いやっ、あの……全部食べたってことにしておいてください」と……。
一瞬、ウソをついてしまう野呂ちゃんはやっぱりかわいい。
でも、なんでおれ、そんなつまらんこと聞いたんだろう……。
そんなわけで、おれの握手会は終わった。
待ち時間は長かったが、とても楽しい一日だった。また来たい、と思えるようなイベントだった。
待ち時間というのは、あくまでメンバーのスケジュールの問題で、行列に並んでいる時間は合計しても一時間に満たない。とてもスムーズな人の流れで、ストレスは感じなかった。もっとも、人気のあるメンバーには長蛇の列ができていたけど……。
そして、初めて握手会に参加してみて、いろいろな提案や改善点にも気づいた。これは次に、戸賀崎氏に会ったときに言ってみよう。あえて、ここでは書かないことにする。
最後に、もっとも心に残ったことを書きたい。
それは、握手をしたあとのメンバーの態度のことだ。
何度も書いているように、握手の時間は決まっている。多分、10秒くらいだろう。その時間が過ぎると、背後の警備員にそっと肩をつかまれ、外に出るようにと剥がされる。だれもが一秒でも長く触れていたい、と思うだろう。そんなファンの気持ちを察してか、メンバーは最後の最後まで握手をした人の目を見ている。
手が離れた後も、しあわせな気分に包まれていられるのは、この視線のおかげだと思う。
握手会にはいろんな人が来る。おかしな人もいるだろう。でも、メンバーのみんなは、少なくともおれが握手をした五人は笑顔で接してくれた。きっと、他のメンバーもそうしていたにちがいない。
来た人が笑顔になって帰れるイベントを、これからもずっと続けていってほしい。