販売開始したのに、すっかり忘れていたサンプル写真を貼り付けておきます。クリックすると拡大しますよ。
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この衣装は『桜の花びらたち』と『だけど…』の、2曲のみに使われた衣装です。
スカートのふくらみは、スタジオにあったサーキュレーターを使って、下から風を送っています。モデルの陸遊馬さん自ら、「これ使ったらいいんじゃないですか」と提案してくれたアイディアです。撮影は初夏におこなったので、涼しくて気持ちよかったとのこと(笑)。なんにしても、女の子のスカートがふわっとふくらむのはいいものです。
そんな写真集の販売はこちら。↓
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でも18歳以上でないと買えないので、17歳以下の人は大きくなるまで待っててね。
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この衣装は『桜の花びらたち』と『だけど…』の、2曲のみに使われた衣装です。
スカートのふくらみは、スタジオにあったサーキュレーターを使って、下から風を送っています。モデルの陸遊馬さん自ら、「これ使ったらいいんじゃないですか」と提案してくれたアイディアです。撮影は初夏におこなったので、涼しくて気持ちよかったとのこと(笑)。なんにしても、女の子のスカートがふわっとふくらむのはいいものです。
そんな写真集の販売はこちら。↓
でも18歳以上でないと買えないので、17歳以下の人は大きくなるまで待っててね。
■懐柔―1■
木曜日――。
登校したサドは教室には行かず、直接生徒会室へと向かった。
朝の喧騒の中、サドが廊下の真ん中を通ると、たむろしていた少女たちは怯えたように端へと移動し、サドへ頭を下げた。サドはそれらを無視したまま、まっすぐ前を向いて歩いた。この学園の、ほとんどすべての生徒がそうするさまは気分が良かった。だが、この恐怖はサドだけに向けられたものではない。みんなはサドの背中に、大島優子という名前を見ている。まあ、そのこと自体は当然のことだ。腹は立たない。
しかし――サドは回想する。
その恐怖がサドだけに向けられていた時期もあったのだ。
大島優子が二年生になって頭角を現しはじめたころ、馬路須加女学園はマリコ――当時はまだ、サドではなくマリコと呼ばれていた――の支配下にあった。トリゴヤ、ブラック、シブヤを擁するマリコは、並み居る不良たちをゲキカラとともに倒し続けた大島優子を敵視していた。早めに潰さなければ、いずれこの学園は大島優子のモノになりかねない。マリコはタイマンのチャンスをうかがっていた。
不思議なものだとサドは思う。あのころは殺してやりたいくらい憎かった大島優子なのに、いまでは彼女に心酔し、すべてを捧げている。大島優子と少しでも長くいたくて、わざと留年までした。
いつから優子に魅かれはじめたのかはわからない。しかし、ようやくタイマンを張ることになったときには、すでに優子を愛しはじめていた。優子に抱かれたいとさえ思っていた。優子のことを考え、毎晩自分を慰めた。ラッパッパリーダーとして潰さなければいけない者を愛してしまったという背徳感が、その快感をより深くしていた。自分のものではなく、優子の指が、舌が欲しかった。優子の指でめちゃくちゃにかき回されたかった。
――おまえはサドだな。
ふと、神社でタイマンを張った、あの日の優子の言葉が聞こえた。これで何千回目だろうか。
階段を昇りきり、生徒会室の前で立ち止まったとき、サドは無意識に眉の上の傷をさわっていた。 それに気づくと、サドは苦笑して、扉をノックした。「――私だ」
「どうぞ」峯岸の声を聞き、サドは中に入った。
生徒会室には、蒸せるような女の香りがした。生徒会の三人は昨日サドが帰ってからも、この部屋でずっと、明日の作戦会議をしていたのだろう。部屋の中央に置かれたテーブルの上にはたくさんの書類が積み重ねられ、開いているスペースには眠気覚ましのためかコーヒーの入ったカップが三つ、チョコレートの菓子類、ガムが置かれている。デスクトップのパソコンにも電源は入ったままで、ハードディスクの回転する音が低くうなり、プリンタからは今も次々と紙が吐き出され、その横にはたくさんの紙が束ねられていた。
サドが室内に入ったとき、峯岸はそのプリンタの横に立っていた。
「おはようございます」峯岸は頭を下げた。
「ああ――」サドはあいづちを打つように応えた。
「ちょっとぉ――」こちらを見た峯岸の目には、ただでさえ厚い涙嚢にうっすらとクマができていた。「あいさつはきちんとしなさい。そういうの、いくないと思う」
サドは苦笑して、「ああ――おはよう」
「そ。気持ちいいでしょ?」
「まあな」
起きていたのは峯岸だけで、生徒会役員の二人は眠っていた。
平松加奈子は机の上に突っ伏している。丸くなった背中に、窓からの陽光が差し、一本の筋を描いていた。
佐藤すみれは椅子の背もたれに体をあずけ、頭をそらしている。完全に熟睡しているのか、大きく口を開き、なんともまぬけな寝顔をさらしていた。百年の恋も冷める、とよく言うが、まさにそんな寝顔だった。
寝ている二人を見ているサドに気づいた峯岸が、「さっきまで起きてたんだけどね。一生懸命やってくれたから、少し休んでもらってる」
「おまえはいいのか?」
「私は平気。生徒会長だから」峯岸は笑って、机の上から紙束をサドに渡した。「作戦計画書」
サドはそれを受取り、読み始めた。
そこにはサドが考案した作戦を実行にうつすための、具体的事案の数々が記されていた。
まずは校長に今日と明日を臨時休校にする許可をもらうことからはじまり、バリケードの設置に関わる資材の調達、その実施に際して必要とされる人員と配置、そして全校生徒をこの学校に宿泊させるための段取り、そして作戦が終了したのちの後片付けの段取りなど――。
バリケードの制作方法は図になっており、制作担当者に配る予定のチラシも作成されていた。たった12時間ほどで、ゼロからこれを作り上げた生徒会と、それを指揮した峯岸に、サドは感心した。
「よくできているな。感謝する」
「それだけ? もうちょっと褒めてもらいたいな」
「もうちょっと?」
「こういうこと――」
十センチの身長差がある峯岸の両手がサドの首にまきついてきた。サドはその瞬間に峯岸の意思を理解し、自分から唇を重ねた。
ひさしぶりに吸う峯岸の唇はやわらかく、眠気覚ましにでも飲んでいたのか、コーヒーの味がした。それは舌をからめると、より強くなった。
サドは唇を重ねたまま、「私は、コーヒーは嫌いなんだ……」
峯岸もさのまま答えた。「ココアなんて甘ったるいもん……」
それから峯岸は、サドのもっとも敏感な部分を愛撫するように、舌を高速で動かしてきた。それは直接的な快感にはつながらないものの、この舌の動きで体を隅から隅まで攻められることを連想させた。サドの体の芯に、じんわりとした痺れがきた。サドは峯岸を強く抱きしめた。
サドは峯岸のセーラー服の上着の下から、細く美しい腕を入れた。背の低い峯岸のセーラ服を完全にめくりあげなければ、サドの腕は自由に動けなかったが、このもどかしさは好きだった。息遣いが荒くなっていくのが自分でもわかった。サドの指は、しっとりと汗で湿った峯岸の肌を這い、上へ上へと向かった。やがて、カップ台の芯地に入っているワイヤーの硬い感触がしたので、サドはそれをめくりあげようとした。
「――あっ、ちょっ……ちょっと……待って……」峯岸はあわてて唇を離した。「そこは……いまはキスだけ」
「なんだ、最後までするんじゃないのか」そんなことにならないことを知っていて、サドはからかうように笑った。峯岸の上着から右手を抜き、それをプリーツスカートの上に添え、中指でゆっくりと焦らすように敏感な部分をさすった。「――我慢できるのか」
「トリゴヤと一緒にしないで」峯岸は腕をとき、サドから離れた。「二人も、いつ起きるかわからないし。その代わり、この作戦が成功したら――抱いて」
言われなくてもそうするつもりだった。「あの二人も混ぜるか」
「だーめ。気が散る。それに、あの子たち、ノンケだし」
「そうなのか?」
「卒業までには女の良さを教えるつもりだけど」
「その気になったらいつでも抱いてやる。今日の礼だ。伝えておいてくれ」
「もちろんっ」峯岸はサドの顎にかすかにキスをした。「それじゃあ、まずは校長に許可をもらわないに行かないとね」
「先公の許可なんかいるか? やっちまえばこっちのもんだろ?」
「それはそうだけど、そういうのって、やっぱ、いくないよ。私たちはあくまでも馬路須加女学園の生徒なんだから、筋はちゃんと通すべきでしょ?」
「それはそうかもしれないな。がんばってきてくれ」
「なに言ってるの? あなたも行くのよ、一緒に」
「――ケンカをするから授業をdiscontinuation(中止)しろ、と……?」
現馬路須加女学園校長であり元ラッパッパ初代部長の野島百合子は、椅子に座ったままテーブルの向こう側からサドと峯岸を見ていた。「それが生徒会の出したconclusion(結論)なんですね、ミス・ミネギシ?」
「はい。生徒会は今回、吹奏楽部――ラッパッパとの合同作戦を展開します」峯岸はきっぱりと言った。
サドとともに校長室を訪れた峯岸は、事の次第を隠さず校長に話した。
亜理絵根女子高等学校がこれまで馬路須加女学園の生徒に何をしてきたか、そして明日、なにをしようとしているのか。また、この戦いから逃げ出したりすることがあれば、それは校長の名とともに永遠に馬路須加女学園の歴史に刻まれること。そうなれば、せっかく事態をおさめた矢場久根女子高校との争いも再燃し、生徒会として学園の自治を保障できないこと。
「educator(教育者)として、そんな要求は飲めませんよ、ミス・ミネギシ」
「いえ。教育者――というか、馬路須加女学園の教師であるからこそ、そうしてほしいんです」
「よろしい、ミス・ミネギシ。私をpersuasion(説得)してみなさい」
野島百合子はお手並み拝見といった感じで、机の上に両肘を乗せ、頬杖をついた。
「説得? もう、そんな状況じゃないんですよ、校長先生っ」峯岸は芝居がかった口調で叫び、机を両手で叩いた。その大きな音に、サドは少し驚いた。「馬路須加女学園がどうしてこんなに荒れているのか……。私はいろいろと調べました。OGに話を聞きたり、昔の資料にあたったり……。素行不良で学校の爪はじき者となった生徒に勉学の機会を与えるという馬路須加女学園のこの方針は、十年ほど前から作られたものだそうですね。当時の経営陣は、将来確実に訪れる少子化により、学園の経営はますます困難になっていくことを知っていました。なにもしなければ、他の高校に生徒をとられてしまう。そのために馬路須加女学園は、他のどの学校もやらないことをした。それが、どんな生徒も受け入れる、という方針です。教育者としてはすばらしい発想です。ラッパッパ初代部長の校長が呼ばれたのも、この方針を実現できる手腕を持っていると期待されたからではありませんか。しかし学園は経営陣の想像以上に荒れてしまった。びっくりしたでしょうね。これじゃあ、まるで80年代の校内暴力全盛期じゃないか、と。ですが、これが幸いしました。近隣県の中学校から、名うての不良どもが集まってきた。皮肉なことに、馬路須加女学園は荒れることでブランド化したのです。学園の修繕費は普通以上にかかるものの、それは学費に転嫁すればいい。少しくらい学費が高くとも、手の付けられない不良の親は、自分の娘が高校卒業の資格がもらえるのなら、喜んで財布を開くでしょう。そのおかげで馬路須加女学園は経営が成り立っている――ちがいますか、校長?」
野島百合子は薄い笑みを浮かべて、肯定も否定もしなかった。
「今回の戦いを避ければ、馬路須加女学園のブランドの価値は下がります。来年度の入学希望者は亜理絵根女子高等学校に流れていくでしょう。けれども、戦えば、勝っても負けても価値は下がらない。逃げることは最悪の事態しか生みません。そして戦ったなら、私たちは負けません――ね、サドさん?」
急に振られたサドはちょっと焦ったものの、それを表情に出さぬよう、「ああ」と頷いた。
「普段は対立している生徒会とラッパッパがタッグを組んだんです。負けるはずはありません。作戦も立てました。昨日は生徒会の役員三人で徹夜して具体的計画を練りました」峯岸は持ってきていた作戦要綱を校長に渡した。
A4版で五十ページほどの紙の左肩がホッチキスで止められているその束を、野島百合子は食い入るように読み始めた。
サドは珍しく緊張している自分を感じていた。校長の許可が下りようが下りまいが、作戦は実施するつもりだった。いざとなればラッパッパが、校長をはじめ、全教職員を拉致する。それは多分、校長もわかっているだろう。なにしろこの女は、ラッパッパの初代部長なのだ。
それでもサドが峯岸の演説につきあっているのは、彼女の顔を立てるためだった。生徒会と良好な関係を作っておくことは、自分が去ったあとのラッパッパにとって悪いことではない。むしろ必要なことだ。
理由はもうひとつあった。峯岸がどこまでできる人間なのかを見極めたかったのだ。そしていまのところ、サドは峯岸を完全に信用しつつあった。
だが、こうしているあいだにも貴重な時間が失われていく――優子さん――かと思うと、サドはかなりイライラとした。そうすれば一秒でも早く読み終わるかのように、サドはずっと野島百合子を凝視した。
野島百合子がおおまかにでも、作戦要綱を読み終わるまでたっぷり五分は待った。顔を上げ、渋い表情で峯岸とサドを交互に見た。
「――ケンカを理由に授業をdiscontinuationすることはできません」
――やっぱりか。
サドは落胆したが、これで腹は決まった。
――先公どもを全員拉致する。
「――ですが……っ」峯岸は大きな目を見開いた。
「最後まで聞きなさい。ミス・ミネギシ。しかし、来年の体育祭の準備の予行ということでなら、admit(認める)しましょう。その最中に、他校の生徒が妨害にやってきたとしたら――」野島百合子は少女がいたずらをするような目つきになった。「戦わざるをえないでしょうね」
「校長……っ」峯岸の大きな瞳が潤みはじめた。「ありがとうございますっ」
腰を九十度に折り、頭を下げた峯岸はしばらくそのままでいた。
サドも峯岸に倣った。峯岸ほど深くはないが、サドは頭を下げた。
「ミス・シノダ」
「はい」サドは顔を上げた。
サドと目が合った瞬間、野島百合子の目の色がすっと変わった。そこには教育者としての顔はなかった。かつて燃えたぎっていたであろうヤンキーの血が見せた、サドでさえ一瞬たじろいだほどの眼力だった。「いいか、やるからにはラッパッパの名誉を汚すんじゃねぇぞ。絶対に勝て。勝てなかったら、おまえのresponsibilityだ。腹を切る覚悟はあるな?」
――ある。
「あります」サドは凜として答えた。
「よろしい」野島百合子は満足げな笑みを浮かべた。
峯岸が直立した。
「他の教職員たちには私がpersuasionしておく。あなたたちはこの作戦要綱にしたがって、たった今から準備をなさい」
「わかりました。あと、放送室と体育館の使用許可もください。これから全校生徒に向け、体育館に集まるように放送します」
「いいでしょう。放送室や体育館だけでなく、このschoolすべての施設を使ってかまいません」
「ありがとうございます」
「Quitters never win, and winners never quit. ――私の好きな言葉です。意味は自分で調べなさい」
【つづく】
木曜日――。
登校したサドは教室には行かず、直接生徒会室へと向かった。
朝の喧騒の中、サドが廊下の真ん中を通ると、たむろしていた少女たちは怯えたように端へと移動し、サドへ頭を下げた。サドはそれらを無視したまま、まっすぐ前を向いて歩いた。この学園の、ほとんどすべての生徒がそうするさまは気分が良かった。だが、この恐怖はサドだけに向けられたものではない。みんなはサドの背中に、大島優子という名前を見ている。まあ、そのこと自体は当然のことだ。腹は立たない。
しかし――サドは回想する。
その恐怖がサドだけに向けられていた時期もあったのだ。
大島優子が二年生になって頭角を現しはじめたころ、馬路須加女学園はマリコ――当時はまだ、サドではなくマリコと呼ばれていた――の支配下にあった。トリゴヤ、ブラック、シブヤを擁するマリコは、並み居る不良たちをゲキカラとともに倒し続けた大島優子を敵視していた。早めに潰さなければ、いずれこの学園は大島優子のモノになりかねない。マリコはタイマンのチャンスをうかがっていた。
不思議なものだとサドは思う。あのころは殺してやりたいくらい憎かった大島優子なのに、いまでは彼女に心酔し、すべてを捧げている。大島優子と少しでも長くいたくて、わざと留年までした。
いつから優子に魅かれはじめたのかはわからない。しかし、ようやくタイマンを張ることになったときには、すでに優子を愛しはじめていた。優子に抱かれたいとさえ思っていた。優子のことを考え、毎晩自分を慰めた。ラッパッパリーダーとして潰さなければいけない者を愛してしまったという背徳感が、その快感をより深くしていた。自分のものではなく、優子の指が、舌が欲しかった。優子の指でめちゃくちゃにかき回されたかった。
――おまえはサドだな。
ふと、神社でタイマンを張った、あの日の優子の言葉が聞こえた。これで何千回目だろうか。
階段を昇りきり、生徒会室の前で立ち止まったとき、サドは無意識に眉の上の傷をさわっていた。 それに気づくと、サドは苦笑して、扉をノックした。「――私だ」
「どうぞ」峯岸の声を聞き、サドは中に入った。
生徒会室には、蒸せるような女の香りがした。生徒会の三人は昨日サドが帰ってからも、この部屋でずっと、明日の作戦会議をしていたのだろう。部屋の中央に置かれたテーブルの上にはたくさんの書類が積み重ねられ、開いているスペースには眠気覚ましのためかコーヒーの入ったカップが三つ、チョコレートの菓子類、ガムが置かれている。デスクトップのパソコンにも電源は入ったままで、ハードディスクの回転する音が低くうなり、プリンタからは今も次々と紙が吐き出され、その横にはたくさんの紙が束ねられていた。
サドが室内に入ったとき、峯岸はそのプリンタの横に立っていた。
「おはようございます」峯岸は頭を下げた。
「ああ――」サドはあいづちを打つように応えた。
「ちょっとぉ――」こちらを見た峯岸の目には、ただでさえ厚い涙嚢にうっすらとクマができていた。「あいさつはきちんとしなさい。そういうの、いくないと思う」
サドは苦笑して、「ああ――おはよう」
「そ。気持ちいいでしょ?」
「まあな」
起きていたのは峯岸だけで、生徒会役員の二人は眠っていた。
平松加奈子は机の上に突っ伏している。丸くなった背中に、窓からの陽光が差し、一本の筋を描いていた。
佐藤すみれは椅子の背もたれに体をあずけ、頭をそらしている。完全に熟睡しているのか、大きく口を開き、なんともまぬけな寝顔をさらしていた。百年の恋も冷める、とよく言うが、まさにそんな寝顔だった。
寝ている二人を見ているサドに気づいた峯岸が、「さっきまで起きてたんだけどね。一生懸命やってくれたから、少し休んでもらってる」
「おまえはいいのか?」
「私は平気。生徒会長だから」峯岸は笑って、机の上から紙束をサドに渡した。「作戦計画書」
サドはそれを受取り、読み始めた。
そこにはサドが考案した作戦を実行にうつすための、具体的事案の数々が記されていた。
まずは校長に今日と明日を臨時休校にする許可をもらうことからはじまり、バリケードの設置に関わる資材の調達、その実施に際して必要とされる人員と配置、そして全校生徒をこの学校に宿泊させるための段取り、そして作戦が終了したのちの後片付けの段取りなど――。
バリケードの制作方法は図になっており、制作担当者に配る予定のチラシも作成されていた。たった12時間ほどで、ゼロからこれを作り上げた生徒会と、それを指揮した峯岸に、サドは感心した。
「よくできているな。感謝する」
「それだけ? もうちょっと褒めてもらいたいな」
「もうちょっと?」
「こういうこと――」
十センチの身長差がある峯岸の両手がサドの首にまきついてきた。サドはその瞬間に峯岸の意思を理解し、自分から唇を重ねた。
ひさしぶりに吸う峯岸の唇はやわらかく、眠気覚ましにでも飲んでいたのか、コーヒーの味がした。それは舌をからめると、より強くなった。
サドは唇を重ねたまま、「私は、コーヒーは嫌いなんだ……」
峯岸もさのまま答えた。「ココアなんて甘ったるいもん……」
それから峯岸は、サドのもっとも敏感な部分を愛撫するように、舌を高速で動かしてきた。それは直接的な快感にはつながらないものの、この舌の動きで体を隅から隅まで攻められることを連想させた。サドの体の芯に、じんわりとした痺れがきた。サドは峯岸を強く抱きしめた。
サドは峯岸のセーラー服の上着の下から、細く美しい腕を入れた。背の低い峯岸のセーラ服を完全にめくりあげなければ、サドの腕は自由に動けなかったが、このもどかしさは好きだった。息遣いが荒くなっていくのが自分でもわかった。サドの指は、しっとりと汗で湿った峯岸の肌を這い、上へ上へと向かった。やがて、カップ台の芯地に入っているワイヤーの硬い感触がしたので、サドはそれをめくりあげようとした。
「――あっ、ちょっ……ちょっと……待って……」峯岸はあわてて唇を離した。「そこは……いまはキスだけ」
「なんだ、最後までするんじゃないのか」そんなことにならないことを知っていて、サドはからかうように笑った。峯岸の上着から右手を抜き、それをプリーツスカートの上に添え、中指でゆっくりと焦らすように敏感な部分をさすった。「――我慢できるのか」
「トリゴヤと一緒にしないで」峯岸は腕をとき、サドから離れた。「二人も、いつ起きるかわからないし。その代わり、この作戦が成功したら――抱いて」
言われなくてもそうするつもりだった。「あの二人も混ぜるか」
「だーめ。気が散る。それに、あの子たち、ノンケだし」
「そうなのか?」
「卒業までには女の良さを教えるつもりだけど」
「その気になったらいつでも抱いてやる。今日の礼だ。伝えておいてくれ」
「もちろんっ」峯岸はサドの顎にかすかにキスをした。「それじゃあ、まずは校長に許可をもらわないに行かないとね」
「先公の許可なんかいるか? やっちまえばこっちのもんだろ?」
「それはそうだけど、そういうのって、やっぱ、いくないよ。私たちはあくまでも馬路須加女学園の生徒なんだから、筋はちゃんと通すべきでしょ?」
「それはそうかもしれないな。がんばってきてくれ」
「なに言ってるの? あなたも行くのよ、一緒に」
「――ケンカをするから授業をdiscontinuation(中止)しろ、と……?」
現馬路須加女学園校長であり元ラッパッパ初代部長の野島百合子は、椅子に座ったままテーブルの向こう側からサドと峯岸を見ていた。「それが生徒会の出したconclusion(結論)なんですね、ミス・ミネギシ?」
「はい。生徒会は今回、吹奏楽部――ラッパッパとの合同作戦を展開します」峯岸はきっぱりと言った。
サドとともに校長室を訪れた峯岸は、事の次第を隠さず校長に話した。
亜理絵根女子高等学校がこれまで馬路須加女学園の生徒に何をしてきたか、そして明日、なにをしようとしているのか。また、この戦いから逃げ出したりすることがあれば、それは校長の名とともに永遠に馬路須加女学園の歴史に刻まれること。そうなれば、せっかく事態をおさめた矢場久根女子高校との争いも再燃し、生徒会として学園の自治を保障できないこと。
「educator(教育者)として、そんな要求は飲めませんよ、ミス・ミネギシ」
「いえ。教育者――というか、馬路須加女学園の教師であるからこそ、そうしてほしいんです」
「よろしい、ミス・ミネギシ。私をpersuasion(説得)してみなさい」
野島百合子はお手並み拝見といった感じで、机の上に両肘を乗せ、頬杖をついた。
「説得? もう、そんな状況じゃないんですよ、校長先生っ」峯岸は芝居がかった口調で叫び、机を両手で叩いた。その大きな音に、サドは少し驚いた。「馬路須加女学園がどうしてこんなに荒れているのか……。私はいろいろと調べました。OGに話を聞きたり、昔の資料にあたったり……。素行不良で学校の爪はじき者となった生徒に勉学の機会を与えるという馬路須加女学園のこの方針は、十年ほど前から作られたものだそうですね。当時の経営陣は、将来確実に訪れる少子化により、学園の経営はますます困難になっていくことを知っていました。なにもしなければ、他の高校に生徒をとられてしまう。そのために馬路須加女学園は、他のどの学校もやらないことをした。それが、どんな生徒も受け入れる、という方針です。教育者としてはすばらしい発想です。ラッパッパ初代部長の校長が呼ばれたのも、この方針を実現できる手腕を持っていると期待されたからではありませんか。しかし学園は経営陣の想像以上に荒れてしまった。びっくりしたでしょうね。これじゃあ、まるで80年代の校内暴力全盛期じゃないか、と。ですが、これが幸いしました。近隣県の中学校から、名うての不良どもが集まってきた。皮肉なことに、馬路須加女学園は荒れることでブランド化したのです。学園の修繕費は普通以上にかかるものの、それは学費に転嫁すればいい。少しくらい学費が高くとも、手の付けられない不良の親は、自分の娘が高校卒業の資格がもらえるのなら、喜んで財布を開くでしょう。そのおかげで馬路須加女学園は経営が成り立っている――ちがいますか、校長?」
野島百合子は薄い笑みを浮かべて、肯定も否定もしなかった。
「今回の戦いを避ければ、馬路須加女学園のブランドの価値は下がります。来年度の入学希望者は亜理絵根女子高等学校に流れていくでしょう。けれども、戦えば、勝っても負けても価値は下がらない。逃げることは最悪の事態しか生みません。そして戦ったなら、私たちは負けません――ね、サドさん?」
急に振られたサドはちょっと焦ったものの、それを表情に出さぬよう、「ああ」と頷いた。
「普段は対立している生徒会とラッパッパがタッグを組んだんです。負けるはずはありません。作戦も立てました。昨日は生徒会の役員三人で徹夜して具体的計画を練りました」峯岸は持ってきていた作戦要綱を校長に渡した。
A4版で五十ページほどの紙の左肩がホッチキスで止められているその束を、野島百合子は食い入るように読み始めた。
サドは珍しく緊張している自分を感じていた。校長の許可が下りようが下りまいが、作戦は実施するつもりだった。いざとなればラッパッパが、校長をはじめ、全教職員を拉致する。それは多分、校長もわかっているだろう。なにしろこの女は、ラッパッパの初代部長なのだ。
それでもサドが峯岸の演説につきあっているのは、彼女の顔を立てるためだった。生徒会と良好な関係を作っておくことは、自分が去ったあとのラッパッパにとって悪いことではない。むしろ必要なことだ。
理由はもうひとつあった。峯岸がどこまでできる人間なのかを見極めたかったのだ。そしていまのところ、サドは峯岸を完全に信用しつつあった。
だが、こうしているあいだにも貴重な時間が失われていく――優子さん――かと思うと、サドはかなりイライラとした。そうすれば一秒でも早く読み終わるかのように、サドはずっと野島百合子を凝視した。
野島百合子がおおまかにでも、作戦要綱を読み終わるまでたっぷり五分は待った。顔を上げ、渋い表情で峯岸とサドを交互に見た。
「――ケンカを理由に授業をdiscontinuationすることはできません」
――やっぱりか。
サドは落胆したが、これで腹は決まった。
――先公どもを全員拉致する。
「――ですが……っ」峯岸は大きな目を見開いた。
「最後まで聞きなさい。ミス・ミネギシ。しかし、来年の体育祭の準備の予行ということでなら、admit(認める)しましょう。その最中に、他校の生徒が妨害にやってきたとしたら――」野島百合子は少女がいたずらをするような目つきになった。「戦わざるをえないでしょうね」
「校長……っ」峯岸の大きな瞳が潤みはじめた。「ありがとうございますっ」
腰を九十度に折り、頭を下げた峯岸はしばらくそのままでいた。
サドも峯岸に倣った。峯岸ほど深くはないが、サドは頭を下げた。
「ミス・シノダ」
「はい」サドは顔を上げた。
サドと目が合った瞬間、野島百合子の目の色がすっと変わった。そこには教育者としての顔はなかった。かつて燃えたぎっていたであろうヤンキーの血が見せた、サドでさえ一瞬たじろいだほどの眼力だった。「いいか、やるからにはラッパッパの名誉を汚すんじゃねぇぞ。絶対に勝て。勝てなかったら、おまえのresponsibilityだ。腹を切る覚悟はあるな?」
――ある。
「あります」サドは凜として答えた。
「よろしい」野島百合子は満足げな笑みを浮かべた。
峯岸が直立した。
「他の教職員たちには私がpersuasionしておく。あなたたちはこの作戦要綱にしたがって、たった今から準備をなさい」
「わかりました。あと、放送室と体育館の使用許可もください。これから全校生徒に向け、体育館に集まるように放送します」
「いいでしょう。放送室や体育館だけでなく、このschoolすべての施設を使ってかまいません」
「ありがとうございます」
「Quitters never win, and winners never quit. ――私の好きな言葉です。意味は自分で調べなさい」
【つづく】
■特訓―5■
だるまの顔面に叩き込んだはずのヲタの右ひじは、宙を直進しただけだった。
あっと思った瞬間に、体をかがめていただるまのアッパーカットがヲタの喉にヒットした――かと思ったが、だるまはその腕を止めた。顎まであと五センチというところだ。
「本番やったら食らってたで」
ヲタは安堵して、一歩下がった。「ああ、わかってる……」
「わかってへんやんか。おまえは踏み込みがあと一歩足らんねん」
「けど……」
「けどやあらへん。言い訳すな」
肘を必殺技に使うのはいいアイディアだと思った。元から堅い肘なら鍛えなくていい。だが、それは甘い考えだった。
肘を相手に命中させるには、かなり接近しなければならない。肘はリーチが短いからだ。しかし元々臆病なヲタは、相手に接近すれば先にやられるという恐怖で、だるまの言うとおり、あと一歩が踏み込めなかった。現にヲタはこれまで何十回とだるまを相手にしたが、ただの一度も、肘をかすめることさえできずにいた。実戦では当てるだけではなく、この一撃で相手を倒さなければならない。当てることさえままならないのに、そんなことができるのだろうか……。ヲタは気が重くなった。
「やっぱ……肘はやめたほうがいいかな……」
「ええで。ヤならやめたらええ」だるまはあきれたように首を横に振った。「けど、次になにを選ぶ? どうせそれもうまくいかへんで、また別の技がええって言い出すに決まっとる。ええか。おまえの心ははじめから負けてんねん。たかが練習やのに目が泳いどる。前に比べりゃマシやけどな」
「――わかったよ。やりゃいいんだろ。やりゃあ……」
だるまが言うことは想像できた。なのに、つい弱音を吐いてしまう。
朝日に勝つためにここにいるのに。
何日も、ここでがんばってきたのに。
こんなに真剣に自分につきあってくれるダチがいるのに。
それでもなにか訴えかけずにはいられないのは、まだ自分の中に残っているヘタレ気質ゆえだろう。これをどうにかしなければ、自分は成長できない。
わかっている。
わかっているが――
「さ。も一回、いくで」
だるまがヲタの思考をさえぎった。ヲタは反射的に身構えた。
すると、だるまがあきれたような表情になった。「それがあかんねん。最初から相手の攻撃を受けることが前提になっとるやないか」
「踏み込む前に一発食らうに決まってるじゃねえか」
「だから、その考えがあかんねん。なんで自分で攻撃を組み立てようとせんのや?」
「――ああ、そうか……」
「懐に入れないんやったら、入れるようにすればええ。こんなふうに……なっ……」
だるまが突進してきた。
このとき、ヲタとだるまは二メートルほど離れていたが、構えを解いていたヲタは恐怖で反応できなかった。
だるまの右ストレートが顔面に向かってくる。
ヲタは小さく、ひいっと叫んで後退した。
だるまの突き出された拳は、ヲタの頭部の左側の空を切った。
次の瞬間、ヲタの鼻柱の直前にだるまの肘があった。それは突然、そこに現れたかのように見えた。
九十度に曲げられた肘が、ヲタの鼻の頭を直撃した。
「痛ってええええええええぇぇぇぇぇっ……」
ヲタは叫んで、背中から地面に落ちた。
ゲキカラにやられた「鼻エンピツ」の痛みは、まだ残っている。そこにだるまの肘が入たおかげで、ヲタは鼻を取ってしまいたくなるくらいの激痛を感じた。鼻のあたりが熱くなってきたのは血が出たからか? ヲタは鼻を包んでこすっていた手を見た。血は付いていない。だが、たしかに生ぬるい感触はあった。
「くっそ……」
「悔しいか? 悔しかったらやらんかい。オレを憎まんかい。オレに一発浴びせてみい」
「なんで当てたんだよ……。今まで寸止めしてたのに……」
「油断するな、言うたろ?」
「――ったく……」
ヲタはゆっくりと起き上がり、ジャージの土とほこりをはらった。刺繍をするだけで二万円もかかった、緑色のチームホルモン特注ジャージは、ここ数日だけで数年分の痛みを受けているかのようにぼろぼろだった。刺繍はあちこちほつれているし、膝と肘の部分は両方とも生地がこすれていて、あと少しで穴が空きそうになっている。左胸に縫い付けられた「2―C指原」という名札も、角がほどけている。
――特訓が終わったら新調するかな……。
ふと思ったが、その必要はないことに、ヲタは気づいた。
もうチームホルモンは解散したのだ。
マジジョに戻ったところで自分の居場所はない。
チームホルモンのメンバーたちが自分を許してくれるはずがない。プリクラに負けたら解散と勝手に宣言し、そして負けたのだから。背水の陣で挑んで負けるなんて、本当にかっこ悪いし、情けないと自分でも思う。
でも、だから自分はいまここにいるのだ。
負け続けて、それでもどうにかしたいと思って、こんなに痛くてつらい経験に耐えている。つきあってくれているだるまに感謝こそすれ、憎いなんて思えない。
ヲタは頬が温かくなっているのに気づいた。
鼻から出ていた液体は、血ではなくて、鼻水だった。
自覚なく、ヲタは泣いていた。
いろんなことが頭の中をかけめぐる。
わけがわからなくなってきた。
「どうした、おまえ?」だるまが近づいてきた。
ヲタはそのとき、天啓のように、あることをひらめいた。脳裏をめぐる思考のひとつが、この状況にぴたりと当てはまった。バラバラになったジグソーパズルをかき回していたら、偶然にいくつかのピースがしかるべき場所にはまった――そんな感じだった。
だるまとの距離は一メートル弱――。
ヲタは思いきり、駆けるように突進した。
右ひじを曲げ、自分の顔を防御するように直立させた。拳を力いっぱい握りしめた。
ヲタが動き出してから、肘をだるまの顔面にヒットさせるまで、時間にすれば一秒くらいだっただろう。
だるまはよけなかった。いや、おそらくよけられなかった。
ヲタのひじが、だるまの右頬にヒットした。
頬骨に肘の骨が当たったが、痛くはなかった。
ヲタに近寄ってきていただるまの真正面から的中したヲタの肘は、意図せず、カウンター攻撃となった。
だるまは声さえ上げず、頭をそらし、尻から地面に倒れていった。
ヲタはゆっくりと肘を下げ、だるまを見下ろした。
――おれが、やった……?
なんだか信じられないような気がしたあと、ヲタは怖くなってきた。
中学時代からグレだしたヲタだが、こんなにきれいに技を決めたのは初めてだった。いままでのケンカときたら、それはもうグタグダに始まり、グダグダに終わっていた。相手をバカにする言葉の応酬のあと、つかみあいになって床や地面に倒れ、埃や砂や土まみれになる。パンチの打ち合いなんて一度も経験していない。相手の髪や耳を引っ張り、引っかき、噛み、服を破った。
高校に入ってバンジーと出会ってからは、最終的にはバンジーがケリをつけてくれた。ヲタの役目は、倒れている相手に唾を吐くか、蹴りを入れるかのどちらかだった。動かない相手なら強くなれる。
そんなヲタが、いま、自分の手で、だるまに一撃を与えた……?
「お……おい……。しっかりしろよ……」ヲタはよろよろと近づき、だるまの顔をのぞきこんだ。
もしかして、死んでしまったのではないか、と考え、ヲタはさらに怖くなった。
だが、だるまはもちろん、死んではいなかった。
「いま、のは……効いた、で……」
右の頬が不自然に赤く染まっている。だるまはそこに指をやり、びくんと顔を震わせた。「痛たっ……」
「すまねえ……つい……」ヲタは頭を下げた。
「なんで謝るんや? いいの、いただいたで。やるやないか」
無我夢中でやったことだ。もう一度やれと言われても、できるかどうかはわからない。
「こんなにきれいに決まったのは初めてだ」
「せやろな。オレも初めてや……」だるまが地面に手をついて起き上がり、不適に笑った。「――しかも……見えたで」
「なにが?」
「おまえが朝日に勝つ方法や」
「いまので、か?」
「せや」
「だからおれは踏み込みが弱いんだって」
「わかっとる。せやから、相手に踏み込んできてもらうんや」
「どうやって……」
「わからんか? おまえにしかでけへん作戦や。ヘタレなら、ヘタレを利用すればよかったんや」
だるまはひとりで頷いた。
いやな予感がした。
【つづく】
だるまの顔面に叩き込んだはずのヲタの右ひじは、宙を直進しただけだった。
あっと思った瞬間に、体をかがめていただるまのアッパーカットがヲタの喉にヒットした――かと思ったが、だるまはその腕を止めた。顎まであと五センチというところだ。
「本番やったら食らってたで」
ヲタは安堵して、一歩下がった。「ああ、わかってる……」
「わかってへんやんか。おまえは踏み込みがあと一歩足らんねん」
「けど……」
「けどやあらへん。言い訳すな」
肘を必殺技に使うのはいいアイディアだと思った。元から堅い肘なら鍛えなくていい。だが、それは甘い考えだった。
肘を相手に命中させるには、かなり接近しなければならない。肘はリーチが短いからだ。しかし元々臆病なヲタは、相手に接近すれば先にやられるという恐怖で、だるまの言うとおり、あと一歩が踏み込めなかった。現にヲタはこれまで何十回とだるまを相手にしたが、ただの一度も、肘をかすめることさえできずにいた。実戦では当てるだけではなく、この一撃で相手を倒さなければならない。当てることさえままならないのに、そんなことができるのだろうか……。ヲタは気が重くなった。
「やっぱ……肘はやめたほうがいいかな……」
「ええで。ヤならやめたらええ」だるまはあきれたように首を横に振った。「けど、次になにを選ぶ? どうせそれもうまくいかへんで、また別の技がええって言い出すに決まっとる。ええか。おまえの心ははじめから負けてんねん。たかが練習やのに目が泳いどる。前に比べりゃマシやけどな」
「――わかったよ。やりゃいいんだろ。やりゃあ……」
だるまが言うことは想像できた。なのに、つい弱音を吐いてしまう。
朝日に勝つためにここにいるのに。
何日も、ここでがんばってきたのに。
こんなに真剣に自分につきあってくれるダチがいるのに。
それでもなにか訴えかけずにはいられないのは、まだ自分の中に残っているヘタレ気質ゆえだろう。これをどうにかしなければ、自分は成長できない。
わかっている。
わかっているが――
「さ。も一回、いくで」
だるまがヲタの思考をさえぎった。ヲタは反射的に身構えた。
すると、だるまがあきれたような表情になった。「それがあかんねん。最初から相手の攻撃を受けることが前提になっとるやないか」
「踏み込む前に一発食らうに決まってるじゃねえか」
「だから、その考えがあかんねん。なんで自分で攻撃を組み立てようとせんのや?」
「――ああ、そうか……」
「懐に入れないんやったら、入れるようにすればええ。こんなふうに……なっ……」
だるまが突進してきた。
このとき、ヲタとだるまは二メートルほど離れていたが、構えを解いていたヲタは恐怖で反応できなかった。
だるまの右ストレートが顔面に向かってくる。
ヲタは小さく、ひいっと叫んで後退した。
だるまの突き出された拳は、ヲタの頭部の左側の空を切った。
次の瞬間、ヲタの鼻柱の直前にだるまの肘があった。それは突然、そこに現れたかのように見えた。
九十度に曲げられた肘が、ヲタの鼻の頭を直撃した。
「痛ってええええええええぇぇぇぇぇっ……」
ヲタは叫んで、背中から地面に落ちた。
ゲキカラにやられた「鼻エンピツ」の痛みは、まだ残っている。そこにだるまの肘が入たおかげで、ヲタは鼻を取ってしまいたくなるくらいの激痛を感じた。鼻のあたりが熱くなってきたのは血が出たからか? ヲタは鼻を包んでこすっていた手を見た。血は付いていない。だが、たしかに生ぬるい感触はあった。
「くっそ……」
「悔しいか? 悔しかったらやらんかい。オレを憎まんかい。オレに一発浴びせてみい」
「なんで当てたんだよ……。今まで寸止めしてたのに……」
「油断するな、言うたろ?」
「――ったく……」
ヲタはゆっくりと起き上がり、ジャージの土とほこりをはらった。刺繍をするだけで二万円もかかった、緑色のチームホルモン特注ジャージは、ここ数日だけで数年分の痛みを受けているかのようにぼろぼろだった。刺繍はあちこちほつれているし、膝と肘の部分は両方とも生地がこすれていて、あと少しで穴が空きそうになっている。左胸に縫い付けられた「2―C指原」という名札も、角がほどけている。
――特訓が終わったら新調するかな……。
ふと思ったが、その必要はないことに、ヲタは気づいた。
もうチームホルモンは解散したのだ。
マジジョに戻ったところで自分の居場所はない。
チームホルモンのメンバーたちが自分を許してくれるはずがない。プリクラに負けたら解散と勝手に宣言し、そして負けたのだから。背水の陣で挑んで負けるなんて、本当にかっこ悪いし、情けないと自分でも思う。
でも、だから自分はいまここにいるのだ。
負け続けて、それでもどうにかしたいと思って、こんなに痛くてつらい経験に耐えている。つきあってくれているだるまに感謝こそすれ、憎いなんて思えない。
ヲタは頬が温かくなっているのに気づいた。
鼻から出ていた液体は、血ではなくて、鼻水だった。
自覚なく、ヲタは泣いていた。
いろんなことが頭の中をかけめぐる。
わけがわからなくなってきた。
「どうした、おまえ?」だるまが近づいてきた。
ヲタはそのとき、天啓のように、あることをひらめいた。脳裏をめぐる思考のひとつが、この状況にぴたりと当てはまった。バラバラになったジグソーパズルをかき回していたら、偶然にいくつかのピースがしかるべき場所にはまった――そんな感じだった。
だるまとの距離は一メートル弱――。
ヲタは思いきり、駆けるように突進した。
右ひじを曲げ、自分の顔を防御するように直立させた。拳を力いっぱい握りしめた。
ヲタが動き出してから、肘をだるまの顔面にヒットさせるまで、時間にすれば一秒くらいだっただろう。
だるまはよけなかった。いや、おそらくよけられなかった。
ヲタのひじが、だるまの右頬にヒットした。
頬骨に肘の骨が当たったが、痛くはなかった。
ヲタに近寄ってきていただるまの真正面から的中したヲタの肘は、意図せず、カウンター攻撃となった。
だるまは声さえ上げず、頭をそらし、尻から地面に倒れていった。
ヲタはゆっくりと肘を下げ、だるまを見下ろした。
――おれが、やった……?
なんだか信じられないような気がしたあと、ヲタは怖くなってきた。
中学時代からグレだしたヲタだが、こんなにきれいに技を決めたのは初めてだった。いままでのケンカときたら、それはもうグタグダに始まり、グダグダに終わっていた。相手をバカにする言葉の応酬のあと、つかみあいになって床や地面に倒れ、埃や砂や土まみれになる。パンチの打ち合いなんて一度も経験していない。相手の髪や耳を引っ張り、引っかき、噛み、服を破った。
高校に入ってバンジーと出会ってからは、最終的にはバンジーがケリをつけてくれた。ヲタの役目は、倒れている相手に唾を吐くか、蹴りを入れるかのどちらかだった。動かない相手なら強くなれる。
そんなヲタが、いま、自分の手で、だるまに一撃を与えた……?
「お……おい……。しっかりしろよ……」ヲタはよろよろと近づき、だるまの顔をのぞきこんだ。
もしかして、死んでしまったのではないか、と考え、ヲタはさらに怖くなった。
だが、だるまはもちろん、死んではいなかった。
「いま、のは……効いた、で……」
右の頬が不自然に赤く染まっている。だるまはそこに指をやり、びくんと顔を震わせた。「痛たっ……」
「すまねえ……つい……」ヲタは頭を下げた。
「なんで謝るんや? いいの、いただいたで。やるやないか」
無我夢中でやったことだ。もう一度やれと言われても、できるかどうかはわからない。
「こんなにきれいに決まったのは初めてだ」
「せやろな。オレも初めてや……」だるまが地面に手をついて起き上がり、不適に笑った。「――しかも……見えたで」
「なにが?」
「おまえが朝日に勝つ方法や」
「いまので、か?」
「せや」
「だからおれは踏み込みが弱いんだって」
「わかっとる。せやから、相手に踏み込んできてもらうんや」
「どうやって……」
「わからんか? おまえにしかでけへん作戦や。ヘタレなら、ヘタレを利用すればよかったんや」
だるまはひとりで頷いた。
いやな予感がした。
【つづく】
DL.Getchu.com様にて、新作のデジタル写真集が販売開始になりました。
前回に続けて、テーマは「濡れ」ではなく、「パンチラ」(笑)です。
モデルは同じく陸遊馬さん。
■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-2■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/103枚
販売価格1000円
↓画像クリックで販売サイトにとびます。

■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-3■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/87枚
販売価格1000円
↓画像クリックで販売サイトにとびます。

ただし、18歳未満には販売できないようになっているので、それ以下の年齢のかたは、大人になるまで待ってくださいね。
前回に続けて、テーマは「濡れ」ではなく、「パンチラ」(笑)です。
モデルは同じく陸遊馬さん。
■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-2■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/103枚
販売価格1000円
↓画像クリックで販売サイトにとびます。
■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-3■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/87枚
販売価格1000円
↓画像クリックで販売サイトにとびます。
ただし、18歳未満には販売できないようになっているので、それ以下の年齢のかたは、大人になるまで待ってくださいね。
■対話■
純情堕天使リーダーのプリクラは、バンジーがメールで頼んでおいた通り、一人で図書室に現れた。
セーラー服の上にライダースジャケット(セーラーの襟はジャケットの上から出している)、歩くだけで下着が見えそうな丈のプリーツスカート、そして脚には頑丈そうな8ホールブーツといういでたちのプリクラは、机のあいだを縫うようにしてバンジーの元へやってきた。
閉まっている窓ガラスにもたれ、腕を組んで立っていたバンジーが「よっ」と声をかけると、プリクラは小さくお辞儀をした。
放課後の図書室には二人のほかに、だれもいない。
プリクラは窓際の椅子に座り、バンジーを見上げた。「私にジントウさんからメールが届くなんて初めてですよね」
「ああ……」バンジーはうなずいた。「すまねえな。時間取らせて」
バンジーがプリクラにメールを出したのは、一時間目が終わった休み時間だった。チームホルモンのメンバーにわからないよう、トイレの個室で携帯を使った。
――放課後、図書室で待つ。一人で来てほしい。
文面は簡素にした。返信はなかったが、それが答えだった。
「一人で来いってあったから、タイマン張るのかと思いましたよ」
「あんたに聞きたいことがあってね。他の連中がないところで静かに話したかったんだ」
「なんでしょう?」
「ヲタがあんたに負けた次の日から行方不明になっているんだ」
「――そのようですね」
「毎日携帯に電話してるんだけど電源切ってるみたいでつながらないし、メールを出しても返信がないんだ。それで、あんたがなにか知ってやいないか、と思ってな」
「ジントウさんに連絡してこないのに、私に連絡してくるわけないでしょう」
「いや――あいつの性格を考えると、一番連絡しにくいのはあたしだろう。距離が近すぎるってのも、時には障害になることがある」
「たしかにそうかもしれませんね」
「だからいまのあいつは、自分のことをよく知っているダチより、むしろ関係性が薄いやつになら連絡してるんじゃないかと思ってな。それがだれかって考えたら――」バンジーは間をおいて、「あんただよ、プリクラ」
「でも残念ながら、私はユビハラさんにそこまで信用されてないようです。なんの連絡もありません。嘘じゃないですよ。第一、私はユビハラさんのメルアドも番号も知りません。私、ユビハラさんに嫌われてますから……。あ。あなたにも嫌われてましたね」プリクラはバンジーに笑顔を向けた。
「嫌いややつに相談なんかするかよ」
いなくなったのはヲタだけではない。鬼塚だるまもまた、まったく同じ日から学校に来なくなっている。ふたりが一緒にいることはまちがいなかったが、なにをしているのか……。ひとつ思い当たることがあったが、ヲタの性格を考えるとそれははずれている可能性が高い。
――あいつが特訓なんてするわけがない。
特訓をしていると考えれば、だるまとふたりで消えた理由に説明が付く。しかしだるまに先生役が務まるだろうか。ヲタがそれに従うだろうか。なにより、あの根性なしのヲタが、特訓――もう四日間が過ぎている――なんて続けられるだろうか。
「――私に負けてからいなくなったなら、私に勝つために特訓でもしてるんじゃありませんか?」
「だといいんだけどよ。でも、あいつにそんな根性あるかな……」バンジーは窓の外を見た。体育館に通じる渡り廊下を見下ろすと、仮面を被った女ががだれかをカツアゲしていた。たかが一人のヤンキーがいなくなったところで、この学校も世界も、なにも変わりはしない。バンジーは世の中の残酷さが、少しわかったような気がした。
けれどもそれは、バンジーにとっては大きな「事件」だった。
「私はジントウさんが思っているほど、ユビハラさんはヘタレじゃないと思いますよ。あの人は、ヘタレというより内弁慶なんです。仲間内ではでかい態度も、ちょっと外の空気を吸っただけでしゅんとなる。たまに他校とケンカになってもビビるばかりで役に立たないでしょう」
バンジーは鼻で笑った。「――かもな」
「ジントウさんはユビハラさんに近すぎるからわからないんです」
バンシーはその言葉に、はっとした。
――そうかもしれない。
自分とヲタは近すぎる。だから見えるのはあくまでも一部分でしかない。引いて見ている人間にしかわからないこともあるだろう。
「ユビハラさんが本当にヘタレなら、ジントウさんに場所を告げてから行くでしょう。いざとなったら迎えに来てほしいから。そんなことをしなくていいと言ってほしいから。けど、ユビハラさんはそうしなかった。一番のダチであるジントウさんになにも言わずに消えた。携帯の電源も切り、連絡も絶っている。ユビハラさんなりの覚悟があるはずです。それなら――ダチを信じなくて、なにがヤンキーですか?」
プリクラの言うとおりだった。
バンジーはガラス越しに、空を見上げた。
普段は意識しないが、雲はゆっくりと流れている。
なにかの鳥が、つーっと滑るように視界を横切った。
ヲタとは毎日顔を合わせ、行動を共にし、楽しいことも辛いことも経験した。つながっていると思っていた。マブダチはだれかと聞かれれば、一番先に出てくる名前はヲタだ。
その思いを裏切るかのように、ヲタはバンジーになにも告げず、いなくなった。なんでも話してくれる間柄じゃなかったのか。自分はマブダチじゃなかったのか。
もやもやした気分になるのは、結局のところ自分のことしか考えていないからだ。自分がすっきりしたいから、不安で仕方ないから、だれかに聞いてほしいから、こうしてプリクラに思いの丈をぶちまけているにすぎない。ヲタがバンジーにさえなにも告げずに去った気持ちを考えず、プリクラなら知っているかもしれないという、まずありえないほどに低い可能性にすがった。アキチャとウナギとムクチに聞けなかったのは、旧チームホルモンのサブリーダーとしてのメンツが許さなかったからだ。三人もそのことは、おそらくわかっているのだろう。だれも、バンジーにヲタのことを訊ねてこない。三人はバンジーを気遣っている。旧チームホルモンのサブリーダーであるバンジーを。
「――ジントウさん」プリクラが立ち上がり、歩き出した。そしてバンジーのすぐ横に立つと、腕組みをして窓ガラスに体をあずけた。窓の外を見る自分と、まったく逆の方向を向いたプリクラを、バンジーは横目で見た。「私たちヤンキーは世間の爪はじき者です。ケンカだけではなく、万引きはするわ、夜中に暴走するわ、カツアゲをするわ、憂さ晴らしに見知らぬ人をボコるわ、そんなことを平気な顔をしてやってしまう。私たちは、どうしようもない最低の人間です。でも、私たちでもたったひとつ、これだけは誇れるってものがあります。先輩を敬い、ダチを信じることです。だからユビハラさんを信じましょう。あの人は、きっと帰ってきますよ――あなたの元に」
バンジーは安堵した。胸のつかえが取れた気がする。だれかにそう言ってほしかったのだ。そのためにバンジーはプリクラを選んだ。数日前まで「敵」だったプリクラの言葉には、ほかのだれのものよりも説得力がある。
「――悪かったな、時間とらせて」バンジーは横を向いて、プリクラに小さく頭を下げた。
「どうせヒマですから……」プリクラは言った。「そうだ。この機会に、私もジントウさんに聞いておきたいことがあるんです」
「え……」
「ジントウさんは、なぜ自分がトップに立たないんですか? チームホルモンのときも、いまも、あなたの実力ならユビハラさんだって私だって倒せるでしょう」
そうかもしれない、とバンジーは思った。この前、プリクラと闘ったときは勢いだけのケンカになり負けたが、もう一度タイマンを張ればプリクラに勝つ自信はある。
「私はジントウさんを、相当強いと思っています。ラッパッパのアンダーガールズたちにも勝てるでしょう。それどころか四天王のシブヤさんあたりでも大丈夫かもしれません。でもあなたは、よりによってユビハラさんみたいな人の下にいた。私はそれが不思議で仕方ないんです」
「それはあたしを買いかぶりすぎだ」
「謙遜はいいですよ。私には素直になってください。私たちはもう、ダチじゃないですか」
バンジーは苦笑して、「――話したくない、と言ったら?」
「あきらめます」プリクラは実にあっさりとしていた。「なにも無理に聞き出そうというわけじゃありません。だれにでも触れられたくないことはありますから」
バンジーはこの女になら、話してもいいと思った。
「――あたしは中学時代には番を張ってた。二年の夏休み明けからずっとだ。三年生もあたしに従った。怖いものなどなかった。少なくとも、学校と通学路には、な」
みちゃ――野中美郷の姿をバンジーは思い出す。中学生とは思えぬ色香を漂わせている、みちゃの垂れた大きな瞳は常に潤んでいた。目の前にいるプリクラのように短いスカートを履き、ブレザーの袖を冬でもめくっていた。バタフライナイフを胸の谷間に隠していた。
「――だが三年のとき、あたしの片腕だった特攻隊長がヤクザにシメられた。原因はささいなことだ。もう忘れちまったくらいに。そいつは勇敢すぎて、相手が誰だろうとおかまいなしに突っ込んでいく。そいつを、そいうふうに育てたのはあたしだ。世の中に怖いものなんてあるわけがなかった。タイマンだろうが集団戦だろうが引かなかった。引くのは臆病者だと思っていた。けど……」
あの日の夜――。
夜中に突然、携帯電話にかかってきた報せ。
病院まで無我夢中で走った夜道。
静まり返った病院の廊下。
扉の上にある赤い表示灯。
土下座をする自分。
彼女の父に蹴りを入れられた痛み。
じんじんと熱い頬。
――みちゃ……。
そのときの焦燥と怒りと悲しみがよみがえってきた。
バンジーは目を閉じた。
――ごめんね、みちゃ……。
美郷を思い出すたび、バンジーは謝る。何千回そうしただろうか。それでも足りないくらいだ。きっと足りることなどない。
「――あたしは救えなかった。守ることもできなかった。一番のダチで、一番の理解者だったのに……。みちゃのいない毎日なんか考えられなかったのに……」
美郷と一緒にいたところで、おそらく自分もシメられていただけだろう。いくら強いといったところで、たかが中学生の女がヤクザに勝てるわけがない。
「病院に駆けつけたとき、みちゃは手術室の扉の向こうにいた。けど、あたしはみちゃに会わせてもらえなかった。退院したあと、みちゃの両親はあたしの知らないところへ引っ越した。それ以降、あたしはみちゃには会ってない。みちゃの左腕は一生動かなくなった、と人づてに聞いた」
プリクラは床に視線を落としていた。バンジーの話を聞いてないふりをしているようにも見えた。
「あたしは番を後輩に譲り、一線から退いた。普通の高校に進学したかったけど、近くにはヤンキー崩れのバカを入れてくれる高校なんかなかった。結局、こんなオンボロで、爪はじき者の集まりの学校しか選択肢はなかったったわけさ。ま――とは言っても、いまはこの学校が好きだけどな……」
――あいつにも会えたし……。
バンジーはそれは口にはしなかった。
「みんなはヲタをヘタレだとバカにするけど、相手の力も考えず、くだらねえ意地を張ってケガするよりも、怖かったら逃げるべきなんだよ。あいつにはそれができる。あたしにはできねえ。あたしがチームホルモンを率いたら、また、みちゃ――彼女みたいな目に合うやつがいずれ出てくるかもしれない。それだけはごめんだ。なんと言われようと……。だから、あたしはトップをめざすつもりはねえ。二番手でいい。ヲタの指示にしたがっていりゃ、もうあんな悲しい思いはしない……」
しばらくのあいだ、プリクラは顔を上げなかったが、やがて意を決したように話し始めた。「――重い理由があったんですね。そうとは知らず、失礼しました」
「気にすんな。嫌なら話してねえよ」
「ですが……余計な人に聞かれてしまったようです」プリクラはバンジーに背を向けた。「隠れてないで、出てきたらどうです?」
「なんだって……?」
壁際にあるカウンターの向こうで、ピンクのパーカーを頭からかぶり、両手をポケットに入れたネズミが立ち上がった。背中には小さな黒いリュックサックを背負った、いつものネズミだった。
ネズミはバンジーとプリクラの二人を交互に見ると、右手をポケットから出し、キューブ上のガムをひとつ、口にほうりこんだ。
「てめえ、いつからそこにいた?」
バンジーはネズミをにらみつけた。
「さあ……。いつからでしょうかねぇ……あっしは神出鬼没のネズミさん、っすから……」
「なめてんのか、てめえ」
自分がこの図書室に入ってきたときには人の気配はなかった。あれば気づいている。だが、相手はネズミだった。わからなくても仕方ない。
「ここは図書室っすよ。生徒ならだれもが入る権利のある部屋っす。人に聞かれたくない話をするなら、別の場所でやるべきじゃないすか?」
その正論に、バンジーはうっ、と詰まった。
「それはそうかもしれませんが、カウンターの裏でなにをしてたんです? かがんでいたってことは、あなたも人に言えないようなことでも?」
「まあ、そんなとこっす」ネズミは肩をすくめた。そういう仕草のひとつひとつに、バンジーはいちいちムカついた。「でも安心してください。あっし、口は堅いほうっすから。だれにも話さないっすから――バンジーさんがどれだけ友だち思いかってことは……」
そのネズミの言葉に、バンジーが本来持っている凶暴性がよみがえった。ゼロからマックスへと一瞬で燃え上がるその力は、バンジーを跳ねさせた。カウンターに手を突くと、次の瞬間、バンジーは軽くそれを飛び越えた。膝上15センチのプリーツスカートが翻り、やや太目の腿が露わになった。
みちゃを――
ヲタを――
そして自分を冒涜された気がした。
カウンターという柵で防護された安全圏にいたネズミは、バンジーの跳躍力に驚いたのか三歩ほど後ずさりをして、壁に背をぶつけた。
バンジーは二秒後、自分がネズミのパーカーの胸倉をつかみ、拳を顔面に叩き込んでいることを確信した。
しかしネズミの顔色に恐怖は浮かばず、それどころか余裕の笑みをバンジーに向けた。
バンジーとネズミのあいだに、見知らぬ少女が立ちふさがった。
その人物はネズミ同様、カウンターの下に隠れていたらしい。バンジーがネズミを追う以上の素早さで立ち上がり、目の前に現れたのだった。
少女は、ネズミの頬骨を砕かんとしていたバンジーの右の拳をつかんだ。大人の男のような力だった。バンジーは焦った。思わず、少女の顔を見た。
どこかで見たことのあるような顔だったが思い出せない。白い肌、細く凛々しい眉、シャープな瞳、薄い唇がほんのわずかに笑っている。
美少女だった。
少女はつかんだバンジーの手を、内側にねじった。逆手をとられたかたちになり、バンジーは痛みを回避しようと体をひねった。
そのとき、プリクラがカウンターの向こうから、こちらへ駆けてきた。プリクラは走ってきた勢いを利用して、カウンターの上に右手を置くと、それを中心に体を回転させて少女に回し蹴りを放った。
決して遅くない蹴りだったが、少女はのけぞって易々とそれをかわした。
少女の手が、バンジーから離れた。
続くプリクラの第二波攻撃も蹴りだった。カウンターの中に降りたプリクラは狭いスペースの中で高く脚を上げた。こめかみを狙って放たれた蹴りを、少女は巧みに避けた。
プリクラの攻撃も早いが、少女の動きも劣らず早い。
バンジーは壁際のネズミを見た。
まだ、余裕の表情――そうか。用心棒を仲間にしたってわけか……。バンジーは納得して、もう一度少女を見た。
プリクラは蹴りだけではなく、拳も使っている。カウンターの中など狭い空間だというのに、プリクラは有効な一撃を与えられずにいた。
「珠理奈――やっちゃっていいっすよ。先に手ぇ出したの、こいつらっすから……」
ネズミの指示に、珠理奈の目の色が変わった。
プリクラの蹴りを、体を沈めてかわした珠理奈は、起き上がりながらフックを腹に見舞った――が、それはフェイクだった。拳はプリクラの腹の二センチほど手前で止まった。一撃を覚悟していたプリクラは、苦痛を耐えるかのような表情を見せたものの、その必要がないとわかると目の色を怒りに変えた。
「ふざけてるんですか? やるなら一気に……」
「ぼくは――」珠理奈の声はややハスキーで、とても大人びて聞こえた。「まゆゆの操り人形じゃない」
ネズミは苦笑した。
「ぼくらは対等な友だち……」珠理奈はそう言いながら、腰の位置で回し蹴りをバンジーに放った。
早い上に、一部の隙もない。
バンジーは反撃できなかった。
だが、その蹴りはプリクラへのフック同様、命中する寸でのところで止まった。
珠理奈は顎を上げ、ネズミを見下ろすようにした。「――いや、恋人だろう?」
ネズミは満足げに頷いた。「さすがはあっしが見込んだだけの腕前っすね」
「てめえ――だれだ?」バンジーは珠理奈をにらみつけた。
「松井珠理奈。馬路須加女学園一年C組。出席番号30番」珠理奈はゆっくりと脚を下ろした。「来年、この学園を手に入れる者にして、まゆゆの恋人さ」
「一年坊がえらく威勢がいいなあ……。あん? 上級生に対する口のきき方、教えてくれるやつはいなかったのか?」
「この学校じゃあ、ケンカの強いやつが偉いって聞いたんでね」
「たいした自信だ。あたしらに勝ったくらいで――」
「もちろんそうさ。あんたらなんてその気になれば二人まとめて三秒で倒せる。ぼくが目標にしているのはラッパッパだ。それと――」珠理奈はそこで言葉を切った。「前田敦子ってやつ」
「前田に勝てるやつなんて、この学園にはいねえよ」
「今までは――ね」珠理奈は唇の端をゆがめて、笑顔を作った。「この学校の校章を見てごらんよ。ぼくが統べるにふさわしいってわかるから」
バンジーは壁にかかっている、「図書室の決まり」という張り紙を見た(そこには注意事項がいくつか書かれているが、それを守っている生徒などいない)。
中央に薄く印刷されている校章は、桜をモチーフにしたデザインだ。その上に書かれている文字は――MJ。
松井……。
珠理奈……。
バンジーは、単なる偶然だとわかってはいても、不気味なものを感じた。
それは目の前の松井珠理奈の、比類なき存在感ゆえだった。
これまでたくさんのリーダーたちを見て、そして倒してきたバンジーには、珠理奈の言葉が単なる自信過剰や大言壮語ではないことが直感でわかった。
――この女なら、やるかもしれない……。
だれにも似ていない珠理奈だが、この学園で強いて挙げるとすれば、その存在感は大島優子と同じものを感じた。
「お二人とも、助かったっすねぇ」ネズミがポケットに手を入れたまま、珠理奈の背後までやってきた。「珠理奈が本気出したら、今ごろ病院行きっすよ」
悔しかった。ダチを冒涜したネズミに触れることさえできないとは……。
バンジーはネズミをにらんだ。
「それに――あっしたちは、仲間同士で争ってる場合じゃないっすよ。金曜日にはアリジョのやつらがこの学園にカチコミに来るんすから」
「本当ですか?」プリクラが訊ねた。
バンジーも、それは初耳だった。
「マジっすよ。明日になれば、サドさんが緊急事態宣言をするはずっす。お二人のチームも協力させられると思うっすよ」
ネズミの言うことが本当だとすれば、たしかに学園内で争っている場合ではない。アリジョはヤバい。ヤバジョなど比較にならないほど強い。
「また、あなたがなにか企んだんじゃないでしょうね?」
「またって人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。あっしが一度でもそんなことしましたか? なんの理由で自分の学校を潰すようなことをするって言うんすか?」
プリクラはもう反論しなかった。
「それじゃあ、あっしらはこのへんで……」
ネズミは鼻歌を歌いながら、バンジーとブリクラの前を堂々と歩きはじめた。
珠理奈はネズミを守るためか、バンジーたちの様子を警戒しながら図書室をあとにした。
「とんだ邪魔がはいっちまったな」
「ええ。でもまあ、過ぎたことは仕方ありません」
「アリジョが来るって本当かな?」
「でしょうね。ワタリナベさんには、嘘をつく理由がありませんから」
「どうする?」
「どうしようも……」プリクラは首をかしげた。
たしかにそうだった。『戦争』になれば、純情堕天使だけでなく、名だたるチームのすべてはラッパッパの指揮下に入る。そこには個人の思惑など持ち込むべきではない。
「間に合うかな、あいつ――」ヲタはつぶやくように言った。
「ユビハラさん、ですか?」
「ああ」
「私にはわかりませんが、ユビハラさんを信じましょうよ」
「ああ、それしかねえよな……」
「私ならそうします」
プリクラの笑顔を見て、バンジーはほんの少し、信じる気になった。
ヲタは帰ってくる――と。
【つづく】
純情堕天使リーダーのプリクラは、バンジーがメールで頼んでおいた通り、一人で図書室に現れた。
セーラー服の上にライダースジャケット(セーラーの襟はジャケットの上から出している)、歩くだけで下着が見えそうな丈のプリーツスカート、そして脚には頑丈そうな8ホールブーツといういでたちのプリクラは、机のあいだを縫うようにしてバンジーの元へやってきた。
閉まっている窓ガラスにもたれ、腕を組んで立っていたバンジーが「よっ」と声をかけると、プリクラは小さくお辞儀をした。
放課後の図書室には二人のほかに、だれもいない。
プリクラは窓際の椅子に座り、バンジーを見上げた。「私にジントウさんからメールが届くなんて初めてですよね」
「ああ……」バンジーはうなずいた。「すまねえな。時間取らせて」
バンジーがプリクラにメールを出したのは、一時間目が終わった休み時間だった。チームホルモンのメンバーにわからないよう、トイレの個室で携帯を使った。
――放課後、図書室で待つ。一人で来てほしい。
文面は簡素にした。返信はなかったが、それが答えだった。
「一人で来いってあったから、タイマン張るのかと思いましたよ」
「あんたに聞きたいことがあってね。他の連中がないところで静かに話したかったんだ」
「なんでしょう?」
「ヲタがあんたに負けた次の日から行方不明になっているんだ」
「――そのようですね」
「毎日携帯に電話してるんだけど電源切ってるみたいでつながらないし、メールを出しても返信がないんだ。それで、あんたがなにか知ってやいないか、と思ってな」
「ジントウさんに連絡してこないのに、私に連絡してくるわけないでしょう」
「いや――あいつの性格を考えると、一番連絡しにくいのはあたしだろう。距離が近すぎるってのも、時には障害になることがある」
「たしかにそうかもしれませんね」
「だからいまのあいつは、自分のことをよく知っているダチより、むしろ関係性が薄いやつになら連絡してるんじゃないかと思ってな。それがだれかって考えたら――」バンジーは間をおいて、「あんただよ、プリクラ」
「でも残念ながら、私はユビハラさんにそこまで信用されてないようです。なんの連絡もありません。嘘じゃないですよ。第一、私はユビハラさんのメルアドも番号も知りません。私、ユビハラさんに嫌われてますから……。あ。あなたにも嫌われてましたね」プリクラはバンジーに笑顔を向けた。
「嫌いややつに相談なんかするかよ」
いなくなったのはヲタだけではない。鬼塚だるまもまた、まったく同じ日から学校に来なくなっている。ふたりが一緒にいることはまちがいなかったが、なにをしているのか……。ひとつ思い当たることがあったが、ヲタの性格を考えるとそれははずれている可能性が高い。
――あいつが特訓なんてするわけがない。
特訓をしていると考えれば、だるまとふたりで消えた理由に説明が付く。しかしだるまに先生役が務まるだろうか。ヲタがそれに従うだろうか。なにより、あの根性なしのヲタが、特訓――もう四日間が過ぎている――なんて続けられるだろうか。
「――私に負けてからいなくなったなら、私に勝つために特訓でもしてるんじゃありませんか?」
「だといいんだけどよ。でも、あいつにそんな根性あるかな……」バンジーは窓の外を見た。体育館に通じる渡り廊下を見下ろすと、仮面を被った女ががだれかをカツアゲしていた。たかが一人のヤンキーがいなくなったところで、この学校も世界も、なにも変わりはしない。バンジーは世の中の残酷さが、少しわかったような気がした。
けれどもそれは、バンジーにとっては大きな「事件」だった。
「私はジントウさんが思っているほど、ユビハラさんはヘタレじゃないと思いますよ。あの人は、ヘタレというより内弁慶なんです。仲間内ではでかい態度も、ちょっと外の空気を吸っただけでしゅんとなる。たまに他校とケンカになってもビビるばかりで役に立たないでしょう」
バンジーは鼻で笑った。「――かもな」
「ジントウさんはユビハラさんに近すぎるからわからないんです」
バンシーはその言葉に、はっとした。
――そうかもしれない。
自分とヲタは近すぎる。だから見えるのはあくまでも一部分でしかない。引いて見ている人間にしかわからないこともあるだろう。
「ユビハラさんが本当にヘタレなら、ジントウさんに場所を告げてから行くでしょう。いざとなったら迎えに来てほしいから。そんなことをしなくていいと言ってほしいから。けど、ユビハラさんはそうしなかった。一番のダチであるジントウさんになにも言わずに消えた。携帯の電源も切り、連絡も絶っている。ユビハラさんなりの覚悟があるはずです。それなら――ダチを信じなくて、なにがヤンキーですか?」
プリクラの言うとおりだった。
バンジーはガラス越しに、空を見上げた。
普段は意識しないが、雲はゆっくりと流れている。
なにかの鳥が、つーっと滑るように視界を横切った。
ヲタとは毎日顔を合わせ、行動を共にし、楽しいことも辛いことも経験した。つながっていると思っていた。マブダチはだれかと聞かれれば、一番先に出てくる名前はヲタだ。
その思いを裏切るかのように、ヲタはバンジーになにも告げず、いなくなった。なんでも話してくれる間柄じゃなかったのか。自分はマブダチじゃなかったのか。
もやもやした気分になるのは、結局のところ自分のことしか考えていないからだ。自分がすっきりしたいから、不安で仕方ないから、だれかに聞いてほしいから、こうしてプリクラに思いの丈をぶちまけているにすぎない。ヲタがバンジーにさえなにも告げずに去った気持ちを考えず、プリクラなら知っているかもしれないという、まずありえないほどに低い可能性にすがった。アキチャとウナギとムクチに聞けなかったのは、旧チームホルモンのサブリーダーとしてのメンツが許さなかったからだ。三人もそのことは、おそらくわかっているのだろう。だれも、バンジーにヲタのことを訊ねてこない。三人はバンジーを気遣っている。旧チームホルモンのサブリーダーであるバンジーを。
「――ジントウさん」プリクラが立ち上がり、歩き出した。そしてバンジーのすぐ横に立つと、腕組みをして窓ガラスに体をあずけた。窓の外を見る自分と、まったく逆の方向を向いたプリクラを、バンジーは横目で見た。「私たちヤンキーは世間の爪はじき者です。ケンカだけではなく、万引きはするわ、夜中に暴走するわ、カツアゲをするわ、憂さ晴らしに見知らぬ人をボコるわ、そんなことを平気な顔をしてやってしまう。私たちは、どうしようもない最低の人間です。でも、私たちでもたったひとつ、これだけは誇れるってものがあります。先輩を敬い、ダチを信じることです。だからユビハラさんを信じましょう。あの人は、きっと帰ってきますよ――あなたの元に」
バンジーは安堵した。胸のつかえが取れた気がする。だれかにそう言ってほしかったのだ。そのためにバンジーはプリクラを選んだ。数日前まで「敵」だったプリクラの言葉には、ほかのだれのものよりも説得力がある。
「――悪かったな、時間とらせて」バンジーは横を向いて、プリクラに小さく頭を下げた。
「どうせヒマですから……」プリクラは言った。「そうだ。この機会に、私もジントウさんに聞いておきたいことがあるんです」
「え……」
「ジントウさんは、なぜ自分がトップに立たないんですか? チームホルモンのときも、いまも、あなたの実力ならユビハラさんだって私だって倒せるでしょう」
そうかもしれない、とバンジーは思った。この前、プリクラと闘ったときは勢いだけのケンカになり負けたが、もう一度タイマンを張ればプリクラに勝つ自信はある。
「私はジントウさんを、相当強いと思っています。ラッパッパのアンダーガールズたちにも勝てるでしょう。それどころか四天王のシブヤさんあたりでも大丈夫かもしれません。でもあなたは、よりによってユビハラさんみたいな人の下にいた。私はそれが不思議で仕方ないんです」
「それはあたしを買いかぶりすぎだ」
「謙遜はいいですよ。私には素直になってください。私たちはもう、ダチじゃないですか」
バンジーは苦笑して、「――話したくない、と言ったら?」
「あきらめます」プリクラは実にあっさりとしていた。「なにも無理に聞き出そうというわけじゃありません。だれにでも触れられたくないことはありますから」
バンジーはこの女になら、話してもいいと思った。
「――あたしは中学時代には番を張ってた。二年の夏休み明けからずっとだ。三年生もあたしに従った。怖いものなどなかった。少なくとも、学校と通学路には、な」
みちゃ――野中美郷の姿をバンジーは思い出す。中学生とは思えぬ色香を漂わせている、みちゃの垂れた大きな瞳は常に潤んでいた。目の前にいるプリクラのように短いスカートを履き、ブレザーの袖を冬でもめくっていた。バタフライナイフを胸の谷間に隠していた。
「――だが三年のとき、あたしの片腕だった特攻隊長がヤクザにシメられた。原因はささいなことだ。もう忘れちまったくらいに。そいつは勇敢すぎて、相手が誰だろうとおかまいなしに突っ込んでいく。そいつを、そいうふうに育てたのはあたしだ。世の中に怖いものなんてあるわけがなかった。タイマンだろうが集団戦だろうが引かなかった。引くのは臆病者だと思っていた。けど……」
あの日の夜――。
夜中に突然、携帯電話にかかってきた報せ。
病院まで無我夢中で走った夜道。
静まり返った病院の廊下。
扉の上にある赤い表示灯。
土下座をする自分。
彼女の父に蹴りを入れられた痛み。
じんじんと熱い頬。
――みちゃ……。
そのときの焦燥と怒りと悲しみがよみがえってきた。
バンジーは目を閉じた。
――ごめんね、みちゃ……。
美郷を思い出すたび、バンジーは謝る。何千回そうしただろうか。それでも足りないくらいだ。きっと足りることなどない。
「――あたしは救えなかった。守ることもできなかった。一番のダチで、一番の理解者だったのに……。みちゃのいない毎日なんか考えられなかったのに……」
美郷と一緒にいたところで、おそらく自分もシメられていただけだろう。いくら強いといったところで、たかが中学生の女がヤクザに勝てるわけがない。
「病院に駆けつけたとき、みちゃは手術室の扉の向こうにいた。けど、あたしはみちゃに会わせてもらえなかった。退院したあと、みちゃの両親はあたしの知らないところへ引っ越した。それ以降、あたしはみちゃには会ってない。みちゃの左腕は一生動かなくなった、と人づてに聞いた」
プリクラは床に視線を落としていた。バンジーの話を聞いてないふりをしているようにも見えた。
「あたしは番を後輩に譲り、一線から退いた。普通の高校に進学したかったけど、近くにはヤンキー崩れのバカを入れてくれる高校なんかなかった。結局、こんなオンボロで、爪はじき者の集まりの学校しか選択肢はなかったったわけさ。ま――とは言っても、いまはこの学校が好きだけどな……」
――あいつにも会えたし……。
バンジーはそれは口にはしなかった。
「みんなはヲタをヘタレだとバカにするけど、相手の力も考えず、くだらねえ意地を張ってケガするよりも、怖かったら逃げるべきなんだよ。あいつにはそれができる。あたしにはできねえ。あたしがチームホルモンを率いたら、また、みちゃ――彼女みたいな目に合うやつがいずれ出てくるかもしれない。それだけはごめんだ。なんと言われようと……。だから、あたしはトップをめざすつもりはねえ。二番手でいい。ヲタの指示にしたがっていりゃ、もうあんな悲しい思いはしない……」
しばらくのあいだ、プリクラは顔を上げなかったが、やがて意を決したように話し始めた。「――重い理由があったんですね。そうとは知らず、失礼しました」
「気にすんな。嫌なら話してねえよ」
「ですが……余計な人に聞かれてしまったようです」プリクラはバンジーに背を向けた。「隠れてないで、出てきたらどうです?」
「なんだって……?」
壁際にあるカウンターの向こうで、ピンクのパーカーを頭からかぶり、両手をポケットに入れたネズミが立ち上がった。背中には小さな黒いリュックサックを背負った、いつものネズミだった。
ネズミはバンジーとプリクラの二人を交互に見ると、右手をポケットから出し、キューブ上のガムをひとつ、口にほうりこんだ。
「てめえ、いつからそこにいた?」
バンジーはネズミをにらみつけた。
「さあ……。いつからでしょうかねぇ……あっしは神出鬼没のネズミさん、っすから……」
「なめてんのか、てめえ」
自分がこの図書室に入ってきたときには人の気配はなかった。あれば気づいている。だが、相手はネズミだった。わからなくても仕方ない。
「ここは図書室っすよ。生徒ならだれもが入る権利のある部屋っす。人に聞かれたくない話をするなら、別の場所でやるべきじゃないすか?」
その正論に、バンジーはうっ、と詰まった。
「それはそうかもしれませんが、カウンターの裏でなにをしてたんです? かがんでいたってことは、あなたも人に言えないようなことでも?」
「まあ、そんなとこっす」ネズミは肩をすくめた。そういう仕草のひとつひとつに、バンジーはいちいちムカついた。「でも安心してください。あっし、口は堅いほうっすから。だれにも話さないっすから――バンジーさんがどれだけ友だち思いかってことは……」
そのネズミの言葉に、バンジーが本来持っている凶暴性がよみがえった。ゼロからマックスへと一瞬で燃え上がるその力は、バンジーを跳ねさせた。カウンターに手を突くと、次の瞬間、バンジーは軽くそれを飛び越えた。膝上15センチのプリーツスカートが翻り、やや太目の腿が露わになった。
みちゃを――
ヲタを――
そして自分を冒涜された気がした。
カウンターという柵で防護された安全圏にいたネズミは、バンジーの跳躍力に驚いたのか三歩ほど後ずさりをして、壁に背をぶつけた。
バンジーは二秒後、自分がネズミのパーカーの胸倉をつかみ、拳を顔面に叩き込んでいることを確信した。
しかしネズミの顔色に恐怖は浮かばず、それどころか余裕の笑みをバンジーに向けた。
バンジーとネズミのあいだに、見知らぬ少女が立ちふさがった。
その人物はネズミ同様、カウンターの下に隠れていたらしい。バンジーがネズミを追う以上の素早さで立ち上がり、目の前に現れたのだった。
少女は、ネズミの頬骨を砕かんとしていたバンジーの右の拳をつかんだ。大人の男のような力だった。バンジーは焦った。思わず、少女の顔を見た。
どこかで見たことのあるような顔だったが思い出せない。白い肌、細く凛々しい眉、シャープな瞳、薄い唇がほんのわずかに笑っている。
美少女だった。
少女はつかんだバンジーの手を、内側にねじった。逆手をとられたかたちになり、バンジーは痛みを回避しようと体をひねった。
そのとき、プリクラがカウンターの向こうから、こちらへ駆けてきた。プリクラは走ってきた勢いを利用して、カウンターの上に右手を置くと、それを中心に体を回転させて少女に回し蹴りを放った。
決して遅くない蹴りだったが、少女はのけぞって易々とそれをかわした。
少女の手が、バンジーから離れた。
続くプリクラの第二波攻撃も蹴りだった。カウンターの中に降りたプリクラは狭いスペースの中で高く脚を上げた。こめかみを狙って放たれた蹴りを、少女は巧みに避けた。
プリクラの攻撃も早いが、少女の動きも劣らず早い。
バンジーは壁際のネズミを見た。
まだ、余裕の表情――そうか。用心棒を仲間にしたってわけか……。バンジーは納得して、もう一度少女を見た。
プリクラは蹴りだけではなく、拳も使っている。カウンターの中など狭い空間だというのに、プリクラは有効な一撃を与えられずにいた。
「珠理奈――やっちゃっていいっすよ。先に手ぇ出したの、こいつらっすから……」
ネズミの指示に、珠理奈の目の色が変わった。
プリクラの蹴りを、体を沈めてかわした珠理奈は、起き上がりながらフックを腹に見舞った――が、それはフェイクだった。拳はプリクラの腹の二センチほど手前で止まった。一撃を覚悟していたプリクラは、苦痛を耐えるかのような表情を見せたものの、その必要がないとわかると目の色を怒りに変えた。
「ふざけてるんですか? やるなら一気に……」
「ぼくは――」珠理奈の声はややハスキーで、とても大人びて聞こえた。「まゆゆの操り人形じゃない」
ネズミは苦笑した。
「ぼくらは対等な友だち……」珠理奈はそう言いながら、腰の位置で回し蹴りをバンジーに放った。
早い上に、一部の隙もない。
バンジーは反撃できなかった。
だが、その蹴りはプリクラへのフック同様、命中する寸でのところで止まった。
珠理奈は顎を上げ、ネズミを見下ろすようにした。「――いや、恋人だろう?」
ネズミは満足げに頷いた。「さすがはあっしが見込んだだけの腕前っすね」
「てめえ――だれだ?」バンジーは珠理奈をにらみつけた。
「松井珠理奈。馬路須加女学園一年C組。出席番号30番」珠理奈はゆっくりと脚を下ろした。「来年、この学園を手に入れる者にして、まゆゆの恋人さ」
「一年坊がえらく威勢がいいなあ……。あん? 上級生に対する口のきき方、教えてくれるやつはいなかったのか?」
「この学校じゃあ、ケンカの強いやつが偉いって聞いたんでね」
「たいした自信だ。あたしらに勝ったくらいで――」
「もちろんそうさ。あんたらなんてその気になれば二人まとめて三秒で倒せる。ぼくが目標にしているのはラッパッパだ。それと――」珠理奈はそこで言葉を切った。「前田敦子ってやつ」
「前田に勝てるやつなんて、この学園にはいねえよ」
「今までは――ね」珠理奈は唇の端をゆがめて、笑顔を作った。「この学校の校章を見てごらんよ。ぼくが統べるにふさわしいってわかるから」
バンジーは壁にかかっている、「図書室の決まり」という張り紙を見た(そこには注意事項がいくつか書かれているが、それを守っている生徒などいない)。
中央に薄く印刷されている校章は、桜をモチーフにしたデザインだ。その上に書かれている文字は――MJ。
松井……。
珠理奈……。
バンジーは、単なる偶然だとわかってはいても、不気味なものを感じた。
それは目の前の松井珠理奈の、比類なき存在感ゆえだった。
これまでたくさんのリーダーたちを見て、そして倒してきたバンジーには、珠理奈の言葉が単なる自信過剰や大言壮語ではないことが直感でわかった。
――この女なら、やるかもしれない……。
だれにも似ていない珠理奈だが、この学園で強いて挙げるとすれば、その存在感は大島優子と同じものを感じた。
「お二人とも、助かったっすねぇ」ネズミがポケットに手を入れたまま、珠理奈の背後までやってきた。「珠理奈が本気出したら、今ごろ病院行きっすよ」
悔しかった。ダチを冒涜したネズミに触れることさえできないとは……。
バンジーはネズミをにらんだ。
「それに――あっしたちは、仲間同士で争ってる場合じゃないっすよ。金曜日にはアリジョのやつらがこの学園にカチコミに来るんすから」
「本当ですか?」プリクラが訊ねた。
バンジーも、それは初耳だった。
「マジっすよ。明日になれば、サドさんが緊急事態宣言をするはずっす。お二人のチームも協力させられると思うっすよ」
ネズミの言うことが本当だとすれば、たしかに学園内で争っている場合ではない。アリジョはヤバい。ヤバジョなど比較にならないほど強い。
「また、あなたがなにか企んだんじゃないでしょうね?」
「またって人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。あっしが一度でもそんなことしましたか? なんの理由で自分の学校を潰すようなことをするって言うんすか?」
プリクラはもう反論しなかった。
「それじゃあ、あっしらはこのへんで……」
ネズミは鼻歌を歌いながら、バンジーとブリクラの前を堂々と歩きはじめた。
珠理奈はネズミを守るためか、バンジーたちの様子を警戒しながら図書室をあとにした。
「とんだ邪魔がはいっちまったな」
「ええ。でもまあ、過ぎたことは仕方ありません」
「アリジョが来るって本当かな?」
「でしょうね。ワタリナベさんには、嘘をつく理由がありませんから」
「どうする?」
「どうしようも……」プリクラは首をかしげた。
たしかにそうだった。『戦争』になれば、純情堕天使だけでなく、名だたるチームのすべてはラッパッパの指揮下に入る。そこには個人の思惑など持ち込むべきではない。
「間に合うかな、あいつ――」ヲタはつぶやくように言った。
「ユビハラさん、ですか?」
「ああ」
「私にはわかりませんが、ユビハラさんを信じましょうよ」
「ああ、それしかねえよな……」
「私ならそうします」
プリクラの笑顔を見て、バンジーはほんの少し、信じる気になった。
ヲタは帰ってくる――と。
【つづく】
今年の1月以来の新作写真集が完成しました。
今回のテーマも「濡れ」ではなく、「パンチラ」(笑)。衣装はAK●48の『会いたかった』バージョンのものです。
モデルはおなじみ陸遊馬さん。前作のハルヒ同様、惜しげもなくパンチラしています。
撮影の際には、ただパンツを見せるのではなく、「スカートの中」ということに重点を置いてみました。
よろしければ、ぜひご覧ください。枚数が少ないので、価格もいつもより下げています。
■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-1■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/69枚
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このシリーズ、早ければ第二弾、第三弾を連続でリリースできるかもしれないので、そのときはまた告知しますね。
今回のテーマも「濡れ」ではなく、「パンチラ」(笑)。衣装はAK●48の『会いたかった』バージョンのものです。
モデルはおなじみ陸遊馬さん。前作のハルヒ同様、惜しげもなくパンチラしています。
撮影の際には、ただパンツを見せるのではなく、「スカートの中」ということに重点を置いてみました。
よろしければ、ぜひご覧ください。枚数が少ないので、価格もいつもより下げています。
■AK●48のスカートの中が見たいんだ!!!-1■
モデル/陸遊馬 撮影/上戸ともひこ
画像解像度/2592×3872
収録枚数/69枚
このシリーズ、早ければ第二弾、第三弾を連続でリリースできるかもしれないので、そのときはまた告知しますね。