2ntブログ

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 ■胎動―6■



 午前十時五十分、馬路須加女学園生徒会は正式に緊急事態宣言を発令した。
 これにより馬路須加女学園の校則は宣言が解除されるまで一時凍結され、全権は生徒会と吹奏楽部に委ねられた。緊急事態宣言が解除されるまで、この措置は続くものとされた。
 ジャンボは、もっとも要となる校舎中央の生徒用玄関で、サドの命令によりアニメとともにバリケード制作の指揮にあたった。ライスと昭和は南の職員専用玄関を担当している。
 ジャンボの指揮下に入った一年生一〇五人中六十人は、アンダーガールズによる計測と図面に基づき、バリケードの設置に取りかかった。
 しかし、完全に組織化されていないばかりか、普段はいがみあい、ケンカばかりしている連中が緊急事態だからといってすぐに一致団結できるわけもなく、作業はなにかといえば中断し、ジャンボたちはいらだった。
 校舎の一階にある一年生の教室から机と椅子を運ぶだけでも相当な手間であるのに、それらを積み上げて結束バンドで固定するのは大変な作業だった。二人がかりで運んできた机を四人で持ち上げるというのが基本だったが、時間の経過とともに疲労が出てくるため予定よりもはかどらない。
 問題はさらに起きた。バリケードを組み上げる際にできたわずかなズレが次第に大きくなったり、図面に計測まちがいがあったりして、一度組んだものをもう一度バラすことも一度や二度ではなかった。
 やがて生徒たちのあいだに焦燥が生まれた。当初はラッパッパの監視下ということもあり、我慢をしつつアンダーガールズたちの命令に従っていた生徒たちも、遅々として進まない作業にあからさまな苛立ちを見せた。このままではいずれ暴動にすらなりかねない雰囲気だった。
 「――こんなんで明日の朝までにできるのかな……」一時間が過ぎても基礎になる一段目の設置すら満足にできていない状況に、ジャンボは廊下の壁によりかかって深いため息をついた。
 「まあ……なんとかなるよ」そばにいたアニメがサングラスの奥で、にっこりと笑った。
 「間に合わなかったら、大変なことになるよね」
 「うん……でも大丈夫だよ」
 「そっかなぁ……」
 「そうだよ」
 アニメはいつでも優しい……と、ジャンボが思った瞬間――
 机でも落ちたのか、なにかが床に叩きつけられたように派手な音が廊下に響いた。そちらに目をやると同時に一年生同士の怒号がして、あっという間にケンカが始まった。
 「――ったく、もう……」
 ジャンボは駆け出し、とっくみあいをしている二人のあいだに割って入った。アニメもすぐに追いつき、二人を剥がす。
 「てめえら、そんなことしてる場合かっ」ジャンボは怒鳴った。「もし間に合わなかったら、一年全員半殺しだぞっ。わかってんのか?」
 ジャンボはケンカを始めた二人を見た。一人はジャンボも顔を知っている金眉会のメンバーだったが、もう一人の少女には見覚えがなかった。
 「あっ……クソッ……痛てぇじゃねえか、このヤロウ……」金眉会のメンバーが左上腕部を押さえながら呻いた。指の間から血が流れていた。
 振り返ると、背が低く、顎が尖ったその少女の右手には刃渡り十センチほどの小さな折りたたみナイフが握られていた。
 ジャンボは速攻で少女の右手首をねじった。そして身長差を利用し、思いっきり少女を引っ張り上げた。
 「きゃはっ」少女は痛みを楽しんでいるかのように笑った。
 原因がなにかはわからないが、この少女はケンカが起きたと同時にナイフで相手を攻撃したのだ――なんの躊躇もなく。
 少女の瞳の奥にゲキカラと同じ輝きを見て、ジャンボは戦慄した。
 ――狂ってる……?
 「――てめえ、こんなとこでヤッパ出しやがって……」
 ジャンボは軽い恐怖を感じていたが、冷静であろうとした。この場を仕切っているのがだれなのか、この狂った女に教えてやらなければいけない。
 「だれか、保健室に――」アニメがこの騒動を取り囲んでいる連中に言った。
 「いい子だから、こいつを放しな」ジャンボは少女の右手首をさらに強くねじった。
 「冗談でした」少女はナイフを人差し指と親指でつまんで、ぶら下げた。
 ジャンボは、いつ少女が獰猛さを露わにするかという恐怖に怯えながらも、ナイフを奪った。
 少女から手を離し、ナイフを折りたたんでスカートのポケットにしまう。「こいつは預かっておく。いいな?」
 「いいのん」少女はジャンボを小馬鹿にするように、尖った顎を突き出した。そしてセーラー服の胸ポケットから、また折りたたみナイフを取り出した。「まだあるから」
 「てめえ……」
 「てめえじゃないのん。カノンだのん」
 そう言ったかと思うと、カノンは脱兎のごとく走り、廊下の向こうに消えた。
 「なんなんだ、あいつ……」
 ジャンボがひとりつぶやくと、アニメが近づいてきた。その背後では、斬られた金眉会メンバーが二人の生徒に肩を借り、保健室へ向かうのが見えた。
 「いま、あいつと同じクラスのやつに聞いた。木本花音――花の音って書いてカノン、だって」
 「花音……」
 きれいな名前だ、とジャンボは思った。
 「サドさんに報告しないと……」
 「ううん」ジャンボは否定した。「サドさんに余計な心配かけさせちゃダメだよ。今でさえ、ギリギリの精神状態なんだから」
 「そっか」
 「わたしが責任持つから、このことは黙ってよう」
 「ジャンボだけに負わせないよ」
 アニメは頷いた。頼もしいダチだ。ジャンボも頷いた。
 ふと気づくと、六十人弱の生徒たちはこの騒ぎに乗じて、勝手に休憩していた。バリケード製作の手は止まり、あろうことか組んだ机の上に座っている者さえいる始末だった。
 「さあさあッ」ジャンボは拍手をするように手を叩いた。「みんな大好きケンカショーの時間は終わりだよ。さっさと組み上げるんだ」




 【つづく】

WHAT'S NEW?